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魔王襲来(第24話)緊張の日々

 佐竹次長がマルコに依頼したのは発信機の装飾品への組み込みです。マルコが選んだのはペンダント・トップ。そこに発信機を組み込んだものを作り上げました。さらに、

「それとは別に、こっちの発信機も持っていて欲しい」
「二つもですか」
「ちょっとした保険で、こっちの方はすぐに見つけるだろうから、そうなればペンダントの発信機が見逃される公算が高くなる」

 発信機が示す位置はスマホ画面に投影されるようになっており、テストしてみましたが、まずまずの精度です。

「そうそう大きい方の発信機には非常ボタンも組み込んでもらってる。要するに『誘拐された』のサインがボクに送られることになる」
「押す余裕もなかったら」
「それも一応対策はしてある。敵は見つけたら壊すだろうから、壊された時点でもSOSが発信するようになっている。もっとも、これは実際に壊されてみないと作動するかどうかはわからないけど」

 それと佐竹次長はまずコトリ部長が平和的に勧誘する可能性が高いと見てはいますが、

「もう一つ、可能性があるんだ。前に言った小島本部長が偽カエサルに気づいたケースのバリエーションだけど、そのまま小島本部長を監禁したままマルコ氏や香坂君、シノブの誘拐を行う可能性もある。だから小島本部長が欠勤された時は要注意と思ってくれ」

 まさに、ひぇぇぇで、まずコトリ部長の勧誘を断るまでは誘拐の可能性はないと思っていたのに、いきなり誘拐される可能性も出てきました。それも、もしコトリ部長が監禁されて欠勤されたら、その日にもあり得るって。理屈では理解しても、どうにも落ち着かない気分です。

 マルコの方は異様に気合が入っています。発信機入りのペンダント・トップの作成は普段のマルコならどんなに早くても一個作るのに一週間ぐらいはかかるのに、三日で全部作り上げてしまいました。もっとも、

「わざとヘタクソに作っておいた。本気で作ると発信機じゃなくても奪われる可能性があるからね」

 ミサキから見ればヘタクソに作ってこのレベルかと思うのですが、それは言わない事にしました。シノブ部長なんて喜んじゃって、

「嬉しい。だって、だって、コトリ先輩も、ミサキちゃんもマルコさんの作品持ってるじゃないの。私も欲しかったんだぁ」

 たしかにね。マルコの作品はシノブ部長の給与でも到底手が届く値段ではありません。というか社長でも無理です。ピアス一つに下手すりゃ一千万なんて値が付きかねないからです。というか、とにかく寡作ですから、マルコの作品が売りに出ただけで世界の富豪が群がる感じと言えば良いでしょうか。

 そのマルコの気合ですが、ちょっと空回りしている部分もあります。ミサキを守りたい気持ちはわかるのですが、格闘技の道場に通い始めました。指でも怪我したら大変な事になると止めたのですが、

「ボクが守らなくて、誰がミサキを守るんだ」

 いや、誘拐ターゲットの第一目標はミサキじゃなくマルコなんですけど。どうせすぐに音を上げると高を括っていたのですが、妙に熱中しています。これも家で覚えたての形を復習するもんですから、毎晩付き合うのに往生します。ちゃんと褒めてあげないとすねるもので、そりゃ大変。

 ただ一つだけ副産物が。あの怪しすぎる日本語が少しづつマシになっています。これも道場が続かない理由に考えていたものです。そりゃ、道場にイタリア語なんて話せる人がいるとは思えないからです。まさか格闘技を覚えるためにマルコの日本語能力が向上するとは世の中わからないものです。
そんなマルコがエライ興奮して道場から帰ってきました。マルコが言うには

「格闘技の神を見た」

 大げさ過ぎるのはマルコの特徴ですが、その日に見慣れぬ練習生が訪れたそうです。古い門人らしく館長とも親しげに話していたそうですが、

「ミサ~キ、その神はボクと同じ白帯なんだ」

 あれっ、そういう道場って有段者が黒帯で、初心者が白帯のはずです。マルコが白帯なのは当然として、どうして格闘技の神が白帯なのか意味がわからないところです。

「じゃあ、弱いの」
「違うよ、格闘技の神だと言ったじゃないか」

 マルコが言うには、その神は道場の片隅で形稽古していたそうですが、

「ボクにはすぐわかった。あれはまさしくアートだ」

 だから神なのか。でも、白帯だし、マルコだって初心者だから、本当にアートかどうか怪しいものだと思っていましたが、

「その神は練習試合を一回だけやってくれたんだ」
「マルコと?」
「いや師範代とだ」
「どっちが勝ったの」

 マルコが言うには試合にすらならなかったそうで、師範代は組み合ったと思ったら宙を舞って投げ飛ばされたのだそうです。マルコはもうビックリして茫然としてしまったそうですが、その神と話をしたそうです。そうしたら妙にウマが合って友達になったみたいです。しっかし、ちょっとはマシになったとはいえ、あの怪しすぎる日本語のマルコとよく話が続いたものです。

「それでねミサキ、よくよく見れば知ってる人だったんだ」
「誰なの」
「前にコト~リがマンションの前で倒れた時に救急車で病院まで一緒に行ってくれた人」

 えっ、それって山本先生じゃないですか。そう言えばあの首座の女神との対決の前にコトリ部長は山本先生の事を、

『格闘技やらしてもムチャクチャ強いんだけど』

 そんなに強いんだ。そこでマルコは、

「一度、家に遊びにおいでって誘われたんだ。ミサキも知ってるんだろ。一緒に行こう」

 ちょっと待った、ちょっと待った。別にマルコと一緒に山本先生と加納さんに会うだけならまだしも、そうなるとセットで首座の女神と会うことになります。今回ならお出ましにならないと思いますが、どうにもあの家に行くのは敷居が高すぎます。マルコにそういう事情を話したら、

「では絶対に行くべきだ」
「でもぉ」
「その首座の女神に今の状況を聞いてもらおう」

 そんなもの無理だと言ったら、

「首座の女神もイタリア語がわかるだろう」
「たぶん、ミサキやコトリ部長と同じぐらい」
「その、えっと、ドクター・ヤマモトと奥さんはイタリア語はわからないだろう」
「たぶん」
「じゃあ、イタリア語で話せば良い」

 ミサキは渋りまくりましたが、マルコの考えも一理あるのは確かです。ユッキーさんに今の事情を知っていてもらって悪いことはありません。結局のところ押し切られてまたあのマンションに到着です。気の重いミサキでしたが、マルコの方はウキウキ気分です。

「ミサ~キ、山本先生の奥さんってどんな人」
「フォトグラファーの加納志織さんで、マルコの腰が抜けるぐらい綺麗な人よ」
「ミサ~キよりかい」
「見ればわかるわ。マルコがミサキより加納さんの方が綺麗だと言っても、怒れないぐらい」

 玄関に着くと加納さんのお出迎え。マルコの顔を見ると目が点になっていました。

「ミサ~キ、あれは本当に人なのか・・・」

 マルコの気持ちはミサキにもよくわかります。今日は申し訳ないと思ったのですが、夕食を御馳走になっています。シノブ部長の料理も絶品だったのですが、こちらも負けず劣らずです。

「加納さんは料理もお上手ですねぇ」
「あらやだ、私じゃなくてカズ君が作ったのよ。私は出してるだけ」

 山本先生は料理もお上手なんだ。マルコは格闘技の話を山本先生と熱中されています。まあ、どうやったら早く上達するかを聞いてるだけですが、山本先生はある意味、非常に難解なマルコの日本語相手にあれこれ説明してくれています。夜だからお酒も入ったのですが、次々と酒の肴が出てきます。これがまた美味しくてお酒が進むのですが、

「これも山本先生が作られたのですか?」
「これは私よ。お口に合えば良いのですが」

 聞くと加納さんもお料理教室をやってた時期があるぐらい料理はお上手みたいです。まあ、マルコの料理は・・・下手だからなぁ。分担して作ってくれるって言うのは有難いんだけど、あれだけ料理の才能がない人も珍しいぐらい。どう頑張ったら、あれだけ不味く作れるのかいつも不思議です。

 いつしか夜が更けた頃に山本先生も、加納さんもソファで寝込んでしまわれたのです。このシチュエーションはと思ったら、

「私にも用事があるんじゃない」

 今日は最初からユッキーさんでお出ましです。

「ユッキーさんイタリア語は話せますか」
「コトリ程度だったらね」

 そこでエレギオンに現れた偽カエサルはガラティア王デイオルタスではないかの推測をまず話しました。

「デイオルダス王ねぇ、可能性はあると思うわ。偽カエサルのラテン語は流暢ではあったけど、ネイティブらしくないところもあったから」

 それと偽カエサルとアッバス財閥の関係を話すと、

「なかなか良く見てると思うわ」

 そこから誘拐への懸念を話しました。

「デイオルダス王ならやりかねないと思うわ。人物としては小物だけど、保身感覚は抜群だったからね。エレギオンを潰した罪も、自分の再建した軍団を先手を打ってカエサルに差し出すことによって巧妙に取り繕ったとも見れるし」

 コトリ部長が見抜いてくれるかどうかですが、

「ここまで来れば五分五分かも。私はコトリを信じてるけど、二千年の恋の重さは私の予想以上かもしれない。ゴメンなさいね、私が手伝ってあげられなくて。もし、無事に済めばコトリに来るように伝言しといて」

 そう言って消えられました。後は山本先生と加納さんを起して、長居したことをお詫びして帰宅しました。

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