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運命の恋(第37話)訪問者

 ボクのスマホにも着信は少なからずある。学校の友だち、歴史サークルからの連絡、サークル仲間からのもの、もちろん諏訪さんや今泉、言うまでもないけどマナからもだ。だけど、数はそれなりにあっても、限られているのは限られている。

 それでも見知らぬ着信が入ることもある。そういう着信は詐欺まがいの事が多いからスマホは登録した電話番号以外は拒否するように設定している。社会人なら困ることもあるかもしれないが、学生ならそれで十分だし。

 それがある日に着信履歴がエライことになっていた。ずらりと並ぶ同じ電話番号。こいつは拒否されても、拒否されてもかけ続けていることになる。

「おいおい、ストーカーかよ」
「ジュンなら襲われても心配してないよ」

 マナもだろうが。そんな事はともかく、この番号、どこかで見た事のある気がする。電話番号なんて、一度登録すれば見る事がないから、覚えていないはずだけど、なぜか見覚えがある気がした。

 でもこれで終わりだろう。ネットは便利だけど、こういうところは嫌なところだ。目下の課題は卒業論文。今日は下宿でパソコンと格闘している。マナはパートに行ってるから、帰るまで頑張っていた。

『ピンポ~ン』

 たく忙しい時になんだよ。このマンションもモニター付きのインターフォンぐらい付けてくれよな。ドアを開くと少女が一人。

「氷室淳司さんですよね」

 誰だこいつ。新手の押し売りか。この手の連中はボクとマナが叩き出して来たから、もう来ないと思っていたのにな。強面じゃ通用しないから、こんな少女を使った変化球で来やがったのか。でも見たところ売り物は持っていなそうだから、わかったぞ宗教系だ。

「うちはイスラム教シーア派だから帰ってくれ。アッラーフ・アクバル」

 適当なことを言ってドアを閉めようとしたら、少女は体を差し込んで来た。

「お願いです。話を聞いてください」

 知らんがな。心の平穏だとか、魂の救済には興味も関心もない。それにここまでするのはやり過ぎだぞ。仕方がない、少女相手に大人げないけど、出てもらう。それぐらいは朝飯前だ。少女を追い出しドアを閉じたけど。外からドアを叩きながら、

「お願いです。どうか話を。お願いします」

 ドア越しに、

「近所迷惑だ。これ以上、騒ぐのなら警察呼びます」

 やっと静かになってくれた。ボクとマナがきっちり挨拶するからマンション周辺にはヤンキーどころかチンピラでさえ近寄って来ない。その代わりじゃないだろうが、この手の訳のわからん勧誘がとにかく多い。そんなことより、卒論、卒論。マナが帰って来るまでに少しでも進めておかないと。

 今日のマナの上りは五時のはず。マナも働き者だから今やパートながらもリーダーみたいな地位にいる。そのためか帰りが段々と遅くなってきている。そう思ってたら、

「ジュン、ごめん今日は六時になる」

 仕方ないよな。マナの稼ぎは重要だもの。というのもマナの給与は正社員以上に良いんだよ。何回も正規採用の話もあるぐらいだ。その理由は働きぶりだけじゃない。そっちの評価だけで給料が増えるほど甘くない。マナの給料の秘密は、

『危険手当』

 言っとくけど、マナのパートはウエイトレスだ。だがこの辺の客層はお世辞にも良くない。なんだかんだと絡む客や、因縁付けて踏み倒そうとする客、さらには暴れたいだけの客もゴロゴロいる。

 それがマナが勤めだしてから綺麗さっぱりいなくなった。そりゃ、いなくだろ。ヤクザ連中までコテンパンに叩きのめし、お礼参りに闇討ちされても、熨斗つけて返していた。おかげでマナの店は別世界のように平和になって繁盛してる。

 そうこうしているうちにマナが帰ってきた。卒論も今日はこれぐらいにしておこう。こういうものは、無理して書いたら誤字脱字も増えるし、論旨がグチャグチャになって、結局翌日に書き直しになることが多いんだ。

「ただいま」
「おかえ・・・マナ、どうしてその子を」

 マナが部屋に招き入れたのは、昼間に叩き出したなんかの宗教系の少女。

「だってドアの前に頑張っていて、どうしてもジュンと話をさせてくれって言うんだもの」

 おいおい何時間待ってたんだよ。マナが招き入れてしまったのならしょうがないな。それにしても、そこまでしてボクになんの話があると言うんだろう。

「氷室さん。わたくしを覚えておられませんか」
「悪いけど知らないが」

 この話し方、どこかで引っかかるけど誰だ。

「五十鈴美樹です」

 なんだって! 最後に会った時は小学生だったはずだから、もう高校生だよな。美香はお母様似だが、美樹はお父様に似てるかな。言われてみれば面影もあるけど、これだけ綺麗になるとわからないよ。すると美樹ちゃんは、急に頭を下げて、

「氷室さん、どうか姉に会ってやって頂けませんか。どうかお願いします」

 なんの話だ。それだけはお断りだ。

「美樹ちゃん。ボクは高校の時に、お姉さんと親しくさせて頂いた時期はあった。だが悪いが、二度と会う気はない。この話は終わりだ。マナ、帰って来てばかりで悪いけど、駅まで送って行ってくれないか」

 すると美樹ちゃんは突然泣き出し始め、

「姉に、姉に残された時間はもう殆どありません。お願いです。淳兄ちゃんが姉と会いたくない気持ちも存じております。それでも、どうか、どうか一目だけでもお願いします」

 えぇ、美香の命が危ないってどういう事だ。そこから美樹ちゃんは泣き崩れてしまい話にならなくなってしまった。マナは美樹ちゃんをあやしながら、

「美樹さん。今日はここに来たのは御家族の方もご存じなの」
「知りません」
「じゃあ、美樹さんの判断で来られたの」
「そうです」

 マナが話しかけるうちに美樹ちゃんも落ち着いて来たようだったけど、

「この辺は危ないところなの。夜になると特にね。今日のところはお帰り」
「でも、でも・・・」
「ジュンは心優しい男なんだよ。でもね、お姉さんとの事は、さすがのジュンでもすぐに答えられる問題じゃないのはわかってくれる」

 泣きながら頷く美樹ちゃんに、

「日を改めておいで。その時には話をちゃんと聞いてあげるから」

 マナは美樹ちゃんを連れて駅まで送って帰ってきた。

「悪かったなマナ」
「気にしないで」

 マナが駅まで送る時に美樹ちゃんから聞いた話では、美香の容態はかなり良くないらしい。

「美樹ちゃんが言うには、絶対にジュンに連絡を取るなって言われてたんだって。でも美香さんを見てると、我慢できなくなかったで良さそうだよ。姉思いの良い妹さんじゃない」

 それでも相手は美香だぞ。

「そんな願いを無碍にするのは良くないと思う。ちゃんと事情を聴いてあげないと。そのうえでどうするかはジュン次第だ」
「今さら会うはずないだろ」

 するとマナは、

「遅くなってごめんね。すぐ夕飯の支度をするからね。お腹ペコペコでしょう」

 あっさり話題を変えちまいやがった。その方が今は良いけど、それにしても今日はなんて日だ、過去の亡霊が甦る日だっていうのか。お盆は遠に終わってるじゃないか。

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