大阪〜博多600km徒歩の旅(15)広島県広島市(STAY)
大阪から博多へ 山陽道600km徒歩の旅
第15ステージ
広島県広島市(STAY)
今日は広島で、この旅2度目の休息日。
南山さんご夫妻と少しだけ朝食をご一緒し、そして「残りの旅も頑張って」と言われて、そこでお別れした。本当にお世話になりました!
9時半頃、広島PARCOの5階にあるスタバへ行き、お昼までずっと原稿を書いていた。
やがて12時半頃、広島在住のフォロワーの方が応援のためスタバを訪ねてきてくださった。少しだけ雑談し、差し入れをいただいた。感謝です!
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13時、PARCOのすぐ裏にある「牡蠣一番」というお店に移動した。ここでまた別の方とお会いして、ランチをご一緒した。
ぼくは早稲田大学 創造理工学部の社会環境工学科(旧土木工学科)を卒業しているのだが、彼女はなんと同じ学科の大先輩。先日Xを通じて、「広島に来たら、学科の後輩である中村さんを応援したい」とおっしゃってくださったのだ。
年齢はぼくよりも、ひと回り上の方ではあった。しかし彼女の在学中と、学科の先生は半分以上は同じだったから、名前を挙げればすぐに思い出せた。「私は鮏川先生の研究室で」と聞いた瞬間、
「鮏川先生の『水理学B』は単位がなかなか取れず最後まで苦しめられました」
「あれ最初は1割くらいしか単位取れないからね」
「ぼくのときもそうでした」
みたいな、ほとんど共有できる人のいない懐かしの思い出話をここ広島でできたことは感慨深かった。
ご馳走してくださった牡蠣づくしランチも素晴らしかった。生牡蠣、カキフライ、蒸し牡蠣と、様々な味わいを堪能した。
おいしそうな和菓子をお土産にたくさんいただいたのだけど、これがどれもこれもおいしかった。ありがとうございました!
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今度は14時半、平和記念公園にある「レストハウス」という建物を訪れた。ここの2階はカフェになっていて、そのカフェの奥の方に、「明子さんのピアノ」という展示物がある。
このピアノは、河本明子さんという、広島で被爆死した女学生の遺品である。原爆が落ちたとき、明子さんは19歳だった。そして彼女が愛用していたピアノは、爆発の衝撃で吹き飛んだガラスの破片が側部に食い込んだまま、長く家に放置されていた。もちろん、音もまともに出なくなっていた。
戦後、何十年も経ったあとで、ある偶然がきっかけで、このピアノが発見された。もしも見る人が違っていたら、そのまま廃棄されていた可能性が高い。しかし、このピアノは然るべき人に出会った。そして思いを寄せる人たちの尽力があり、調律も行われ、その響きを奇跡的に取り戻した。
2015年には、世界最高峰のピアニストであるマルタ・アルゲリッチが広島を訪れた際に試奏し、そのYouTube映像が話題になった。そこからさらに様々な展開があり、今ではこのピアノは、特別なコンサートで使用されるなど、「平和のシンボル」として大切に扱われている。
実はベルリン在住のフリーライターであるぼくの兄・中村真人が、2020年に一冊の本を岩波書店から出版した。『明子のピアノ 被爆をこえて奏で継ぐ』という本で、明子さんのピアノを巡る数奇な運命を、丁寧に紐解いている。
そして今日は、その本にも登場する重要人物で、現在は明子さんのピアノの管理人でもある廣谷明人さんを兄から紹介してもらい、1時間半ほどお話しすることができた。
元広島市立中学の英語教諭だった廣谷さんは、数年前にひょんなきっかけからこのピアノと出会い、そして明子さんやその父である源吉さんの残した日記を解読して様々な発見を見出すなど、このピアノを深く理解するうえで大切なお仕事をなされた。
そして昨年8月には、『明子さんのピアノとパルチコフさんのヴァイオリン』という本をご出版された。この本もぜひ拝読したいと思っている。
明子さんのピアノを巡る様々なお話を廣谷さんから直接伺えたことは、本当に貴重な時間だった。
レストハウス内の展示や、原爆ドームをご案内していただいたあと、別れ際にはなんと旅のご支援までいただいてしまった。以前からXで見てくださっていたそうで、本当に嬉しかった。廣谷さん、誠にありがとうございました!
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最後の約束は、16時過ぎ。学生時代の友人である占部さんと10年以上ぶりに再会できた。
大学4年生の夏、自転車でヨーロッパを旅していたとき、ぼくはドイツのボン大学を訪ねた。そのときの出来事をブログに書いたところ、同じく大学生だった占部さんが読んでくれて、ぼくに連絡をくれた。彼女も一時期ボン大学に留学していた方だから、その関係で興味を持ってくれたらしい。それでぼくが自転車旅から帰国後、初めて会った。彼女も旅が好きで気の合う人だったから、以後仲良くなり、何度か会って話をした。
しかし、ぼくが社会人になったばかりの頃に会ったのが最後だったようだ。その後はもう10年近く連絡が途絶えていたから、正直なところ占部さんが今どこで暮らしているのかもよくわからなかった。
だから数日前に突然連絡をもらったときは、本当に嬉しかった。覚えていてくれたんだ、と。
今は広島に職場があり、家族で暮らしているとのことだった。それで彼女の仕事終わりに、ほんの短い時間だったけどひろぎん新本社ビルの1階にある「アンデルセンカフェ」でお茶をすることができた。
アンデルセンの本店が広島にあると、今日まで知らなかった。ここは本店の近くにある別の店舗だけど、開放的で素敵なカフェだった。
占部さんの顔を見て声を聞いたら、「ああ、そうだそうだ」と一瞬で記憶が蘇ってきた。あの頃から何も変わっていなくて良かった。
少し近況を聞いて、この旅の話をして、広島のおすすめ場所を教えてもらった。
素敵なお土産もいただいた。カイロ、スタバのカード、そして「立町カヌレ」。丸の内にも出店している人気のカヌレだそうで、オシャレで、実においしかった。手が凍えるくらい寒いからカイロも毎日使いたいし、スタバカードも原稿を書くため旅行中も行きまくっているからたいへんありがたい。
占部さん本当にありがとうございました!また広島で会いましょう!
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夜は、占部さんにお勧めしてもらった「お好み村」を訪ねた。ビルの2〜4階部分にたくさんのお好み焼き屋さんが入っていて、ディープで広島らしさを感じる空間だった。
教えてもらった4階の「大丸堂」の席に座り、「広島スペシャル」を食べた。目の前で焼いてくれるのが楽しい。ひとりで黙々と食べるのはちょっと寂しかったけど、広島でお好み焼きを食べるという念願は果たせた。今度は誰かと来よう。
広島で南山さん、そして現地在住の4名の方とお会いし、心温まる時間を過ごせた。また明日から頑張っていきたい。
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引き続き、旅と発信の支援金を募っています。
よろしければ、応援よろしくお願いいたします!
昨日は廣谷明人さんからご支援いただきました!
これまでに10企業、111名の皆さまからご支援いただき、
次の目標金額まで、残り339,234円(現在81%)です。
「大阪から博多へ 山陽道600km徒歩の旅(1月)」と「フィンランドの旅(2月)」に充てさせていただきます!
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