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シノブの恋(第28話)決戦へ

 北六甲クラブの一角に障害コースが設定され練習開始。
 
「やはり大障害ですよね」
「いや、甲陵の会長杯はグランプリ仕様や」
 
 オクサー障害は二メートルにもなり、高さも一七〇センチになることもあるとか。プライベートの大会にしたら高すぎるのだけど、それぐらい甲陵のレベルは高いってこと。よくそんなところに勝てたって実感してる。

 テンペートの方の仕上がりは順調のようで、さすがは小林社長です。そりゃ、もう、つききりみたいに世話してるものね。
 
「大会の時には一〇〇%、いや一二〇%に仕上げとくで」
 
 それにしても軽く飛べるのよね。野路菊クラブの貸与馬も良かったけど、はっきり言ってモノが違う。ただし神崎愛梨は強敵。出場してる大会のビデオを見たけど、まさに華麗。まるで蝶が舞うように障害をクリアしてる。
 
「コトリ先輩、さすがは世界レベルですね」
「馬もエエけど、腕もたいしたもんや」
「コトリ先輩なら勝てますか?」
「どやろ」
 
 ここでニヤッと笑われて、
 
「シノブちゃんが昔の勘をもう少し取り戻したら勝てるで」
「そんなに乗れたのですか」
「もちろんや。何年乗ってたと思てるねん」
 
 そうなんだよな。アングマール戦が始まったのが紀元前一五〇〇年ぐらい。そこからシチリア移住までだから、およそ一五〇〇年。たかだか二十年ぐらいの人とは経験の桁が違うはずだけど、
 
「シノブちゃんが走らせると、それこそ疾風の様なものやったんよ。まあ、実戦ではスピードが重要やったしな」
 
 騎馬隊の攻撃力は強いのだけど、防御力はさほどじゃなかったんだって。当時の飛び道具は弓矢になるけど、これを防ぐために重装歩兵みたいな鎧兜を装着させて楯まで持たせたら、
 
「重すぎて走れんようになるやろ」
 
 この辺はエレギオンの馬が比較的小型だったのもありそう。だから革の鎧程度にしてたそうなんだけど、それじゃあ、矢が貫いちゃうんだよね。そのために、騎馬隊が現れると、とにかく弓隊の集中攻撃が浴びせられたそうなの。

 だから正面突撃となると、敵の攻撃を受ける時間を少しでも短くするために、どれだけ馬を早く走らせるかは重要だったでイイみたい。同時にそれだけの速度で敵陣に突っ込むのも戦術として効果的だったぐらいかな。
 
「障害馬術は?」
 
 コトリ先輩は笑いながら話してくれたけど、騎馬隊の用兵には正面からの突撃もあるんだけど、より有効な方法として奇襲があるんだって。
 
「ポピュラーなんは迂回攻撃や」
 
 騎馬隊の機動力を活かした長距離迂回攻撃だそうだけど、
 
「陰険なクソエロ魔王の野郎は読みやがるんよ」
 
 奇襲は嵌ると絶大な効果があるけど、読まれて対策されてしまうと大損害を蒙るのよね。そこで騎馬隊の迂回路にも工夫と努力が求められたぐらいかな。
 
「簡単に言うと、敵が通れんと思うところを通る事や」
 
 そのために岩を飛び越え、崖を登り下り、池や川を渡るのが必要になったんだって。そのための訓練の一つが今なら障害馬術に近い感じ。
 
「馬場でやる障害と言うより、クロスカントリーの方がイメージとして近いわ。前にシノブちゃんが通った、北六甲クラブのアドベンチャー・コースみたいなもんや」
 
 なるほど、ああいうところを完全武装で通り抜けるのが騎馬隊の奇襲に求められたんだ。ここで気になるのは、
 
「シノブの実戦経験は」
「エレギオン包囲戦では頑張ってもうたけど、ハムノン高原に戦場が移ってからのシノブちゃんのポジションは軍事教練やってん。そういう馬術を騎兵隊に教える仕事。でも今の障害飛越ぐらいやったら、余裕のはずや」
 
 シノブは首座や三座の女神と共に後方支援がメインだったみたい。
 
「前線には」
「何度かあるよ」
 
 さてだけど甲陵会長杯は変則の方式で行われるみたい。倶楽部内で先に予備予選があって、そこの上位十六名と特別招待選手四名を加えて行われるのが本選なんだけど、まず全員が走って上位八名に絞られるのが一回戦。

 そこからは八名によるトーナメント方式になるから、優勝するには四回走る必要があるのよね。
 
「昔は全部トーナメント制でやってた時期もあったみたいや」
「一日で」
「いや、かつては三日ぐらいやったと聞いたことがある」
 
 そこまでトーナメント方式にこだわった理由ですが、
 
「聞いたところでは、タイマンで勝つのを重視していたらしいで」
「決闘みたいなものですか」
「そんな空気があったらしい。そやからデュエロとも呼んでるらしい」
 
 とにかく甘くなさそう。

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