恵梨香の幸せ(第18話)披露宴
隆行と言うか浜崎の家がやろうとしているのが披露宴。正式の披露宴じゃないけど、親族に婿である康太を紹介する宴会って感じかな。結婚前に両家の親族が顔合わせでお食事会の拡大豪華版としても良いかもしれない。
これをお稲荷さんの祭りの日にぶつけるプランなんだよ。会場は浜崎の実家で親戚と御近所さんを集めてするのが基本計画。要はしょぼくれた神事しか出来ない〆平のお稲荷さんの祭りへの当てつけ。
だから準備は鳴り物入りぐらいの勢いで行われてるらしい。招待状は〆平の家を除く守旧派にも送られたのだけど、
「どういう意味?」
「踏み絵だよ」
守旧派も内実は様々で、爺さん、婆さんはゴチゴチのが多いけど、息子世代や孫世代になると反感を持ってるところも多いのよね。それの切り崩しを狙ってるぐらいかな。それだけの規模の宴会になると予算もかかるけど、
「披露宴風にしてるのがミソだよ」
お稲荷さんの花代をお祝儀としてアテにしてるらしい。さらに、
「神保さんにも悪いけど」
「そういうことか」
要は結納金代わりに援助してくれらしい。康太に話したら快諾してくれた。浜崎の実家は立派とは言えないけど、農家だから広いのよね。古い家の作りって部屋を障子で仕切ってあるだけだから、外せば広間になるのよね。
庭も農作業に使うから広くて、座敷に上がれない人のためにテントを張って、テーブルと椅子を置くらしい。
「来るかな」
「来なけりゃ、終わりだよ」
自分のところの祭りを蔑ろにされて、なおかつその宴会の主旨が恵梨香の再婚相手の紹介だものね。黙って指をくわえて見てたら、祭りへの不参加も、恵梨香の再婚も黙認した事になっちゃうのよね。祭りは〆平の権威の象徴みたいなものだし、恵梨香は今の苦境を切り抜ける最後の切り札みたいなもの。勝手に切り札にされてるのが迷惑だけど。
準備が整って康太と恵梨香の故郷に。ホントに久しぶりで、〆平との離婚騒動で逃げ出して以来だもの。さすがに懐かしくて、ちょっとウルっときちゃった。康太も興味深そうに、
「ここが恵梨香の生まれ育ったところか」
実家に到着したのは宴会の前日。定番の、
「恵梨香さんとの結婚をお許し下さい」
こんな感じで康太は頭を下げたんだけど。親父は、
「こちらこそ、娘をお願いします」
もう恵梨香が再婚するなんて無いと思ってたから、涙を流して喜んでくれた。お母ちゃんも泣いてたよ。翌日の宴会の準備に近所の奥さん連中が勢ぞろいって感じで詰めかけてたのだけど、やはり興味は恵梨香のお婿さん。
これも田舎だからそうなるのだけど、明日の宴会では近所の奥さん連中は裏方になるから、康太に直接話を聞くなら今日になるのよね。康太も愛想よく話してた。
「お仕事は?」
「神戸で自営業やらせて頂いてます」
「恵梨香さんのお仕事はどうするの?」
「結婚後も働いてもらいます」
こんな感じ。翌日も朝早くから宴会の準備のために近所の奥さんたちも詰めかけていたのだけど、そこに団体さんでやって来やがった。庭から怒鳴り上げる感じで、
「恵梨香は〆平の嫁だ。結婚など許されるか!」
「恵梨香を誑かした馬の骨はどいつだ」
「余所者は引っ込んどれ」
そりゃ口々に大声で罵ってた。康太は縁側に出てきて、
「初めまして。神戸で開業医をしている神保康太です。以後、お見知り置きを」
これで終わった。〆平の連中は、
「お、お医者様だって・・・」
尻尾を巻いて帰って行ってくれた。この辺に説明がいるのだけど、医者は都会でもそれなりに敬意を払われる職業だけど、恵梨香の故郷では異常なぐらい尊敬されるのよね。恵梨香の親父なんか、
「相手はお医者様って本当なのか?」
十回ぐらい念を押されたぐらい。お母ちゃんなんて腰抜かしてしばらく立てなかったらしい。なんでそこまで医者が尊敬されるのかだけど、尊敬というより祟られないようにしてるぐらいが真相と言うか、キッカケらしいのは聞いたことがある。
なんでも大正の頃に伝染病が流行してバタバタと死人が出た時に村人が三拝九拝の末に医者が来てくれたそうなんだ。その医者はそれこそ身命を投げうって治療にあたったそう。康太に聞いたら、
「スペイン風邪じゃないか」
康太に言わせると、当時じゃ有効な治療法なんてなく自然治癒を待つだけのはずだとしてるけど、そこまで当時の人間にわかるはずがないものね。今だって怪しいところもあるぐらいだし。
それはともかく当時の医療は自費診療。健康保険なんて無い時代だから、カネがないと受診も治療も出来ないのよね。だけどその医者は私財を投げうってまで治療にあたったんだって。
その医者はカネの有る無しに関係なく診療したそうで村人には感謝されたんだけど、カネのある有力者の反感を買う事になったそうなんだ。要はカネを払える自分たちを優先しろの要求ぐらい。
有効な治療法がある時代じゃないから、医者がどんなに頑張っても死者が出るけど、結果的に後回しにした有力者の家族が死んだそう。これに怒った有力者がその医者を村から叩きだしちゃったんだよ。
これも康太に言わせると偶然だとしてたけど、医者がいなくなった後に医者追い出しに加担した有力者の人間が次々に亡くなったそう。先頭に立った家なんて死滅したって話になってるんだ。
田舎だから医者を追い出した祟りと信じられて祠まで立てられ、これは今でも八幡さんの境内に残ってるぐらい。さらに言えば、それ以来、村に医者が居着くことがなくなり、その医者を追い出してしまった事をずっと後悔したんだって。この辺も康太に言わせると、
「今も医者は足りないって言われてるけど、昔は格段に少なかったから、その時に医者が来ただけでも驚くけど」
歳月が経って祟りと後悔が一体化して変質し、なぜか医者への異常な尊敬というか畏敬になったぐらいで良さそう。これだって世代で温度差があるのだけど、とくに古い考えの人ほど強いのが今回の作戦のミソなんだ。そう、守旧派の連中のほうが医者への尊敬がより強いってこと。
康太が医者だって鳴り物入りで帰る手もあったけど、隆行たちと相談して小細工を施したんだ。まず、康太が医者であるのを知っているのは親父とお母ちゃんと隆行だけにした。その状態でクルマで帰ったのだけど、例の赤いアルト。服も康太の定番のデニムの上から下まで青。
親父への結婚申し込みもその格好でしてもらい、さらに近所の奥さん連中の時も同様。近所の奥さん連中と康太を話をさせたのもポイントで、これで〆平の家まで康太が何を話したかまで筒抜けになるのが田舎だよ。
軽自動車でやってきて、服だって大したことがない。自営業の上に恵梨香も働くと聞いて、康太を格下の人間であると思い込んでくれた。庭に回らせたのもポイントで、玄関の前にはわざと荷物を積んでおいたんだ。
後は〆平の連中が康太の悪口を言うのは確実だから、言うだけ言わしといて、縁側から庭を見下ろすような位置関係で康太の職業を聞いてもらう作戦。水戸黄門風だけど、恵梨香の田舎では効果抜群なのよね。
『お医者様を頭ごなしに侮辱した』
『失礼にも程がある』
そりゃ、あれだけの人数の前でやらかしたから、あっという間に悪評が村中に走りまくることになる。この辺は話にすぐに尾鰭が付いて、
『お医者様の嫁を奪い取ろうとした不届き者』
『村の恥さらし』
宴会は披露宴に限りなく近いスタイルになって大変だったよ。康太は紋付き袴で恵梨香なんか白無垢着せられて、金屏風の前の高砂席みたいなところに座らされたものね。座敷は親戚連中が座ったんだけど、誰もが康太が医者だと知ってコチコチ。
浜崎の家ってお世辞にも上品じゃなくて、この手の宴会となると飲めや歌えの乱痴気騒ぎになるのだけど、みんな借りてきた猫みたいに大人しくて笑ってた。康太は、
「浜崎の家ってこんなに静かなの」
「まあ、今日はね」
とりあえず誤魔化しといた。庭は親族以外のお客さん用だったけど、次々に押し寄せてきて大変だった。招待状の返事は保留のところが多かったのだけど、恵梨香の結婚相手が医者と分かり〆平の連中が恥かいて帰ったと聞いて、
『こりゃ、挨拶だけはしておかないと』
お祝儀持って押し寄せて来たってこと。康太も恵梨香もずっと挨拶のし通しで参ったけけど、みんなに祝福してくれて嬉しかったのも本音。幼馴染にも再会できて嬉しかったし。康太には少しウソを吐いて協力してもらったんだ。恵梨香は再婚だから、初婚の相手が再婚の時に文句を言いに来る風習があると言っておいたんだ。
「それって、うわなり討ちみたいなもの?」
うわなり討ちってなんだと聞いたら、うわなりとは『後妻』のことで、先妻を離縁して後妻を迎えた時に、先妻が台所を襲う風習だってさ。先妻は台所のすべてを叩き潰そうとするし、後妻は防ごうとする喧嘩みたいなもので、女だけでやるのが特徴ぐらい。
「最後にボクが医者と言えば本当に終わるの?」
「えっと、えっと、そうなる」
康太はある種の儀式みたいなものと理解してくれたみたいで助かった。だからクルマはともかく服装や、職業をボヤかすのにも協力してくれた。もちろん後で全部話して謝っておいた。康太は、
「そういうことか」
でも最後まで、どうして医者であるで〆平の連中が尻尾を巻いて逃げて帰ったのかは理解できなかったみたい。しょうがないよね、それこそ、そういう風習が恵梨香の田舎ではあるしか言いようがないもの。帰りにアルトにテンコモリの玉ねぎをもらったけど、
「恵梨香、ありがたいけど多すぎないか」
「玉ねぎ料理なら任せといて」
結果として恵梨香は康太の嫁、いやそれ以上にお医者様の嫁として村中から認められ、〆平も文句を言えなくなったぐらいかな。いくら〆平でも医者の妻になった恵梨香に手を出したりすれば、ホントに村八分にされかねないのが恵梨香の故郷なんだ。
語弊はあるかもしれないけど、恵梨香は故郷では活け神様と結婚したようなもので、活け神様の嫁を出した浜崎の家は、神様の親戚みたいな扱いにされるってこと。これも伝承とか伝説に過ぎないと思うけど、大正時代に医者を追い出して以来、村人で医者と結婚したのさえ一人もいないってなってるぐらいだもの。
とにかく、これからは故郷に大手を振って帰れるようになったってことになる。田舎の長い宴会になったのは康太に悪いと思ったけど。
「花嫁姿の恵梨香を見られて幸せだったよ」
恵梨香はどうせならウエディング・ドレスを着たかったけど、あの雰囲気じゃ無理だものね。故郷からの帰りにそんなことを話したら、神戸に帰ってからチャペルでウエディング・ドレスで二人だけの式を挙げてくれた。指輪ももらって、
「やっぱりちゃんとやらないとね」
その夜に、初夜気分で二人で燃え上がったよ。もう何度昇天したか数えきれないぐらいだった。康太の妻になった実感が嬉しくて、嬉しくて。さすがに恵梨香は康太を活け神様とは思わないけど、違った意味で神様かもしれないと思ったもの。
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