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大阪〜博多600km徒歩の旅(14)広島県東広島市〜広島市

大阪から博多へ 山陽道600km徒歩の旅
第14ステージ
広島県東広島市〜広島県広島市(33km)

今日はいよいよ、広島に到着する。この旅の途中では、いちばんの大都市だ。

昨日の日記にも書いたとおり、南山さん(友人なんちゃんのお父さん)は、車で京都からお越しになった。この旅の企画を発表した頃から、「どこかで一緒に歩きたい」とご連絡をいただいていた。そして今日、西条(東広島市)から広島駅までの道のりで、それが実現することになった。

前回の東海道の旅では、友人と数kmだけ一緒に歩いたことはあった。しかし、さすがに一日の行程をフルで、それも30km以上を一緒に歩こうとする人はなかなかいない。

歩き慣れていない人がいきなりやろうとすると(ぼくも人のことは言えないが)、途中で脚や膝が故障してしまうかもしれないし、歩くスピードの問題もあるし(時速5〜6kmの早歩きで行く)、ぼくに「今日は○○さんが一緒に歩きに来てくださいました! がしかし、足の痛みにより午前中でリタイアされてしまいました」と書かれてしまうリスクもあるから(笑)、よほど自信がなければ「一緒に歩きたい」とは言いづらいだろう。

しかし南山さんが「どこかで一日合流する」とおっしゃったとき、ぼくは「え、大丈夫ですか?」などとは一切思わなかった。むしろ逆で、「ぼくが足を引っ張ってしまったらすみません」と伝えたくらいだ。

なぜなら彼は、日頃から、それも何十年にわたり、ぼくよりも遥かに長い距離を走り続けている方だからだ。毎朝5時半に起きて、10〜20kmをランニングする。100kmのウルトラマラソンを含む多数のマラソン大会に毎年いくつも出場していて、レース翌日には平然とゴルフに行ったりしている。そんな鉄人のような人、というか本物の鉄人なのだ。

67歳とは思えないふくらはぎの立派な筋肉

このような走る習慣を、建設会社の社長業、会長業をしながら、ずっと継続されてきた。敬服するばかりだ。

*****

今朝は6時から原稿を書き、7時半に朝ごはん。

昨日、広島駅近くに宿泊していた南山さんは、早朝の電車で西条駅までやってきた。そして8時半に駅前で合流した。

今朝はまず、おそらく昔の街道のひとつであったような細い小道を進み、途中から山陽本線と並行して走る道路に出た。広島の特徴であるという、赤い屋根の家も多く見られた。

八本松駅は、海抜255メートルで、山陽本線で最も標高の高い駅だという。

その駅を過ぎると、長い長い下り坂が始まった。15kmほどかけて、海抜数メートル近くまで降りていくような緩やかな坂道だった。その道路にはまともな歩道がない区間が多く、今回の旅が始まってから最も歩きづらく、やや危険な道でもあった。大型トラックが多く行き交うなか、注意しながら道路の端を歩いていく。

とはいえ、多分南山さんも(もちろんぼくも)こういう道には割と慣れているので、動じずに、一列になって淡々と歩いていった。

こんな道を歩く人はいないから、ドライバーからしたら「謎の親子が歩いている」と思ったかもしれない。しかし、親子でもないのである。京都から来た67歳と東京から来た36歳の二人組が、広島のとんでもない道を歩いている。何が起きているのか、ぼくも不思議である。

やがて、瀬野駅に着いて、まともな歩道が増えてきた。その近くにはロープウェイのような、不思議な線路があった。これは瀬野駅から丘の上の住宅街まで2駅だけ延びている広島短距離交通・瀬野線で、「スカイレール」と呼ばれているらしい。走っているところを見られず残念だったが、この路線は赤字のために今年4月に廃止予定らしく、鉄道ファンからは惜しむ声も上がっているようだ。

午前中、見事なペースで18kmを歩き、「カグラデン」というお店でランチ。この辺りは飲食店が少ないためか、店内は非常に賑わっていた。ぼくらが座ったテーブル席が、最後の空席だった。

そこで食べた定食の、手作りのカニクリームコロッケとタルタルソースが非常においしかった。

ホットコーヒーを飲んで、13時に午後の部スタート。

風が冷たく、寒さは増していた。川沿いにしばらく歩き、安芸中野駅を過ぎたあたりから西国街道に入った。

この周辺は往時の繁栄を感じられる立派な家々がところどころ残っていて、趣があった。宿場のひとつだったみたいだ。

土木や建築のプロである南山さんは、着眼点がぼくとは異なる。道の脇の水路を見て、そこから様々なものを読み解く。

「よく見てみ。左と右で高さが違うやろ? 右側は山からの水が降りてきた水路だったんや」とか、「おそらくこのあたりが最初にあった集落で、周りの家々は後から広がっていたんだろう」とか、「ここはコンクリートじゃなく石が使われているから、江戸時代からそのまんまだろう」とか。

なるほど、と思うことが多く、勉強になった。ぼくも一応、土木の学科を卒業しているんだけど、おかしいな。

しかしろくに講義を聴かず、教室の後ろの方で司馬遼太郎の歴史小説を読んでいたぼくは、新撰組が何度も江戸と京を行き来する描写や、坂本龍馬が土佐(高知)と江戸を行き来する描写を読んで、「いつか東海道を歩いてみたい」と思った。それがこんな旅をしているきっかけである。人生はわからない。

そして16時、33kmを歩き切り、ついに広島駅にゴールした。

南山さんはやはり恐ろしく健脚で、息はまったく乱れることなく、疲れた素振りも見せず、顔色ひとつ変えず淡々と、余裕で歩き通した。

大阪出発から14日間、計367km歩いて広島まで。ずいぶん遠くまでやってきた。

今夜の宿は、南山さんが慰労にとドーミーインを予約してくださっていた。南山さんも同じホテルだったので、夕方は天然温泉とサウナで疲れを癒し、そして夜は焼肉をご馳走になった。

まだ旅の途中ではあるけれども、ひとまず「広島までお疲れさま」会。久しぶりにビールを飲んだ。うまい。

お肉も最高においしかった。たんぱく質をたくさん摂れて、また後半戦も頑張れる。

約8時間、一緒に歩くなかで、様々なヒントやアドバイス、それに励ましの言葉もかけていただいた。チャレンジし続けている方からの言葉には重みがある。元気をいただいたので、残りの旅も、そしてこの旅が終わったあとも、また頑張っていきたい。とても楽しく、忘れられない一日になった。

南山さんご夫妻、広島まで会いに来てくださり、本当にありがとうございました!

※ちなみに南山さん、一緒に33km歩いた翌朝も5時半に起きて、6時前から市内をランニングしてきたそうだ。敵わない。

<今日の費用>
ドリンク 156円
乾燥機 100円

※その他諸々の費用は南山さんがご支援してくださいました。本当にありがとうございました🙏

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中村洋太
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