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ミサトの不思議な冒険(第34話)今度こそ日常へ

 事件が片付いて家に帰ったら、親父もお母ちゃんも急転直下の成り行きに驚くと言うより、茫然としてた感じ。
 
「ミサト、なにがあったんだ」
「詳しくは言えないけど、月夜野社長が動いてくれたら・・・」
 
 親父もお袋もお礼に行くって言ったけど、コトリさんは、
 
「お礼やったらミサトさんにしてもらっただけで十分や」
 
 親父やお袋程度が行っても会うのも難しいから納得してもらった。まあ、手紙は書いてたみたいだけど。

 親父は張り切って尾崎自動車の再建に取り組んでた。火災保険も入ってたのだけど、これがひい爺さんの時に入っていた代物。爺さんも親父もお母ちゃんも内容に無頓着で、入っていたこと自体を忘れたって言うのよね。これも手に入ったから再建資金は十分てところかな。

 
 麻吹先生と新田先生のところにもお礼に行ったよ。そりゃ、喜んでくれた。そしてね、
 
「カメラもレンズも焼けたのは残念だったな。また買うだろうが、当座はこれを使え」
 
 見たら相当使い込まれたカメラだったけど、
 
「少し古いが十分使える。整備もちゃんとしてある」
 
 助かった。さすがに親父にもお母ちゃんにも言い出しにくかったから。でもカメラを見てみると、どこかで見おぼえが、
 
「これって」
 
 カメラに『Tsubasa』って刻まれてるのだよ。
 
「だいぶ使い込んでたから新調したのさ」
 
 カメラは誰もが憧れるロッコール・ワン・プロだよ。
 
「カメラマンにとってカメラは消耗品だ。仕事中にトラブルが起ると貴重なシャッター・チャンスを逃すことがある。だからガタが来る前に買い替えるのは常識だ」
 
 また涙が・・・麻吹先生がこのカメラをどれだけ大切にされていたかを良く知ってるんだ。麻吹先生は及川電機のイメージ・センサーの開発にも協力していて、センサーが完成してロッコール・ワン・プロが出来た時にお礼代わりにプレゼントされてるんだよ。

 それ以来、いかなる仕事もこのカメラで撮り続けている。ハワイの時もそうだった。麻吹先生の撮影スタイルはパワフルでエネルギッシュだけど、カメラは本当に丁寧に丁寧に扱っていたのは良く知ってるもの。
 
「カメラマンがカメラを丁寧に扱うのは当たり前だ。カメラはお古で悪いが、このカメラが真価を発揮するにはロッコールのレンズが必要だ」
「ですからマドカとツバサ先生からこれを贈ります。尾崎自動車の復活記念として受け取ってくれたら嬉しいわ」
 
 こ、これは、ロッコールのR60のフル・セット。ロッコールのレンズの最高峰はR100と言って加納志織モデルの名が有名だけど、R60は普及版。でもだよ、性能はR100にも迫るって名玉。お値段だって普及版でこんなにするかっていうぐらい高い。もっともR100になると家が建つってビックら価格だけど。
 
「こんなものを受け取れません」
 
 麻吹先生は宥めるように、
 
「受け取ってくれ。わたしもマドカも尾崎の活躍を期待している。尾崎の写真のためなら安いものだ」
「そうですよ。ツバサ先生は、カメラは新品にしてレンズも加納志織モデルにするってどれだけ頑張られたか。それではかえって受け取ってもらえないと説得するのは大変でした。あなたは弟子同然の教え子。師匠としてこれぐらいするのは当然です。遠慮は師匠として許しません」
 
 ありがたく、もらうことにした。本音では飛び上がるぐらい嬉しいし、感動してるもの。
 
「それとだ尾崎、困ったことがあれば必ず相談に来い。あんな水臭いことをされるのは二度と御免だからな」
「そうですよ。マドカも無視されたのは悲しかったですもの」
 
 ダメ、もう涙が止まらない。
 
「こんなことで泣くな」
「また平常心のトレーニングが必要になりますよ」
 
 そんなこと言われたって、
 
「ありがとうございます・・・」
 
 もう涙でボロボロになっちゃった。麻吹先生たちには敵わないと心底思ったよ。弟子のためならなんでもするのを改めて思い知らされた。

 
 大学にも久しぶりに。そして喫茶北斗星へ。みんな喜んでくれた。それとミサトのカメラを見てビックリしてた。
 
「ロッコール・ワン・プロってだけでも羨ましいけど、あの麻吹先生愛用のカメラだぞ」
「こんなものいくらカネを積んでも手に入れられるものじゃないよ」
 
 ケイコ先輩が詳しかったんだけど、空前の写真ブームの影響で有名写真家の使用したカメラとかレンズには骨董価値というか、ファンによるプレミアが付くんだって。ところが麻吹先生はそういうのがお嫌いで一切出さないそうなんだ。
 
「麻吹先生だけでなくオフィス加納のプロはすべてそうよ」
 
 そのためか麻吹先生のレンズキャップ一つに何万円もの値段が付いたこともあるんだって、
 
「ある弟子が盗んだって話だけど、ニセモノ説もあるぐらい。それに較べたらこのカメラは正真正銘の本物だよ」
 
 さらにって話もあって、オフィスのプロは本当にカメラを大切にするみたい。定期的にオーバーホールを丹念に行って、そう簡単にはカメラを買い替えないのも有名みたい。
 
「他のプロならまさに消耗品で、二~三年どころか毎年買い替える人もいるぐらいだけど、オフィス加納のプロなら十年ぐらいは当たり前だって」
 
 ミサトのもらったカメラも二十年ぐらいになってるはず。それでもって、もらったカメラとレンズだけど使ってみて仰天した。ファインダーからの見え方が今までのカメラとまったく違うのよ。

 どう言えば良いのかな。ファインダーを覗いてる感じじゃなく、自分の目で見てる感じ。それでね、それがそのまま画像になっちゃうんだ。もっとも、かなりどころでなくクセが強くて、お世辞にも使いやすいとは言えなくところはあるのよね。
 
「尾崎さん、これって使いにくくない?」
「これがプロ仕様かもしれないが、難しいよねぇ」
「オレの腕じゃ、使いこなせそうにあらへんわ」
 
 でもミサトにはピッタリ。まるでミサトが撮りたいものを撮るためにあるようなカメラ。今度こそミサトも日常に戻れるよね。

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