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不思議の国のマドカ(第37話)エピローグ

『コ~ン』
 
 今日は女神の集まる日と言っても、ミサキちゃんもシノブちゃんもおらへんから、シオリちゃんが来るか来ないかだけになってるんや。でも今日は来てくれたんで、今回の事件で推理できる真相を聞いてもうたんやけど、ヘド吐きそうになってたわ。
 
「たしかに、それなら辻褄は合うが証拠は?」
「いらんやろ」
「えっ、どういうことだ」
 
 シオリちゃんにはわかりにくいようやったけど、神が相手の場合は人の基準でものを考えたらあかんねん。
 
「じゃあ、どうするのだ?」
「神に対しては戦うか逃げるだけ。戦えばルール無用の殺し合いになる」
「それでは何をあれだけ調べていたのだ?」
「どれほどの強さの神で、どれほどの能力を持ってるかや」
 
 それぐらい対神戦はシビアってこと。神がガチで対決して痛み分けになるケースの方が珍しいぐらいやねん。舞子でクソエロ魔王と引き分けたんはレア・ケース。
 
「ゲシュティンアンナは許せないぞ。娘にされた息子の人生は地獄そのものではないか」
 
 突然女にさせられて、サディストの生贄になっとるから地獄なのは間違いないんやけど、あれだけ酷い状態に置かれて誰一人自殺してへんねん。しかも残された評判が夫婦円満やねんよ。
 
「どういうことだ」
 
 ユッキーと理由をあれこれ考えたけどマゾヒストになったと見れば説明出来てしまうんや。マゾは性対象から苦痛を与えられることで性的興奮を覚えるぐらいやけど、
 
「性対象ってマドカみたいにホモになったってことなのか」
 
 そうされてないのはユッキーの意見に賛成してる。マゾもいろいろあるかもしれんけど、今回の女神の仕事では、
 
『耐えがたき苦痛を忍び、一瞬のカタルシスに酔う』
 
 こういうタイプのマゾをゲシュティンアンナは作り上げたと考えてる。カタルシスは女の快感。これを得るには男を相手にしないといけないけど、ゲシュティンアンナは男を性対象にするのに『これでもか』の制約を加えてると見れるんよ。これがマゾが耐え忍ぶ苦痛になるんや。
 
「女の快感にも罪悪感や背徳感が植えつけられてるではないか」
 
 イッてる間のみは極楽状態になってるはずやねん。極楽状態から醒めかけると罪悪感や背徳感に加え、イキ姿を晒した羞恥に襲われるんやけど、そうなっても次を求める苦痛につながるんやろ。ここの図式は、
 
 イクことの極楽 >>> イクまでの苦痛+イッた後の苦痛
 
 こうされてもたんやと思てる。
 
「そんなに男が嫌なら拒否すれば良いだけではないか」
「カタルシスである女の快感は、マゾヒストとして求めてやまないものであると同時に、中毒からの禁断症状を押さえるために必要不可欠なんや。二重の欲求構造になってるし、禁断症状への抵抗力は破壊されてるから、男を拒否するなんて出来ないよ」
 
 二重の縛りがかけられたイク極楽はマゾにとって逃げようがないものになる。これで苦痛さえ喜びになるマゾヒストの完成や。ゲシュティンアンナは一万年のサド熟練者やから、嫁に出される時には完璧なマゾになってたでエエと思う。
 
「そうなると嫁に出された段階では」
 
 これから自分が経験しなければならない数々の恥辱による精神的苦痛に恐怖すると同時に、それを耐え忍んだ時の喜びへの期待に胸を膨らますぐらいになってたでエエと思う。
 
「それって、女が妄想することがある被レイプ願望みたいなものか?」
「近いかな。レイプは現実となると受け入れられへんし、精神的にも肉体的にも苦痛だけやけど、強烈に感じて興奮できるようにされてしまったと見てもエエかもしれん」
 
 苦痛への恐怖と、苦痛がもたらす喜びへの期待感がなんの矛盾もなく並立してたんやと思う。さらに言えば喜びは確実にもたらされるんよね。そう出来るようにゲシュティンアンナは丹念に作り上げたはずやねん。そやから外からは夫婦円満に見えたんやろ。
 
「そんなのがマゾなのは、なんとなくわかるが・・・男を女にするのにあれだけこだわったのは何故だ?」
 
 他の理由もあるけど、生まれつきの女がそうされた場合は、少しでもコントロールを失敗すると他の男に走ったり、色情狂になってまうけど、女にされた男は、男への生理的嫌悪感をテンコモリ叩き込まれてるんよ。なにがあってもホモには走らせないぐらいにな。
 
「他の男にさらに犯される苦痛はどうなのだ?」
 
 数々の精神的苦痛の中でも別格で最強のものは男に体を開くことのはずやねん。毎回それこそ死にそうなぐらいの苦痛になってるはず。嫁になっての初夜の体験で三人目に体を開くぐらいなら死を選ぶぐらいになるんやろ。
 
「だからゲシュティンアンナと旦那に極めて貞淑というか忠実になるのか」
「この二人だけはカタルシスのために、死ぬ思いで許容してるぐらいや」
「娘にされて嫁に行かされた息子たちの末路はどうなんだ?」
 
 マゾにされた当人はその世界に陶酔し、自殺なんか頭にも浮かばず、どうやってカタルシスを得るかだけを考える一生を送ったんやと思う。たぶんやけど歳も殆ど取らへんかったと見てる。ババアになってもその状態じゃ哀れすぎるし、ゲシュティンアンナもそんなマゾ奴隷は見るのも嫌やろ。アイツも趣味でやってるからな。
 
「だからと言ってゲシュティンアンナの所業が許されるはずがないではないか!」
「ないんやけど、生き残ってる神は、だいたいそんなもんでエエと思う」
 
 神なんかロクなことをせえへんねんけど、現在まで生き残ってる神はギリギリでも人の世に適合して暮らしてるはずやねん。覇権欲剥きだしで暴れ回った連中は、すべて死んでもたぐらいや。

 生き残ってるのは覇権欲を他に転じた者だけ。ゲシュティンアンナが覇権欲を転じた先はサディズムであり、サディズムの指向はマゾ奴隷の養成とその管理にあったでエエやろ。

 だからあれだけの数しか生贄にしてへんのやと見てる。敏雄時代にマゾ奴隷の数が減ったんは、倉麿時代に増やし過ぎて管理に往生した反動か、よほど手がかかるのがいて、あれ以上は増やせんかったで良さそうや。
 
「では許すと言うのか」
「許すも許さないも神にはあらへん。火の粉が直接降りかからん限り放置や」
「ゲシュティンアンナがドゥムジの献上品のマドカを取りに来た時は・・・」
「取りに来ない公算が高いと考えてる」
 
 理由はマドカさんがもうすぐ二十八歳になること。ドゥムジが新田和明に宿ったんはおそらく三十歳の時。それから三十年後にマドカさんは二十二歳になるんや。たぶんやけどドゥムジの計算では、マドカさんが大学卒業時ぐらいにゲシュティンアンナが冥界から戻ってくると計算してたはずやねん。

 マドカさんと小野寺の息子の結婚話は、最初はマドカさんの卒業と同時ぐらいで進められとったんよ。それがゲシュティンアンナが来ないもんだから、写真スタジオ勤務で時間を稼いだと見てる。これがドゥムジのせめてもの親心かどうかは不明やけどな。

 ところがマドカさんが二十五歳になってもゲシュティンアンナは現れず、これ以上結婚話を引き延ばせなくなったから、当初の予定通り二回目のすり替えを行ったってところかな。
 
「どういうこと?」
「三つぐらい可能性はある」
 
 ・エレシュキガルの冥界の崩壊に連動してアンの冥界も崩壊し巻き添えになって死んだ。
 ・天の神アンの死により冥界から出られなくなった。
 ・逆に冥界から解放されて新たな活動拠点を設けた。
 
それより、もう来たかもしれない」
「どういうことだ?」
「マドカさんはシオリちゃんの愛弟子やんか。もしこれを奪ったらイナンナとの全面戦争を覚悟せんとあかんやろ。それとシオリちゃんが立ち上がったら他のエレギオンの四女神も加担するのもミエミエやし」
 
 そう、かつての武神どもはこの不利な条件でも挑戦してきたけど、そんな単純な神は生き残ってないってことや。ゲシュティンアンナもそれぐらいは用心深いだろうから生き残ってるってこと。
 
「ゲシュティンアンナはどうしようもないのか」
「来たら返り討ちにしてやる。時間感覚にまだ慣れへんやろけど、千年も待ってたら来るかもしれへんやん。とにかく見える範囲におらんと戦い様がないんよ」
「せ、千年・・・」
 
 今回の事件は対神戦に至らなかったから平穏で良かったけど、とにかくややこしい性嗜好が団体さんで来て参ったわ。ドゥムジなんて、
 
『女の心を持つ男を完全性転換させて女にして愛し、その女に虐げられてマゾヒズムを楽しむ』
 
 聞いただけで頭がこんがらがる趣味やんか。ゲシュティンアンナもそうで、
 
『男の心で生まれた女神が男に宿り、息子を娘に変えてマゾ奴隷にし、男の心のまま管理して虐待して喜ぶサディスト』
 
 なんやねんそれやし、言っちゃ悪いがマドカさんだって、
 
『ホモっ気があり、これが高じて女装子から性転換手術まで進むはずだったのが、高じる前に一足飛びに性転換させられ、女になれずに苦しんでいた』
 
 これも複雑すぎて大変や。こんなややこしい事件には、これ以上かかわりたくないのがコトリの本音だよ。
 
「コトリちゃん、今回の女神の仕事はこれで終りなのか」
「とりあえずな」
「なんか不完全燃焼だと思わんか」
「現実は一時間で必ず解決する刑事ドラマみたいにいかないよ」

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