霊媒師になったお前へ
勉強もスポーツもできず、グレるにも中途半端だった小中学校の同級生が霊媒師になっていたことを知る。なるほどお前は「そっちのほう」に行ったのか、という感想。
同級生に向ける感情にしてはやけに淡泊じゃないか、と感じるかもしれない。しかし、それには理由がある。顔を見たくないほど嫌いだったからだ。
以降、そいつのことを便宜的に「S」と呼び、少し彼の話をしようと思う。
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Sが霊媒師になっていたのを知ったきっかけは、ある占い館のHPで彼のプロフィールを発見したことだった。もっと手前のきっかけから説明すると、ある日の深夜、眠りにつく前にふとSの姿が脳裏に浮かんで、なんとなく名前を検索してみたのが始まりだ。
なぜSを突然思い浮かべたのかは知らない。そういう取るに足らない最低級の啓示は世界中にありふれている。
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その占い館のHPに掲載されていたプロフィールによると、Sは霊視や降霊術を主な方法として占いやお祓いを行っているらしい。占いでは、相性診断や性格診断、波動診断などを、お祓いでは、全般的なお祓いのほか、悪魔祓いや呪詛解除などを得意としているようだ。
おれなりに情報を整理して書いたが、はっきり言ってプロフィールは読みにくく、結局のところ何をやっているのか明確に見えない。また、「占い」と「お祓い」がセットというか一緒くたに扱われているあたり、商売のスタイルは容易に想像がつく。
ここ一週間のスケジュールを見る限り、出勤(出演)は一切ないなので、お客はあまりついていないのかもしれない。
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Sが霊媒師になった理由は知らない。ただ、検索結果に出てきたとあるブログによると、Sは××という霊媒師の実弟かつ一番弟子であることがわかった。以前より姉と同行して出張祓いに出向いており、助手のような立場を経て独立デビューしたらしい。
ちなみに姉であり師匠でもある××は、某有名YouTuberの動画に出演するなど、界隈ではそれなりに名が知れている霊媒師ようだ。
なるほど。家族(姉)の影響が非常に強いあたり、どうやら霊媒師という道に進むうえでの自己選択度や積極度は、さほど高くない可能性がある。また、用意されたプロフィール以外でSにまつわる情報が一切なく、自己プロデュースの努力の形跡が見られないことから、モチベーションもあまり高くないかもしれない。
そういうところも、いかにもSらしい。
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小学校時代のSの話をする。
Sは、どちらかと言えば明るくて目立ちたがり屋だった。同じクラスだった小学3年生のとき、休み時間に黒板の前で、どこかのお笑い芸人をそのままパクったようなネタを披露して笑いを取ろうとしていたことを記憶している。
なお、おれも同じ日に同じようにパクリネタを披露していたことは、正直触れたくないがやむを得ず触れておく。なぜならおれとSは、それがきっかけで距離を縮めたからだ。
一時は仲良くなったおれとSだが、おれはすぐにSが嫌いになった。悪口を書き連ねたいわけではないのでごく簡潔に並べるが、繰り返し嘘をつく、脅す、侮辱する等、嫌われ者に必要な要素を一通り持ち合わせており、まとわりつく相手を明らかに選んでいた。もちろんおれもターゲットに含まれていたので、嫌いになったのだ。
そんなもの、子どもの世界にとってはよくある話だし、所詮は子どもの可愛い悪ふざけだと思うだろう。たしかにその通りだ。だが、大人にとっての「子どもの可愛い悪ふざけ」が当事者たちにとってどれだけ深刻なのかは、あなたの子ども時代を思い出してもらえればわかるはずだ。
また、Sは今にして思えば他者への精神的依存度がかなり高かった。他の子に対して駄々をこねるように何かを要求することが多く、とくにおれには「おんぶ」を毎日何度も求めてきた。小学生同士なら、誰かが誰かをおぶる光景はよくあるだろう。しかし、毎日何度も要求してくる例はよくあるだろうか。断ると逆上して余計に粘着してくるので、しぶしぶ言う通りにした。
なぜ「おんぶ」なのか? おれにおぶらせて教室や廊下を走らせるのが好きだったようだが、理由はわからない。まるで父親に「お馬さん」をやってもらいたがるように、とにかく幼児的だった。
また、Sは罰を異様なまでに恐れていた。誰かが冗談で「あーあ先生に言いつけてやろー」と言おうものなら、本気で胸倉を掴んで迫り、やめろ、やめろ、と脅迫なのか懇願なのかわからない気迫で撤回を求めていた。言いつけない、という言質を確実に得るまで。
他者への依存傾向があり、冗談が通じないほど罰への恐怖心が強い。おれは下卑た醜聞記事が嫌いなので、知っていながら伏せた要素があることを踏まえたうえで、あえて一般論的にこう書く。
少年期の人格形成における家庭環境の影響は、どうしようもないほど大きい。
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中学時代のSは、おれと同じ剣道部だった。当然、示し合わせたわけではない。中学が同じだけでも不快なのに、部活まで同じとは。当時のおれはうんざりしていた。
しかし、ある時期(忘れた。多分夏くらい)を境にSは部活に次第に来なくなる。よくある「不良の仲間入り」を、Sはわかりやすく通過した。
Sは、はっきり言って落ちこぼれに等しかった。勉強はできない、スポーツもダメ、加えて図画工作や音楽などでも才能の片鱗を見せることはなかった。また、学業とは関係のないところで没頭できる趣味も、はたから見ている限りではないようだった(もしかしたら当時から霊能力にハマっていたのかもしれないが、だとしたら今の姿と重ならない)。
このように、グレるための条件が見事に整っていたので特別驚きはしなかった。ただ、Sの場合はグレっぷりも中途半端だった。
なんとなくワルっぽい連中とつるんではいるけど、授業をフケるわけでもなくケンカに明け暮れるわけでもない。酒やタバコは隠れてやっていたのかもしれないが、少なくとも、タバコが生活指導の教師に見つかってこっぴどくしぼられた、という趣旨の話は聞かなかった。
強いて言えば、万引きを繰り返す傾向があった。秋葉原だかどこかの中古パソコン店からSDカードを何枚も盗んできては、いろんな奴に配っていた。SDカードなんかいるか? とは思ったが、とりあえずタダで入手できるので貰っている奴は少なくなかった。
無論、万引きは犯罪行為だが、ワルのエピソードとしてこれを語るにはどこかかみ合わなさを感じる。それは、Sが万引きしたSDカードを「売りつける」のではなく「タダで配っていた」という点に起因するだろう。自分の度胸を誇示すると同時に、みんなの気を引きたかったのだろうか。
そう考えてみると、なんとなくグレてはいたけれど、実際のところ大してワルではなかった気がする。当時のSにとっての受け皿、つまり居場所が不良グループしかなかっただけ、ということかもしれない。
とはいえ、おれは中学時代もSを嫌っていた。Sの粘着性とロクでもなさは相変わらずだったからだ。余談を挟むと、おれはこれまでの人生において人をグーで殴ったことが2回しかないくらいケンカを経験しなかった人間だが、そのうち1回がSだった。それくらい嫌いだった。また、決してイキるわけではないが、そのときのSは驚くほど腕っぷしも弱かった。
Sのその後の進路は知らない。Sに関心なんか向けたくなかったし、大して勉強しないわりには一丁前に将来の不安で頭がいっぱいだったから。
たぶん高校には行ったのだろう。
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霊媒師になったお前へ。
お前はガキのころから虚勢を張るだけで勉強もスポーツもできず、かといってワルにもなりきれず、何となくぼんやりドロップアウトしていった。壁を乗り越えるための忍耐力を持ち合わせていなかった。
そういうところ、本当におれとそっくりだったと思ってるよ。なんて言ったっておれは、大学に行かず定職に就かずフラフラ過ごして、しかも今は無職だからな。稼げているかどうかは別として、とりあえず肩書きがあるだけお前のほうが立派かもしれない。
おれがお前を嫌っていたのは、コミュニケーションがあまりにも下手だったから。構ってほしい、大事にしてほしい、という思いが先行しすぎて、相手の人格をまるで無視していたから。そして、そういう不器用さや弱さをむき出しにしていたところが、おれの「影」だったから。
はっきり言っておれは霊媒師なんて職業(?)はまるで信用していないけど、お前が霊媒師になった事実は否定しないよ。家族関係や家庭環境に引きずられてその道に進み、中途半端なままくすぶっているところもお前らしい。
てめえと同じレベルに落とすな、とか言われそうだけど、おれたちこれからどうなるんだろうな。誰もがなぞる「普通の生き方」になんとなく適応できず、そのくせ自分流の生き方を強く貫き通す度胸もない。目の前の現実への覚悟が常に曖昧で、手近な消去法だけを選び取る人生。
その先にあるのは、袋小路なのかな。それとも意外にも開けた野原があるのかな。どちらにせよ、その先では誰かが何かを用意してくれていることはなさそうだ。
繰り返すようだけど、おれは霊媒師というものを信用していないので、お前の成功はべつに願っていない。霊媒師としての成功・失敗は本当にどうでもいい。ただひとつ、どうでもよくない要素があるとすれば、いつまでもあの姉貴の腰巾着でいるのはやめとけよ。
「普通」じゃない何かをしようと思ったら、まずは自分の2本の足で立つ覚悟をしなきゃダメなんだよおれたちは。
説教が過ぎたようで、申し訳ない。でも、おれはおれなりに、お前の人生の幸福を願っているつもりだよ。搾取や暴力では成り立たない、まっとうな等身大の幸福を。
お前とまた会って話したいとは微塵も思わないけど、これからはときどきお前を思い出すことにするよ。
今度は、深夜にやってくるような、取るに足らない最低級の啓示ではないかたちで。
それじゃ。
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