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小説『犬も歩けば時代を超える』(4話目)

4話 犬千代、運命の人は?????だった!

この世のものとは思えないくらい痛い予防接種をし、逃げ出そうとしてガラス扉に頭から突っ込んで討ち死に寸前になった私・犬千代。

母親である桔梗の上を探そうにも、再び兄弟たちと檻の中だ。

これまで分かったのは、お母様は本当に生まれ変わっていて、予防接種をした「動物病院」というところから遠くない土地にお住まいということ。
残念なところは、犬の身に生まれ変わった自分には、その「動物病院」とやらが何処にあるのか位置関係が分からないところだ。

あれから人間たちの隙を見ては逃げ出そうとするが、上手くはいかない。

味方になってくれた犬の兄弟である「俺の人間の時の名は真一」と名乗るやつは、私をなぐさめてくれたが、もう協力はしてくれなくなった。
誰かに買われでもしない限り、外に出るのは不可能だと思ったからだ。

「よう、気がつかないか?」
真一が私に話しかけた。

「何を?」
私は動物病院での自分の失態をいまだに後悔しながら、力のない返事をかえした。

「落ち込んでばかりいないで周りを見ろよ。兄弟姉妹が6匹もいたのに、もう俺たちと妹だけになっているじゃないか。
周りを見ることもしないと、本当にお前は母親と再会なんてできないぞ」

私は言われて周囲を見回した。私より早くこの世に出た兄弟姉妹が半分もいなくなっている。残っているのは犬の母親と私と真一、どうやら具合があまりよくない妹だけだ。

「妹はどこか具合が悪いらしいなぁ。次に外に出るのは、お前か俺ってことになるだろうな。」
真一は檻の外をボンヤリ眺めながら言った。

「おそらくお前のほうが先だな。」

真一がそう言うのを、私は意味が分からず聞いていた。

この頃になると、今まで家の中で見たことが無い人間が出入りするようになった。
そして私たちを眺めたり抱っこしたりして、話をして帰っていくようになった。

来訪者は必ず人間の母親の絵美さんと話をしていて、どうも真一は耳が折れていること、私は毛並みが悪いことを言っているようだった。
妹のほうは病気で、様子を見ていると絵美さんは説明している。
このままだと、この3匹は他の家にいくチャンスがないように思えた。

「このまま私たちはずっとこの家にいるのかな」
私が真一に話しかけると、真一は「ケッ」という感じで私を睨んで、
「そんなことあるわけないだろう。」
と、そっぽを向いてしまった。
チワワという犬の種は人気で貰い手はたくさんあるらしい。

そんな時だった。
この家の者ではないとハッキリ分かる、父親と息子とおぼしき二人組みが現れた。
息子のほうは絵美さんに「抱っこしてみる?」と話かけられたが、どうしてよいのか分からないようだ。
父親は私たちの様子や金額について話をしているようだ。

「この子は耳が折れているけど、元気でとても健康よ。」
と、絵美さんは真一を抱っこした。

そしてまた、妹は心臓が病気だからと説明している。
すると、訪れた父親とおぼしき男が抱き上げたのは、なんと真一ではなく私だった。

「この子はどうでしょう?」
私の毛並みの悪さはあまり目に入っていないようだった。

そばにいる息子らしい子供は、私の頭をなでている。
目がキラキラしている。
私はこの時何か不思議なものを感じた。
この子供、目が桔梗に似ている。
いや、厳密にいうと目の形は違うが、目の中の何かが似ている。
私はそこにお母様の面影を見たような気がした。
でも動物病院で見かけたときは、確か女の子を連れていたはずだ。
あまりに会いたいために、今私は幻を見ているのだろうか?

「お父さん、この子がいいな。」
「そうかい。お父さんもそう思うよ。すみません、この子に決めました。」

二人は絵美さんから世話に仕方や用意するものなどを聞いていて、絵美さんは話をしながら私を渡すための仕度を始めた。
私のためのご飯やトイレシーツなどを箱に入れると、最後に私を檻から出してその箱に入れた。

「おい、真一!私が先になるが、達者で!また会えるといいな!」

真一に言い放つと、真一はクルリと後ろを向いてしまった。
真一は知っていたのだ。
私たちはもう二度と会えないだろうということを。
犬とはいえ、この世に再び生を受けて初めての友で、かつ兄弟といえる相手と別れるのは寂しいと思った。

私は箱に入れられ、車という動く大きな箱で運ばれた。
私は家から出る前に、後ろを向いている真一に別れを告げた。
人間から見れば、ただ単にキャンキャンと鳴いているだけに見えるだろう。
涙が出れば泣いていたかもしれないが、男となれば泣いてはいられない。
幸か不幸か、犬は涙を流して泣くのではない仕組みのようだった。

真一との別れは寂しいことは寂しいが、私を見つめる男の子の目は温かくて優しかった。
私をなでる手の平からも優しさが伝わってくる。目を細めてとても嬉しそうだ。

これからこの男の子と新しい生活が始まる。
この男の子の母親が私の元お母様だとは限らないが、わずかでも望みをかけたい。
車は先日の動物病院の付近を通り、そこですぐにスピードを落とし、この者たちの家とおぼしきところに止まった。
動物病院付近の家という読みが正解なら、望みはつなげられることになる。

「ここが、これから君の家だよ。名前を考えなくちゃね」

私は犬千代だよ!
と男の子に言いたかったが、通じるはずもない。
家に入ると、今までの家と違う匂いがする。私は言いようの無い不安でブルブルと震えてしまった。

男の子はそんな私をまたなでて、小さい子供に話しかけるように話しかけてくれる。
この優しそうな男の子なら、一緒に暮らしていくのも悪くはないかもしれない。

そのうち、玄関のベルらしい音が聞こえた。
この時代の人間の家は、玄関に門番を置く代わりにベルを鳴らすようになっていると、生まれた家の様子で知った。

「お母さんだ!お母さんと留美が帰ってきた!」
男の子が玄関へ走り出そうとするのを、父親が止めた。

「お父さんが玄関に出るから、その後をおいで。その子を連れて。」

どうやら母親をビックリさせたいらしいな。
父親の指令どおり、少し間をあけて父親に続いて息子、息子の次に私が玄関に向かってトコトコ歩いた。やがて玄関が開き、

「ただいまー!」

という女性の声が聞こえた。
もしかして運が良ければ、私のお母様かもしれないのだ。
きちんとした姿勢で臨まなければ。
胸がドキドキしてはち切れそうだ。私は胸を張って男の子の後を凛々しく歩き玄関へ顔を向けた。
その時玄関に帰宅した母親の声が響き渡った。

「ぎゃぁーーーーー!なによそれ!」

そこには会いたかった私の元お母様の「桔梗の方」がいたが、なんと生まれ変わった母親は「犬嫌い」だった。私を見るなり血相を変えて叫んでいる。

運命とはなんと・・・・滑稽なのだろうか。

(5話へ続く)

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