浦島夜想曲(第10話)四日目
翌朝はまたまた宅急便の社長が荷物を受け取りに。これもおエライさんの接待になるのでしょうがご苦労様です。星野君は、
「ではまたお会いできれば光栄です」
あれっ、ユッキーもコトリちゃんも夜這いしなかったのかなぁ。ここからは宿の好意のバンで熊野川へ。今日は新宮まで川下りの予定だって。川下りも楽しかった。ここのは木造の川船なのが気に入った。だってFRPのエンジン付じゃ情緒ないじゃない。ワーワー、キャァーキャー言いながら九十分の船旅。満喫って感じ。さすがに今日は歩かないよね。
と思ったら甘かった、船から降りれば観光だものね。まずは熊野速玉神社。新宮に来てここは外せないところ、次に佐藤春夫記念館、新宮城、浮嶋植物群落、徐福公園と回って新宮駅に、
「次は那智行くで」
熊野那智大社を参拝して無事熊野三社制覇。コトリちゃんは、
「今日はホテル中の島」
「あれ? 旅の栞ではホテル浦島になってるけど」
「予定変更」
「でも、ホテル浦島の忘帰洞、楽しみにしてたのに」
「その代りに紀州潮聞之湯と貸切露天風呂があるねんよ」
ホテル中の島も行ったことあるけど、リニューアルしてからないから、そっちでもイイかも。ホテル中の島に行くには船に乗らなきゃいけないんだけど、観光桟橋に着くとちょっと物々しい雰囲気が。誰かのお出迎えかな。ユッキーは。
「コトリ!」
「しゃあないやんか。適当に頼むわ」
なんてことないわたしたちのお出迎え。急な予定変更だったので、エレギオンHDの名前を使ったみたい。ユッキーは鷹揚に挨拶をしてる。
「本日は当ホテルをご利用いただき、まことにありがとうございます」
「立花が無理言ったみたいで悪いわね」
「とんでもございません。これしきの事ならなんなりと」
見てると吹きだしそう。だってユッキーも若く見えるのよ。二十歳過ぎの小娘相手にあそこまでペコペコしてるんだもの。
「部屋は特別室をと思っておりましたが、五人様とのことで、潮聞亭の華の間にさせてもらっておりますが宜しいでしょうか」
「イイよ、泊れれば」
ユッキーが仕事では怖い人って聞いたけど、自分の会社だけではなくて、他の会社でもあれだけ怖られてるんだ。でもさぁ、昨日なんて民宿だよ。このホテルの社長さんが聞いたら腰抜かすかもしんない。船が着き、玄関に向かうと、それこそずらっ、
「歓迎もイイけど、ほどほどにしてね。あくまでもプライベートなんだから」
「ははぁ」
ユッキーってどれだけ怖いんだろ。ホテルの社長さんだと思うけど、ガチガチじゃない。でも部屋に入ると、
「ここもイイお部屋」
「そやろ、とりあえず風呂行こう」
「紀州潮聞之湯ね」
へぇ、これが露天風呂か。なかなかイイじゃない。お風呂の下は海だもんね。波の音が心地イイ感じ。カズ君も温泉好きだったもんね。それもディープなタイプが好きで、湯の峰温泉のつぼ湯なんて大喜びしたろうな。
川湯温泉も行ったことがあって、本当に掘って風呂作ってたもの。一緒に東北旅行もしたけど、東北の風呂は混浴が多くて一緒に入れて楽しかった。そうそう、風呂だけじゃなくて宿もディープなのが好きで、ランプの宿を巡ったこともあったっけ。
観光もこんな感じだった。リゾート旅行は好きじゃなくて、毎日ビッシリ名所旧跡巡りやってた。まあ、あれだけの歴史オタクだからそうなるはずだけど、
『えっ』
と思うものに感動しちゃうのよね。謂れを聞いたらなんとなく理解できたけど、きっとわたしには見えない歴史ロマンに興奮してたんだと思ってる。そういう意味ではわたしはカズ君に合ってなかったかもしれない。あそこまで入れ込んで興奮できなかったものね。
今日で四泊目か。たしか四泊五日ぐらいってしてたから、明日には帰るのよね。ずっとこんな時間を過ごしたいな。この旅行でユッキーたちから元気をもらった気がする。行く前は香坂さんの懸命さにほだされた感じだけど、一緒に旅行できて本当に良かったと思うもの。この旅行に来てなければ、あのままマンションで朽ち果てていたかもしれないものね。
それにしても、後何年なのかな。冗談抜きでいつお迎えが来てもおかしくないもの。たとえばだよ、明日の朝にコロリだってあってもおかしくないじゃない。この旅行に来る前は、毎朝、
「まだ生きてるよ、カズ君遅れてゴメン」
こんな事を思ってたけど、もう少し生きてもイイかもしれない。主女神とやらが宿ってくれてるお蔭で歳取らないし、元気だし、仕事をする体力だってバリバリあるじゃない。友だちも随分減っちゃったけど、ユッキーとコトリちゃんは不老不死みたいなものだから絶対に死なないし。香坂さんやシノブちゃんだってそう。
「シオリちゃん、何考えてるの」
「カズ君のこと」
「ヒュウ、ヒュウ」
「そうじゃなくて、もう少し会いに行くのをユックリにしてもイイかなぁって」
夕食は豪華絢爛、海の幸。ここまでは山の幸が中心だったから悪くない。またまた飲めや歌えやの大騒ぎ。ひとしきり騒ぎ終った後にユッキーはシノブちゃんと香坂さんと一緒に土産物を買いに行くって。コトリちゃんと二人になったんだけど、
「コトリちゃん、永遠の記憶を受け継ぐってどんな感じ」
コトリちゃんはビールを片手に、
「シンドイよ、辛いよ、何事も程度ってのがあって、五千年は長すぎるんよ」
だろうな。たった八十年でもこれだけ重いものね。
「じゃあ、女神であることは?」
「そやな、能力だけやったら便利。でもね、こんな能力って使えば使うほど化物扱いされるだけなのよ。だから人前では滅多なことでは使わへんし、使ってもわからんようにしてる」
「たとえば、どんな事が出来るの」
コトリちゃんはニヤッと笑って、
「ずっと天気良かったやろ」
「そうなのよ、天気予報は微妙だったから心配してたのよ」
「これぐらいは出来るってこと」
えっ、天候までコントロールできるとか、
「全部は無理やけど、ある程度はね」
ホントかしら。
「他には」
「わからんかったかな」
「えっ」
「昨日と一昨日のペットボトル」
なんの変哲もないスポーツ・ドリンクとお茶だったけど。
「冷たくなかった?」
「そういえば・・・」
一応保冷袋に入ってたけど、最後まで冷たかった。いや、全然温度が変わってなかった。
「あれも」
「そうや」
「他にもいろいろできるよ。でもね、別に使わんでも、普通に暮らせるんよ。今は便利な時代になってるし。スマホなんて昔は想像も出来へんかったし」
コトリちゃんの昔っていつなんだろう。でも、わたしだって子どもの時にスマホなんて出て来るなんて想像も出来なかったし。
「わたしも何かできるの?」
「出来んこともない。でも使う必要もあらへんやん。歳とらんだけでも十分やんか」
そりゃそうだけど、そう言えば、
「水橋先輩だけど」
「まだ元気みたいやで」
「あの人も神なの。だってさ、あれだけなんでも見たらすぐに出来ちゃう人だったじゃない」
「水橋先輩は神じゃない。でも偉大過ぎる人や。リンドウ先輩もそうやと思う。神はね、しょせんは寄生虫みたいなもので、おらんでも誰も困らへんのよ」
わたしは大きく吸い込んで、
「それだけは違うわ」
「そうか」
「だってわたしの友だちじゃない」
コトリちゃんは嬉しそうに、
「ありがとう」
そこに三人組が帰って来て、
「ユッキー、なにかわかった」
「コトリの思った通りでイイみたい」
なんの話かと思えば加納賞のことみたい。
「カラクリは?」
「ビックリするぐらいチャチ」
「やっぱり賄賂」
「そういうこと」
そんなものどうやって調べたんだと思ったけど、よく考えればこれも世間で評判だものねぇ。エレギオンHDの情報収集能力はCIA並ってのも。
「ユッキー、うちにも関わるやんか」
「そうなのよねぇ」
加納賞の創設の時にクレイエールに協賛のお願いに行ったら、最初はTシャツ提供ぐらいだったけど、数日後に香坂さんから話があって、
『クレイエールが会場を提供します』
クレイエール記念ホールをタダで貸してくれただけでなく、会場の設営、運営の人員まで提供してくれた。えらい好意と思ったけど、実はユッキーとコトリちゃんの好意だったんだよねぇ。ちょうど二回目の宇宙船騒動があった年だからあれから十年になるか。
「調査は?」
「やっぱりシノブちゃんが帰らないと無理みたい。どれぐらいかかる?」
「一週間もあれば、おおよそのところは」
なんの調査かと聞いたら贈賄リストの入手だって。
「ミサキちゃんらしくないねぇ」
「申し訳ございません」
香坂さん、なにを謝ってんだろ。それそうと、加納賞は始めた頃はオフィス加納が主催だったんだけど、途中から公益法人の主催にしてた。その公益法人の経営が怪しいっていうのよ。
「写真文化振興協会だけど、シオリがいなくなってから、かなり食い物にされてるみたいよ。ここも、もうちょっと調査が必要だけどね」
なんてこと。加納賞はわたしの名前を冠した賞よ。商売抜きで有望な新人に日を当てるために作ったのに、それを食い物にするのがいるって許せない。
「ユッキー、おもしろなってきたんちゃう」
「そうみたいよ、なかなか裏が深そうな気がする」
ここで二人はわたしの方に向き直り、
「シオリ、ちょっと協力してくれる」
「加納賞の件よね」
「そうよ、御隠居にゴミ掃除を手伝って欲しいんだけど」
「もちろんよ、なんだって協力する」
ところで気なっていることが、
「コトリちゃん、どうして白浜から勝浦に変えたの?」
「ちょっと気になることがあってね。杞憂やったらええんやけど、そのうち話すわ」