冷蔵庫が届く。
こういうのは本当に苦手だ。宅急便より難易度が高い。残すケチャップやらも出しておかねば。ふと目が冷蔵庫の上の電子レンジを捉えた。これ。どうしよう。このレンジは12キロくらいあり昔死に物狂いで持ち上げたのだった。もう二度と上げ下げなどできない。ましてや既に今腰を痛めているのだ。販売店のフリーダイヤルに焦りながらかける。低い声の中年男性が愛想良く電話にでた。
「冷蔵庫の上に電子レンジがのっていて、それを移動してもらうことはできますかっ!!!!!」
「あー…レンジ…普通のですよね?オーブンとかではなく」
「そ、そ!そうです!」
「それは〜…大丈夫、だと思いますよ〜。届けにきた者に、ね、言ってもらえたら〜うん。」
そんなことは分かってる!でも!確たる返答が欲しいからかけているのだ。だってあんなに重いんだよ!?!?ペットボトル運んでくれ言うてんじゃないよ?でも私の口からは「はぁ…」しかでてこない。
「だって…お客様は持ち運びができないわけですよね?では配送業者に一言、一言お声かけいただければ、臨機応変に対応できると思いますよ」
ホセ・メンドーサと闘った後のジョーのような気持ちだった。まるで小学生にあいうえおを教えるかのように諭された。私は…そんなこと分かってる…でも…今知りたい。お金は払う!運んでほしいのだ。電話を切った後はシクシクと泣いた。もう何も、何もできないのに、電子レンジを移動させてもらえるかの確約がとれない。分かっている、来たお兄さんに伝えればいいのだ、やってくれないわけないだろう、だってそうしなければ冷蔵庫は運び入れできないわけで、冷蔵庫なんてその3倍くらいの重さがあるのだから。何故泣いているんだろう。涙を流しながら窓を見つめる。カンカンに晴れた夏の白い日差しが降り注いでくる。
配送の日、8時過ぎに見知らぬ番号から着信がある。配送の人だ!おじさんが今日行きますからね?冷蔵庫は空にしといてね、と伝えてきた。わかってら!はぁ…波打つ胸を深呼吸で整える。レンジ…知らない人が家にくる…通り道にある棚なんかも片付けなければ…ああ嫌だいやだ、レンジ…それにしても朝8時過ぎに電話してくるなんて、何時から営業しているのだろうか、早すぎはしないか?はぁ…。指定した3時間の間って…何時だろう…何軒回るんだろう…。あ…もしかしてさっきのおじさんにレンジのこと聞けば良かったのか。きいいい。でもあの人なんか怖かった。ああいうのって女性じゃないんだ。でも…レンジ…たぶん…大丈夫…絶対…。数時間後、私は電話をかけた。女性がでた。この人になら聞けそう。尋ねると「確認します、大丈夫だと思いますけどね〜」長い保留。「大丈夫です、特に問題ないそうです」フルマラソンでゴールテープを切ったような気持ちがした。大丈夫です、特に問題ないそうです。この人は誰かに聞いてくれたんだ!!なんという安心感。レンジ運んでもらえるんだ!金色の紙吹雪が砂嵐の中を舞う。
いよいよ運命の時。待ちくたびれた。コーヒーメーカーやらトースターを机に置いてしまったせいでパソコンが開けない。だらだらしていると着信、もうまもなく到着します、冷房の設定温度を低くして構える。ピンポン!お兄さんが2人やってくる。
「電子レンジを、移動していただきたいのですが!!」
はいはい、と軽く言われて終わった。このへん置いちゃいましょうか?とそっと置き、冷蔵庫の設置を終えると、載せましょうか?と載せてくれた。まるで子猫を抱えるような軽やかさで全ては滞りなく終わった。すごいを通り越して恐ろしいくらいだった。そりゃきんに君みたいな人だったらできるかもしれない。けれど彼は何となく尾崎世界観みたいな見た目の普通の体格なのだ!ど、ど、どうやって…。尾崎は基本的に顔を上げずに喋るのでもう1人の人にボソボソ指示をだしているのか、私に話しているのか分からず、私は棚と溢れかえった物たちの間で呆然と立ち尽くしていただけだった。これが生物の違い…。これが、杞憂…。砂嵐は過ぎ去った。