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純情ラプソディ(第46話)札幌だ

 伊丹から千歳に、そこからJRでついに札幌。
 
「着いたぞ北海道」
「北海道はもう着いてるよ。ここは札幌」
「ああここは北の大地だ」
 
 完全にお上りさん気分のヒロコたちに梅園先輩は、
 
「浮かれてるんじゃないよ。ムイムイたちは遊びに来てるんじゃなく、カルタをやるために来てるんだ」
 
 さすが。なんだかんだと言っても代表。締めるところは〆る。
 
「早瀬君、雪まつりはどこに行ったら見れるの」
 
 夏に雪まつりがあるわけないでしょうが。
 
「それは知らなかった。でも夜の開会式まで時間があるから、まずホテルに行って荷物を置いて、ちょっと散歩しようよ」
 
 それイイ、それイイ。そしたら達也は、
 
「無理です。ホテルに着いたら衣装合わせとメイクがあります」
 
 ひぇぇぇ、こりゃガチの映画撮影じゃない。札幌グランドホテルは駅から少し南に下ったところだけど途中で、
 
「あのレンガの立派な建物は」
「記念写真撮らないと」
 
 北海道庁って書いてあるけど、今でもあそこなのかな。
 
「これは立派なホテルね」
「なんか圧倒されそう」
 
 ヒロコもこんな立派なホテルに入るのは初めてだけど、部屋に入るなり電話が鳴り、
 
「新緑の間ってどこなの」
「本館の三階みたいだけど」
 
 行くと衝立で仕切った小部屋のようなものがずらっとあり、そこで衣装合わせとメイク。どうもその衣装とメイクで開会式と懇親会に出席するみたい。これがまあ半端な作業じゃなくて、旅行気分が吹っ飛びそうだった。

 出来上がったのがヒロコとカスミンはイブニング・ドレス姿、梅園先輩や雛野先輩に至っては振袖だよ。男連中もビシッとスーツで決まってるけど、
 
「早瀬、歩きにくくないか」
「革靴は苦手だな」
 
 そんなこと言うけどヒロコなんてピンヒールだよ。多分華やかな開会式を演出したいのだろうけど学生の大会だぞ。でもその謎は開会式で分かった気がする。札幌杯は学生の大会だけど、映画では社会人も含めた実力日本一決定戦みたいな設定になってるみたいなんだ。

 それと開会式は、もろ映画の撮影に使われてた。こういう時には大会名の大きな看板みたいなものが飾られるけど、札幌杯じゃなく、
 
『競技カルタ・ジャパン・カップ』
 
 こうなってたもの。恒例の大会会長の挨拶も、札幌杯のものと、俳優さんたちの二本立てだったぐらい。
 
「ムイムイ、衣装は当たりね」
「貧乏学生よりこっちがイイ」
 
 そうなんだよ、社会人と学生の対決の設定で、社会人側は豪華な衣装をしているのに対して、学生側は質素な服装で対比させてるで良さそう。たぶんあっち側で照明が照らされてカメラが回っているのが、主演の桐原萌絵とか浦田俊たちだろうな。ヒロコたちは遠景でのエキストラってやつかな。でも食事はさすがに美味しい。
 
「ヒナ、やっぱり学生の方がイイよ」
「そうね。こんなに苦しくちゃ食べられないよ」
 
 帯でしっかり締められて先輩たちは苦しそう。ガチの着付けだものね。その点はイブニング・ドレスで良かったと思うけど、ピンヒールが怖くて怖くて。そんなところに城ケ崎クイーンが着物姿で、
 
「これはリッチだけど大変な大会ね」
「うん。浮かれて集中力を切らせたら負けだね」
 
 そうだそうだ。これは映画撮影でもあるけど、ビールが懸かったカルタ大会でもあるんだ。負けるものか。
 
「ところで如月さんてホントにE級なの」
「それ以前なんだけどムイムイもビックリした」
 
 そこに赤星名人も現れて、
 
「井形が腰抜かしてましたよ。あんな動きを初めて見たって」
 
 だろうね。ヒロコも直接見た訳じゃないし、大学選手権の後も稽古試合もしてくれなからわからないけど、達也の話じゃ神業じゃないかとしてた。構えの姿勢からいきなり壁に札が突き立つんだって。

 そう手の動きが達也にはまったく見えなかったとしてた。それも見えないってレベルじゃなく、手を動かしているのさえわからないそう。まるで出札が勝手に飛んで行き、それを拾いに行ってるだけに見えたとか。
 
「是非、お手合わせしたいわ」
「ボクもだ」
「それはムイムイに勝ってからよ」
 
 そこに今度は会場の風景を撮影隊が撮り出したんだ。単に撮られるだけのところもあるけど、立ち位置とかの注文もあるようだし、さらに女優や俳優との短いセリフのあるシーンを要求されたりで大変。ふと見るとイブニング姿のカスミンは、
 
「こりゃ、なかなか美味しいよ。ビールも良いけど、ワインもケチってないかな」
 
 まさに貪るように食べてた。
 
「食べなきゃ損よ」
「カスミンはヒールが気にならないの」
 
 颯爽と歩くんだよね。あんなものまで愛児園ではトレーニングされてるのだろうか。そんな時に会場に若い女性が遅れて入って来たのだけど、撮影スタッフがエライ丁寧に挨拶してるな。ビール会社の重役とか。それにしたら若すぎるし美人なんてものじゃない。ひょっとして大物女優とか。一通り挨拶が済んだみたいで、やがてヒロコたちのところに。
 
「コトリ、気を遣わせて悪かったね」
「かまへん、かまへん。どうせやったら、これぐらいはリッチにした方が絵になるで」
「どうせ回収するものね」
「そういうこっちゃ」
 
 あれっ、カスミンの知り合いとか。それにしても親しいどころか、あのタメ口はなんなんだ。
 
「こっちの子か」
「そうだよ」
「エエ子やんか。趣味がよう出てる」
 
 趣味ってなに。
 
「まあどうせやるならね。ところで明日は」
「成田からジャカルタや」
「ご苦労さん」
 
 さすがにこの夜はこれでおしまい。衣装を脱いでメイクを落としてやっと部屋に御帰還。部屋はスタンダード・ファミリー・ルームって言うらしいけど、シングルベッドが四つの四人部屋。
 
「四人部屋とはね、せめてツインかと期待してたのだけど」
「タダだから贅沢言わないの。普通に泊ったら、いくらすることか」
 
 今回の札幌遠征は選手登録八名で女四人、男四人だったからこうなったで良さそう。部屋自体はリッチだけどね。でもさすがに疲れた。
 
「冷蔵庫の中もサービスかな?」
「ムイムイ、それは別料金だって言われたでしょ」
 
 さすがにね、学生だから根こそぎ飲み干しそうだし、
 
「朝食は」
「衣装合わせしながらサンドイッチとコーヒーが出るらしいよ」
「ホテルのリッチなバイキングと思ってたのに」
 
 会話が途切れたと思ったら先輩たちは爆睡してた。カスミンもすやすやと。それにしても予想以上に余計なところで大変な大会だよこれは。

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