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シノブの恋(第33話)ジャンプ・オフ

「コトリ、今さらコース変更ってなによ」
「そういうルールらしいわ」
 
 でもこれで有利になったかもしれん。森のコースは結構な直線があるから、あそこでスピードに乗ればシノブちゃんは完全に目覚めるかもしれん。ほほう、ジャンプ・オフは先攻後攻が入れ替わるんか。
 
「シノブちゃんが」
「ついにここまでなったか」
 
 四座の女神は極度に集中するとホンマに輝くんや。なんであないなってもたか後でユッキーと首ひねったんやけど、どっかでミスったんやと思てる。今は昼間やから目立たへんけど、かなり輝いてるで。

 まずは馬場からか。今日五回目やけど、どんどんスムーズになっとるわ。馬場内最後のトリプル・コンビをクリアして、森のコースに突入や。観客席からは見えにくくなるけど、ここの馬場はスコアボードがヴィジョンに変わるんや。贅沢なもんやな。
 
「シノブちゃんのスピード」
「ああ、あれや、ああなったシノブちゃんはやるで」
 
 あれはキャンターじゃない、もうギャロップや。そうや、その速度のまま飛ぶんや。そうや、その調子や。まだまだ加速するで、これぐらいの障害やったらギャロップで全部飛べるんやから。

 シノブちゃんはテンペートを全速力で走らせてる。これこそがエレギオン馬術の神髄、四座の女神の馬術なんや。ありゃ、神崎愛梨がゴールのとこに馬乗って出て来たけど、なにするつもりやねん。
 
『フィニッシュ』
 
 あれれ、神崎愛梨が馬降りたで、
 
「夢前さん、あなたの勝ちよ。私とメイウインドじゃ、あそこまでの走りは無理。走るまでもないわ」
「ありがとう。ではデュエロの勝者として神崎さんに言っておくわ。恋の勝負と馬の勝負は別よ。欲しければ奪いに行くのが恋よ」
「そのセリフ、私が言う予定だったんだけど、謹んで受け取るわ」
 
 その後に表彰式。そしたらクラブハウスからデッカイ金杯が出てきて、シノブちゃんにホンマに授与贈呈された。そう言えば授与する理事長の顔が強張ってた。責任問題は確実やもんな。

 ほいでやけどコトリも金杯持ってみたけど、重いのなんのって二十キロどころやないで。そのまま金杯抱えて北六甲クラブに帰り、大祝勝会。小林社長も、奥さんも、娘さんも大喜びしとった。
 
「北六甲クラブの栄光の日や」
「また勝ったのよね」
「そうや、この金杯見てみい」
 
 どうでもエエけど、金杯使い過ぎやろ。最初にシノブちゃんが日本酒入れて飲んだけど、大相撲の賜杯やないっちゅうねん。その後もビールや焼酎ドンドン入れて、ひたすら回し飲みやんか。コトリももちろん飲んだけど。それだけやあらへんかった。しばらくしてからクラブに行って食堂入ったら、
 
『あの金杯で乾杯』
 
 こんな大きな貼り紙してあって、カネとって使わせとった。これが結構な人気みたいで、
 
『まだ金杯、空かへんか』
『こっちはまだか』
 
 こればっかりは甲陵倶楽部さんに悪い気がしたわ。だってやで、甲陵倶楽部にあった時は表彰式にさえ持ちださず、理事長室に大事に飾ってあったんやで。あん中にホンマに酒入れて飲むなんて考えられへん扱いやったのに。
 
「エミちゃん、次はコトリのとこやけど、中身はビールで頼むわ」
「は~い、三番テーブルさんの金杯、ビールです」
 
 所有者はシノブちゃんやから、貸出料取ってたわ。ちゃっかりしてる。

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