ポンコツアニキ視点で振り返る、VSCC卵奮戦記

 ひと月半前のことである。私はとある将棋の大会に、2人で参加しようとしていた。その名も、VSCC卵。

 VSCC卵 とはッ!!!

 将棋のガチ初心者(セイト)16名が集まって経験者のアニキとタッグを組み、大会に挑むというものであるッ!!!

 決勝トーナメントに出れば、あの佐藤天彦先生の解説の下、大会で将棋を指すことができるぞッ!!!

 ……この大会を知った私は、VTuberになる前からの旧知の仲である爆冥アインちゃんに声をかけることにした。アインちゃんは提案を喜んで受け入れてくださり、タッグ成立。参加前の打ち合わせでアインちゃんは優勝を望んだ。どうせならテッペンを取ろう、ということで、この企画に参加することにした。

 さて。優勝を目指す以上、経験者と初心者がタッグを組み、限られた時間の中で仕上げるという大会の主旨部分を抑える必要がある。つまり限られた大会までの時間の中、初心者組(セイト)はいかに効率よく学習を進めることができるか……?そして、経験者組(アニキ)はいかに効率のいいプログラムを提供できるか……?という、ある種のタイムアタックに似たゲームをしなければならない。

 このゲーム、真面目にやったらほぼ大会前から負けが確定している。他でもない、私の問題である。

 この大会に参加する、他のアニキたちの一部を勝手に紹介しよう。

①香坂まくりアニキ:元奨励会出身者。V将棋界最強の生物。多分、香坂は偽名で本当の苗字は範馬。
②たややんアニキ:最高峰の将棋AI「水匠」の開発者。弁護士。自枠配信にプロ棋士の齋藤明日斗先生を連れてくることができる。はァ?
③井出隼平アニキ:プロ。説明不要。将棋で飯を喰う、勝負の世界に生きる漢。

 ここに私のプロフィールを入れてみよう。

・四宮式アニキ:アマ初段。大分県在住のしがないサラリーマン。趣味は小説を書くこと。大学の総合GPAは1.5。

 そう。

 私は今回参加しているアニキの中でぶっちぎりに弱いのである!!!!!!


 VTuberの将棋大会の中で最も参加者数が多いV名人戦の通算成績は2勝13敗。通算勝率.153。セリーグの投手の打率のほうがいい。ここまでくると清々しいというものだ。

 弱いのだから将棋の理解度も彼らに劣る。必然的に説明力も彼らに劣るに違いなく、このまま戦った際に見える結果は惨敗である。

 しかもアニキたちはまさに早々たる顔ぶれである。そもそも人間としての分厚さが違うではないか!そして追いつこうと今さら私自身が将棋の教え方を学ぼうとも、彼らに経験値で到底及ぶはずもない。

 始まる前から絶望である。


 そして、その状況はセイトである爆冥アインちゃんも似たようなものだった。駒の動かし方くらいは身に着けている他のセイトに対して、アインちゃんは金と銀の動かし方の違いから学ばねばならなかった。

 それだけではなく、時間がなかった。週6勤務で、練習時間は疲れて家に帰ってきてからのわずかな時間のみ。大会に向けて一日10時間将棋をやってる奴もいる中、スタートラインも許された持ち時間も大きなハンデを背負っていた。

 だが土俵に立っちまったんだから仕方がない。アニキたち得意とする81マスの中で勝負したら絶対にボコボコにされるので、もっと根本的なところで勝負する必要がある。

 私はない頭を絞って、大会までのわずかな期間でアインちゃんを教える戦略を練ることにした。

■作戦1:課金

課金はゲームにおける最高のドーピング手段である。将棋においても一部分においては例外ではない。棋書を買えばそこに戦法の解説が分かりやすく書いてあるので、自分でたどり着くよりも何倍も速くなるのである。
 アインちゃんは武器に四間飛車を選んだ。私も四間飛車を指すが、これまで四間飛車について書かれた本を一冊も読んだことがなかった。最寄りの書店に駆け込んだ私は、取り急ぎ一冊の本を購入する。

 井出隼平著『四間飛車 序盤の指し方完全ガイド』マイナビ将棋Books

 この本は実にスバラシイ本で、四間飛車を指したことのない初心者でも分かるように作られている良書である。

 ちなみに相振りもまるで知らなかったので、Kindle Unlimitedで『令和新手白書【角交換振り飛車・相振り飛車編】』をDLしておいた。

■作戦2:過去を捨てる

 さて、良書である『完全ガイド』だが、一つ問題があった。この本で紹介されている四間飛車は、6七銀型だったのである。

 私はこれまでずっと、古い7八銀型を愛用していた。この形を教えてくれたのは、今回のアニキ枠でも出場した元奨励会の香坂まくりさんだ。7八銀型の強みを生かし、私は初段になることができた。しかし、序盤をとにかく雑にやっていた私が7八銀型をしっかり説明できるわけもない。それなら『完全ガイド』に書かれた6七銀型をそっくりやるほうが良いに決まっているのだ。

 迷いは必要ない。

 私は初段に上がった戦法を捨てた。セイトと同時に、自分の将棋もゼロから組み上げ直すことにした。


■作戦3:暗記

 私は長年の付き合いで、彼女が暗記が大得意であることを知っていた。本人も勝つためにものを丸暗記するのは嫌いじゃないのである。

 いや、嫌いじゃないというか単純に凄まじい。カードゲームで勝つためにデッキの回し方を完全に覚えてしまう。ざっとそれぞれ25回くらいの動きを16通り、それが最初のターンの話と言えばお分かりだろうか。ゲームに勝つために400工程を暗記する、それが爆冥アインの実力である。それほど彼女は勝つことが好きなのだ。

 聡明な諸君ならここでお気づきではないだろうか。手元には四間飛車の基礎を教える本が一冊。無茶を言う覚悟を決めたアニキに、勝つための暗記が得意なセイト。

 やることは一つだ。

 私は『完全ガイド』と『令和新手白書』から必要最低限抜き出して製作した序盤の展開図を駒の動かし方を覚えたばかりのアインちゃんに渡し、一通り解説したあとにこういった。

予選までに全部覚えてきてくれ。


 彼に覚えるように伝えた序盤のリストは最終的に以下の通りになった。

【対抗系】
・急戦:斜め棒銀
・急戦:棒銀(加藤流を含む)
・急戦:6五歩早仕掛け
・急戦:対振り金無双急戦
・持久:居飛車穴熊
・持久:ミレニアム
・持久:天守閣美濃
・特殊:右四間飛車 居角銀戦法

【相振り】
・先手向かい飛車-後手三間飛車
・里見流、及び里見流対策
・石田流
・囲い崩し:美濃
・囲い崩し:金無双
・囲い崩し:矢倉
・角交換四間飛車

 大分類で15。中での分岐を含めれば30を下らない序盤の展開図。これが、今回のキモだった。アニキも、セイトも劣位に置かれている状況下から一発逆転を狙う方法である。

 私はこの方法を他のコンビが実現することはほぼ不可能に違いないと予測を立てた。


 理由は簡単。こんな無茶な要求をするのはどれだけアニキが強いといっても人間的問題がある。これを突破できたのは、彼と8年の付き合いがあったからに他ならない。

 そして、爆冥アインにはこの無茶を通す卓越した暗記力がある。


 アマ初段のポンコツアニキと、将棋覚えたてのセイトがこの大会を勝ちあがるために唯一許された武器。それが無茶の要求と暗記だったのである。(ちなみに私は私で資料を全部作った上で教えるために全部覚えた。褒めてくれ!)

 当然それだけでは勝てないので、日々の将棋ウォーズで感覚を養ってもらい、私との駒落ち将棋で終盤のトレーニングを積んでもらった。

 予選の日はあっという間に来た。

 一番の武器である定跡の暗記。もちろん、アインちゃんは予選までにすべてを覚えることはできなかった。大体7割といったところだろうか。

 ……7割。

たかが7割と侮るなかれ。分母はノーマル四間飛車の戦型別の基本的な変化全て。そのうちの7割だ。

 苦戦しながらも三連勝。見事決勝トーナメントの切符を手にした。

ちなみ私は本配信にゲストとして呼ばれ、情けない読み筋を披露してしっかりとコメント欄の失笑を買った。

 予選を突破したアインちゃんに、私は更なる無茶を要求した。

既に将棋を指し慣れている猛者と平手をやって、負けていただくことにした。

 これも「他は有効と分かっていても、できないだろう」という発想に基づいて考えて差別化したものある。配信であまりにも鮮やかに負けたアインちゃんは、敗けた悔しさよりも技の綺麗さのほうに感心が行ったようだった。

 こうして臨んだ決勝トーナメントの舞台。準決勝の相手はアイシアさん。戦型は対抗系、四間飛車対居飛車穴熊になった。序盤の研究は見事に実り、爆冥が優勢。

 ……だが、ここにきて懸念され続けていたアニキの棋力不足が露呈した。大会の前日に行った直前練習。居飛穴の序盤を解説する際、私は一言伝えるのを失念したのである。

「穴熊はと金で攻略せよ。」

 どれだけ盤外で策を弄しても、結局、戦いは81マスの上でしか行われない。最後に立ちふさがったのは、盤上で戦う競技であるという本質の壁だった。

▲5三歩成が最善のところ、本譜は7四歩だった。

 準決勝敗退。


 金銀の違いが分からない初心者とポンコツ指導者が一か月半かけて、勝利のみを目的として臨んだ大会は、こうして終わったのだ……。

■終わりに

 とはいえ、戦果を冷静に見ると……改めて彼女のすさまじさを感じる。

 決勝トーナメント進出。負けたとはいえトーナメントも、途中まで優勢。勝利に対して貪欲なアインちゃんがもたらした成果である。この調子で伸びていったら、あと半年後には平手で敗けるようになっているだろう。正直、ひと月前には想像もできない。

 それに、予想外の収穫もあった。教えなければならないので序盤を必死に覚えた私は、その甲斐あって将棋ウォーズで9連勝。切れ負けには苦手意識があったのだが1級に上がることができた。

▲情けは人の為ならず?

 爆冥アインを強くするつもりで臨んだ大会だったが、大会の熱狂は舞台に上がらないはずの私も強くしてくれた。

 大会の運営、協賛、協力の皆さんに、応援してくれた視聴者の皆さん、そしてタッグを組んでくれたアインちゃん。

 ありがとう。

 最後に、今回の大会に臨むにあたって使用した参考文献を全て載せておきます。僕らに定跡という武器を、学ぶ楽しさを、敗ける悔しさを、そして駒に触れる楽しさをくれた将棋界のあらゆる皆さまにも、最大限の感謝を込めて。

【参考文献】
『四間飛車 序盤の指し方完全ガイド』井出隼平,マイナビ出版
『令和 新手白書【角交換振り飛車・相振り飛車編】』片上大輔,2021年2月,マイナビ出版
『相振り飛車を指しこなす本 (1)』藤井猛,2007年6月,‎浅川書房
『相振り飛車で勝つための18の心得』安用寺孝功,2017年11月,マイナビ出版
日本将棋同人【相振り】里見流△4五銀について【向かい飛車対三間飛車】2021年7月, note.com/nihonshogidojin/n/nd...
あらきっぺの将棋ブログ arakippe.com

【Special Thanks】
■大会運営
・ポメヒ さん
・かくきりこ さん
・うーた さん
・桂木はっぱ、 さん

■大会解説
・佐藤天彦 九段

・大会に全力を出し尽くした全てのセイトさん
・大会へ向けて全力でサポートした全てのアニキたち

■指導お手伝い
・常盤台メイ さん
・電子れいず さん
・雲雀信龍 さん
・ヒロ丸 さん

■セイト
・爆冥アイン さん

・大会を応援してくれた、全てのリスナーさん


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