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ミサトの不思議な冒険(第35話)会いたい・・・

 大学生活の復活にはちょっと手間がかかった。とにかくテキストからノート、パソコンも全部焼けちゃったからね。北斗星の先輩や、その友達のツテツテに集めてもらったりしたし、大学側も事情を配慮してくれて、なんとか軌道に乗ってくれたぐらい。

 親父は工場が出来るまで仕事が出来ないから、生活費を稼ぐために自動車整備工場でバイトに励んでる。お母ちゃんもパートに出てるよ。そんな状態でもミサトを大学に行かせてくれてる両親には感謝してる。

 それにしても大学に入ってからジェット・コースターみたいな毎日だった気がしてる。前期はツバサ杯に振り回されて、夏休みはオフィス加納の弟子同様の体験生、そしてハワイで三大メソドとの団体戦対決。

 ここまでだって大騒動の毎日だったけど、次に襲ってきたのがSSK事件。尾崎家が破滅の淵まで追い詰められたもの。コトリさんが助けてくれなかったら、今ごろは路頭に迷ってたかもしれない。

 これってミサトの大冒険みたいなものだよね。ツバサ杯はともかく、オフィス加納の体験生からハワイの対決とか、SSK事件は普通の人生ならあり得ないとしか思えないもの。よく生き残れたものと、しみじみ思うもの。

 
 やっとそれなりに落ち着いて思い出しているのはユッキーさんのこと。ユッキーさんは家庭教師だったけど、ミサトにはそれだけの人じゃないんだよ。ミサトって一人っ子だから、昔からお姉さんが欲しかったんだ。

 ユッキーさんの家庭教師は厳しかったけど、勉強の合間、合間に色んなお話をしてたんだよ。写真甲子園の話、高校生活の話、野川部長への想いの話・・・みんな、みんな真剣に聞いてくれたし、アドバイスもしてくれた。

 そうユッキーさんはミサトにとって優しいお姉さんだったんだよ。本当の姉って一人っ子のミサトにはわかりようがないけど、あんな素敵なお姉さんが欲しいと思ってたし、心の中ではお姉さんと思ってた。実際にそう呼んだことがあるけど、
 
『あら嬉しい。わたしもミサトさんみたいな妹がいれば良かったわ』
 
 だから亡くなったって霜鳥常務に聞かされた時に、もう胸が張り裂けそうだった。この世で一番大切な人が、ミサトを残して去って行っちゃったと思ったもの。すっごいショックだったけど、ここで挫けたらユッキーさんに悪いと思って懸命に頑張ったんだ。

 だから会いたい。会ってお礼もしたいけど、またお話したいんだ。これまであった事を聞いて欲しいし、これからのことも相談したい。今年の大冒険の最中にもユッキーさんに何度相談したいと思ったことか。

 でも叶わぬ願いなのはわかってた。死んだ人と会えるわけないものね。だから歯を食いしばって頑張ってきた。ユッキーさんの口ぐせは、
 
『助けを求めたってイイ、アドバイスを求めたってイイ。でもね、最後に頼れるのは自分だけよ。わたしはミサトさんが、そう出来るように手助けしてるだけ』
 
 ミサトは自分なりに頑張ったつもり。でもね、でもね、頑張ったのをユッキーさんに褒めてもらいたいんだ。ユッキーさんはね、ミサトがどれだけ頑張ったのかを、まるで横にぴったり付いていて見ていたように見抜いちゃうの。

 それでね、それでね、いっぱい、いっぱい褒めてくれたんだ。ユッキーさんに褒められるのが、世界中の誰から褒められるより嬉しかった。次も頑張るぞって意欲がモリモリ湧いてきたもの。ユッキーさんが生きててくれたら、きっとミサトの冒険を聞いて、
 
『よく頑張ったわよ。さすがミサトさんだわ』
 
 褒める時のユッキーさんの表情は本当に嬉しそうだし、あれって慈愛の眼差しって言うと思うけど、あの目で見てもらうだけで、それまでの苦労が吹っ飛んじゃうんだもの。どうして死んじゃったんだよ。

 
 でもね、ユッキーさんとの再会だけど、不可能じゃないかもしれないって思い出してる。常識では無理に決まってるけど、あのクレイエール・ビル三十階の世界なら希望はゼロじゃないと感じたの。

 あそこは普通の世界と違う。まさに現代のミステリー・ゾーンそのもの。そりゃ、見かけはビルの中に家が建ってるだけだし、それだけでも十分に驚かされるけど、本当のミステリーはそこじゃない。

 あそこに出入りする人間は本当に少ないのよね。コトリさんは社長だし一人暮らしだから、お手伝いさんみたいな人がいそうなものじゃない。掃除とか、洗濯とか、炊事する人がいる方が自然だよ。

 それがいないのよね。ゴミはコトリさんが抱えて出勤するし、食べ物だってコトリさんが自分で買って来るんだよ。ご飯だって全部コトリさんが作ってくれるし、お昼だって昼休みにわざわざ帰って来て作ってくれたもの。

 最初の日にミサトの着替えを霜鳥常務が用意してくれたけど、持ってきたのは霜鳥常務だよ。そんなもの普通は部下に任せて届けさせるに決まってるじゃない。あそこはエレギオンHDの社員でも立ち入れない聖域としか思えなかった。

 
 なにより違和感を抱いたのは互いの呼び名。コトリさんからそうで、本名は月夜野うさぎだよ。なのにシノブさんはコトリ先輩って呼ぶし、霜鳥常務だってコトリ社長なんだ。親しいから下の名前で呼ぶのはまだわかるけど、うさぎ先輩とか、うさぎ社長と呼ぶはずじゃない。

 コトリさんだけじゃない、シノブさんだって本名は夢前遥なのにシノブだし、霜鳥常務も梢なのにミサキなんだよ。さらに言えば麻吹先生だって三十階ではツバサじゃなくシオリなんだ。

 
 あれこれ調べてみたんだよ。そしたら、エレギオンHDが出来た時のトップ・フォーの名前がわかったんだ。
 
 小山恵社長
 立花小鳥副社長、
 結崎忍専務
 香坂岬常務
 
 北六甲クラブで使っていたコトリさん、シノブさんの偽名はここから取ってたのはわかったんだ。でもさぁ、やっぱりおかしいじゃない。北六甲クラブでは肩書を隠すのに使ったのはわかるけど、どうして普段もそうなんだってところよ。

 だってだよ、霜鳥常務がミサキと呼ばれるのも、ここからとしか考えられないけど、霜鳥常務は北六甲クラブの会員じゃないし、たぶん来たこともないと思うんだ。エミ先輩にも聞いたことないもの。なのにどうしてミサキって呼ばれるか不思議過ぎるじゃない。

 
 そしたらエレギオンHDの不思議な人事の話が見つかったんだ。創業時のトップ・フォーは小山社長を含めてすべて亡くなっているけど、一番先に亡くなったのは立花前副社長。その副社長の椅子はなんと十年間も空席にされて、大学院卒のコトリさんが突然就任してるんだ。

 それだけじゃないよ、結崎専務の専務の椅子も、香坂常務の常務の椅子も死後は空席にされて、まだ大学一年生だった夢前遥、霜鳥梢がいきなり就任してるんだよ。こんなことありえるものか。世界一とも言われるエレギオンHDのトップ人事だよ。

 この人事だけど縁故とか、小山社長の気が狂ったわけじゃないのは実績が証明してるのよね。だって霜鳥常務はエラン宇宙船事件の時にECO副代表を務めてるし、シノブさんは東京支社で社長代行を勤めあげてるんだもの。言うまでもなくコトリさんは稀代の策士だし。

 
 麻吹先生のシオリも考えてたけど、該当者は一人しかいないと思うんだ。そう世界の巨匠と呼ばれ、オフィス加納を作り上げた加納志織先生。この加納先生と麻吹先生の接点はゼロ。これは立花小鳥と月夜野うさぎ、結崎忍と夢前遥、香坂岬と夢前梢もそう。

 だけどいずれも亡くなってから入れ替わるように現れてる感じがする。それも前任者と同じ能力を持ってなの。オフィスに居る時にサキ先生に聞いたのだけど、加納先生が亡くなられ後にオフィス加納は深刻な経営難に陥って、明日にも倒産の危機状態になったことがあったそうなのよ。

 そこに救世主のように現れたのが麻吹先生。当時、誰も撮る事が出来ないとされた光の写真と麻吹アングルをいきなり撮れちゃったっていうのよ。そんな事がメディア創造学科の学生だった麻吹先生に出来る訳ないじゃないの。ミサトには、
 
 立花小鳥 → 月夜野うさぎ
 結崎忍 → 夢前遥
 香坂岬 → 霜鳥梢
 加納志織 → 麻吹つばさ
 
 こう入れ替わったとしか考えられなくなってる。これなら呼び名の謎も、能力の継承もすべて説明出来ちゃうの。そうマンガ『愛と悲しみの女神』のエレギオンの女神たちのように宿主が入れ替わっただけとしか考えられない。

 
 問題はユッキーさん。ユッキーと言う呼び名は偽名として使っていた木村由紀恵からで間違いない。いや、木村由紀恵は偽名でなく、小山恵の先代の宿主の名前のはず。だけど木村由紀恵とエレギオンHDやクレイエールとの関連はいくら調べても出て来ないんだ。

 小山恵が最初に社長になったのはクレイエールだけど、その先代社長は綾瀬って人だし、しかも男性。でもコトリさんたちがエレギオンの女神なら、ユッキーさんだってそうのはず。だってユッキーさんは社長だよ。

 コトリさんたちがいかに凄い人たちなのかはSSK事件でよくわかったもの。そんなコトリさんたちの上で社長してたユッキーさんが女神でないはずがないじゃないの。小山社長はエラン宇宙船事件で地球全権代表まで務め、世界のスーパーVIPとまで呼ばれたんだよ。

 そうなのよ、それなら小山恵は死んだとしてもユッキーさんは生きてるはず。実はユッキーさんが生きている証拠も見つけてるんだ。

 三十階には四つの寝室があるのだけど、ユッキーさんの寝室はそのまま残されてるんだ。悪いと思ったけどタンスの中を見てみたらユッキーさんが着ていた服があったもの。あれを見間違えるものか、どれも見覚えがあったもの。コトリさんは、
 
「なんとなく片付けにくくて・・・」
 
 こう言ってたけど、ユッキーさんが戻って来るのがわかってるから置いてあるはず。それだけじゃない。ユッキーさんの寝室は使われてる形跡があるんだ。それぐらいはミサトでもわかるもの。

 ユッキーさんの遺品が置いてある部屋で寝る人間は、この世で一人しかいないじゃない。そうだよユッキーさんだけ。コトリさんが他の人に使わすのを許すもんか。

 
 そこまで考えたけど、だったらどうしたら良いのかサッパリ思いつかなかったんだ。あれこれ考えたのだけど、麻吹先生に相談した。だって、相談しないと怒られそうだし。麻吹先生にミサトが考えてたことを全部ぶつけてみた。そしたら、
 
「おいおい、そんな荒唐無稽な話をされても困る」
 
 でもミサトは見逃さなかった。あのクソ度胸の塊のような麻吹先生の表情にかすかに動揺が走っていたのを、
 
「本当に荒唐無稽と思われているのですか」
「小山社長は亡くなられている。これは揺るがぬ事実だ」
「小山社長は亡くなっていますが、ユッキーさんは生きています」
「ユッキーは小山社長だ」
 
 こうなったら麻吹先生の数少ない弱点を突くしかない。
 
「先生はミサトの師匠です。ミサトは先生の事を誰より信頼しています。教え子であるミサトに胸を張ってそう言えますか。どうかミサトの目を見てお返事をお願いします」
 
 ミサトは渾身の気合を入れて麻吹先生を睨んでた。麻吹先生は困ったような顔になり、考え込んでた。麻吹先生がこんなに考え込むのを見るのは初めての気がする。どれぐらい時間が経ったかわからないぐらいだったけど、ボソっと、
 
「尾崎も三十階に招かれたメンバーかもしれない」
 
 麻吹先生が言うには、あそこに出入りできる人間は、
 
「尾崎の言うエレギオンの四女神と、オフィスのプロだけだ。うちの連中が認められた経緯は長くなるからここでは話さないが、そうそうは入る事が出来ない場所だ。そこに尾崎が居ると聞いて、あの時は驚いた」
 
 言われてみれば! 受付でコトリさんたちに会った後も、別に三十階を使わなくても、外で話を聞くとか、社長室なり、応接室を使う方法もあったはず。あの時のコトリさんは即断で三十階にミサトを連れて行ったよね。
 
「尾崎が知るべきかどうかはわたしには判断が付かない。あそこは管轄外だからな」
 
 じゃあ、やっぱり。
 
「来週の土曜日は空けとけ。そこで直接聞いてみろ。連れて行ってやる」
 
 これでユッキーさんに再会できる手がかりをつかんだ気もするけど、なにか怖い気も、
 
「あははは、怖いか。あそこは怖いと言うより別世界だ。別に取って食われることはないから安心しろ」
 
 なんか余計に怖くなった。

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