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エミの青春(第35話)初音叔母ちゃんの秘密

 三月はお父ちゃんの誕生日。小林家では恒例で兄弟が集まってお祝いすることになってるんだ。
 
「兄貴、土産や」
「へぇ、諏訪泉って信州の酒か」
「そう思うやろけど、鳥取の酒や」
 
 広次郎叔父ちゃんは仕事で行ってたみたい。
 
「これは旨いな」
「そやろ。そやから一升瓶で買ってきたわ」
 
 お父ちゃんがこれぐらい飲むのは他ではお正月ぐらい。あれぐらい空けちゃうかも。エミは初音叔母ちゃんとおしゃべり。サヨコと大伴先輩が引っ付いちゃったのに刺激を受けて、エミも彼氏が欲しくなっちゃったのよね。だから恋愛相談もしたかったんだ。
 
「初音叔母ちゃんの高校の時はどうだったの」
「それは・・・お淑やかで可愛い女子高生だったよ」
「そんな初音叔母ちゃんに広次郎叔父ちゃんが惚れて?」
「そんな感じかな」
 
 そこにお父ちゃんと広次郎叔父ちゃんが乱入。
 
「そりゃ初音は綺麗やったで」
「そうやそうや、震え上がるぐらいや」
 
 変な表現だな。
 
「髪なんて銀髪やし、スカートも引きずるみたいで」
「お兄さんも広ちゃんもやめてよ。エミちゃんの前でしょ」
 
 銀髪に引きずるスカートって、
 
「ホンマにお淑やかで、木刀使わせたら校内随一やったもんな」
「チェーンも得意やったし」
「そんなもんより・・・」
「やめてって。初音のイメージが壊れちゃうじゃない」
 
 木刀にチェーンって、まさか、まさか、
 
「イメージって銀狐の初音やろ」
「ばらしたな、このはぐれ狼の広次郎め」
 
 銀狐の初音って、やっぱり。
 
「もう、初音も広ちゃんも勉強が好きでなくてね、北翔実業だったのよ。最近でも誘拐事件起してるでしょ。あの学校で生き残るには仕方なかったのよ」
「よういうわ。一年の時に他のスケバン全部叩きのめしてトップ取ってもたやないか」
「鬼の孝太郎にだけは言われたないわ」
 
 お父ちゃんも北翔実業だったんだ。それも鬼の孝太郎って。
 
「オレはそんなに暴れとらへん」
「誰が鬼の孝太郎に手を出すもんか」
 
 お父ちゃんは入学式の日に北翔の総番長を病院送りにしたっていうからどんだけ、
 
「それもよ。相手はヤーさんの組長の息子じゃない。お礼参りまであったのに」
「あれか。熨斗つけて返しといた」
 
 お礼参りの本職を叩きのめした上に、組事務所に乗り込んで、組ごと叩き潰したってホンマかいな。
 
「そう言うけど、広次郎が結婚相手に銀狐を連れてきた時にはションベンちびりそうやった」
「それはこっちのセリフよ。鬼の孝太郎に挨拶に行くのは生きた心地がしなかったもの」
 
 どれだけ!
 
「広次郎叔父ちゃんは」
「オレは静かなもんや。もっとも鬼の孝太郎の弟ってだけで、目を付けられたのは往生した」
「良く言うよ。喧嘩を吹っかけて回ったのは広ちゃんでしょ」
 
 広次郎叔父ちゃんが不良は嫌いだったのはホントみたいだけど、不良が存在するのも許せなかったみたい。不良じゃないから徒党を組まなかったからはぐれ狼か。それにしても、銀狐とはぐれ狼にどんなロマンスが。
 
「それはね・・・」
 
 初音叔母ちゃんはスケバンというかレディースだったけど、対立するグループとの抗争があったんだって。あれこれあったそうだけど、タイマンで決着を付ける話になったそうだけど。
 
「ああいうタイマンはまともに行われる事はないのよ」
 
 呼び出しといて袋叩きにするのが常套戦術だって。殺伐としてるな。だから初音叔母ちゃんも部下を引き連れていったのだけど、
 
「アイツら暴走族の連中を味方にしてやがったんだ」
 
 スケバンとかレディースといってもしょせんは女。力では男に敵わない部分が多いんだって。初音叔母ちゃんのグループも頑張ったけど、段々と打ちのめされて行ったみたい。
 
「そこに広ちゃんが乗り込んで来てくれたのよ」
 
 ひゃぁ、格好イイ。初音叔母ちゃんの絶体絶命の窮地に現れたスーパーヒーローみたいじゃない。そしたらお父ちゃんと広次郎叔父ちゃんが顔を見合わせて、
 
「格好としてはそうやねんけど」
「要らんかった気がする」
 
 どういうこと。
 
「廃工場の中やってんけど、入ったら背筋が凍りつきそうやったわ。そこらじゅうに、手足やアバラをへし折られた奴が呻いとるし、地面なんか血の海やったわ」
「そうは言うけどピンチやってんよ。木刀も折れちゃうし、チェーンだって奪われちゃって」
「あれがピンチねぇ・・・」
「ピンチだったの!」
 
 聞くと、広次郎次ちゃんが乗り込んだ時に立ってたのは暴走族のヘッドだけだったみたい。
 
「まだ立ってるのが不思議なぐらいやった。初音の手元がピカッと光る度に、暴やんのヘッドのどこかがピシッと切られて血が噴き出すんよ」
「銀狐の血化粧やな」
 
 初音叔母ちゃんの本当の得意技はカミソリで良さそう。
 
「ああいうのを一寸刻み、五分刻みいうんやろな」
「でも、あの時は最後の一枚だったから感謝してるのよ」
「ああ、殺されんかった暴走族のヘッドはそう思てるかもしれん」
 
 それにしても、そこまでの乱闘騒ぎを起こしたら退学になるのじゃ、
 
「それは心配あらへん。ああいう連中の抗争は警察沙汰にせえへんのが掟や」
「死人が出たらさすがに警察がウルサイけど、病院送りぐらいやったら、それで終りや」
 
 エゲツナイ世界で、初音叔母ちゃんに半殺しにされた連中は泣き寝入りだってさ。下手に警察にチクったらマジで殺されるって言うんだもの。
 
「それとやけど傷害どころか殺人で実刑喰らって少年院に放り込まれても退学なんかあらへんかった。あそこは生きてさえいれば必ず卒業できるのがウリやってんよ」
「そうよね。それが、たかが誘拐事件で退学者が出るなんて時代も変わったね」
「ホンマや。堅苦しい学校になってもたもんや」
 
 つうか、そんな学校があった方が信じらないよ。
 
「初音はあの時の広ちゃんに惚れちゃったのよ」
 
 そしたら広次郎叔父ちゃんとお父ちゃんは複雑そうな顔をして、
 
「広次郎、断れへんよな」
「そうや、断ろうものなら血化粧待ってるし」
「鬼の孝太郎に言われたないわ」
 
 あのねぇ。でも、なにか引っかかる。広次郎叔父ちゃんは誰とも徒党を組まないはぐれ狼のはず。どうして初音叔母ちゃんのタイマンに。そこにお母ちゃんまで加わって来て、
 
「それはね、広次郎さんが初音さんを好きだったからよ。あの日のタイマンに暴走族の連中がからんでいると知って、血相変えて駆けつけたのよ」
 
 だからレディースである初音叔母ちゃんには喧嘩売らなかったのか、
 
「ちゃうで、オレは女には手を挙げん」
「またぁ、初音のグループ以外は叩き潰してたじゃないの。いつ来るかと思ってヒヤヒヤしてたんだから」
「誰が銀狐に喧嘩売るか! オレかって命は惜しい」
 
 その後はどうなったかって、
 
「北翔史上でも稀に見る平和な時代になったそうよ」
 
 初音叔母ちゃんはグループを解散して広次郎叔父ちゃんとカップルになったんだけど、この二人が組んでしまうと、校内では無敵の存在になったんだって。その上で、ちょっとでも不良っぽく振舞おうものなら、広次郎叔父ちゃんの制裁が容赦なく降り注ぐものだから平和になったって・・・どんだけ。
 
「大げさよ」
「そうや、そうや」
「そない言うけど、未だに北翔のはぐれ狼と銀狐の名は轟いてるやんか」
 
 まさか、あの駅の時に、
 
「もう・・・」
 
 あの時に襲ってきた胡散臭い連中のリーダーみたいなのが、初音叔母ちゃんの顔見知りだったんだって。
 
「まったく、イイ歳してと思ったよ」
 
 えっと、えっと、トンデモない顔見知りだけど、
 
「だから平和だったよ。三人ぐらい叩きのめしたら気が付いてくれて、ついでにエミちゃんのお父ちゃんが鬼の孝太郎だって釘刺したら、とんで帰ってくれたし」
「カミソリ使ったの」
「木刀で済んだよ」
 
 あんなに優しそうな初音叔母ちゃんが昔はレディースやってたとはね。
 
「だからあの学校で生き抜くために仕方なくだったのよ。卒業したから、元のお淑やかな初音に戻ってるでしょ。今回はエミちゃんのために仕方なしだし」

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