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目指せ! 写真甲子園(第30話)招待枠

「マドカ、手間取らせて悪かった。どうだった」
「噂は本当でした」
 
 写真甲子園の決勝大会出場枠は十八なんだが、ここに来て今年はもう二つ増やす噂があるのだよ。それも特別枠を増やすのでなく、完全に別枠で増やすって言うのだよな。だからマドカに聞いてもらったのだ。

 マドカにはもう一人のマドカがいる。この二人の関係は複雑なんてものじゃなく、簡単に説明することなど出来ないが、実の姉妹より仲が良い。このもう一人のマドカの嫁ぎ先がゼノンの小野寺社長の息子。

 ゼノンはカメラ・メーカーでもあるが、写真甲子園が始まった時から後援としてスポンサーになっている。だからこそ決勝大会の旅費から、宿泊費まで丸抱えを可能にしてるとして良い。
 
「どこなんだ」
「海外からの招待になっています」
 
 そっちか。そうなると、
 
「やはりUSPSとMCTSか」
「その通りです」
 
 写真の上達メソドは日本では西川流が圧倒的に強いが、海外では他のメソドもある。代表的なのはロイド・メソドとミュラー・メソド。西川流と合わせて三大メソドと呼ばれる事もある。

 ロイド・メソドは北米中心に広がっており、ミュラー・メソドはヨーロッパで強い。ロイド・メソドの総本山になるのがUS写真学校(US photo school)で、ミュラー・メソドの総本部がミュラー写真技術学校(Müller Camera Technical School)になる。

 写真ブームは日本だけでなく海外でも高まっており、写真スクールの需要は鰻上りとして良い。西川流も写真教室の級位認定試験料・認定料の収入が重視されるようになっていて辰巳も苦労してるわ。
 
「狙いは日本進出か」
「ええ、ゼノンの海外販路の確保も合わせてで良いかと」
 
 ロイドもミュラーも日本での勢力拡大を狙ってる訳か。まあ西川流も海外進出をやってるからお互いさまみたいなものだが、
 
「若年層へのアピールにしたいようです」
「そうだろうな、高校生も西川流が多いから、写真甲子園で勝てば良い宣伝材料になるだろう」
 
 わたしにはどうでも良い話だが、
 
「それでわざわざ来るというか」
「ほぼ間違いなさそうです」
 
 よほど日本市場が魅力的なんだろう。ロイドとミュラー自身が監督として写真甲子園に乗り込んで来るとは驚きだ。
 
「それを言えばツバサ先生もそうなりますが」
「バカ言え、わたしは商売に関係ない」
 
 高校生とはいえ世界三大メソドが対決するとなるとおもしろくなるな。
 
「噂では東京代表がシンエー・スタジオに招かれているとか」
「あははは、辰巳も必死だな。ロイドとミュラーにワン・ツー・フィニッシュなんかされたら西川流の面目丸つぶれだから、それぐらいやるだろう」
 
 でも西川流は不利かもしれん。地の利こそあるものの、写真甲子園に向けて西川流の選抜チームが組めないからだ。それに対してロイドもミュラーも、選り抜きの選手で来るだろうからな。
 
「ツバサ先生は三大メソドの対決と仰りましたが、今回は違うのでは」
「こうなるとは想定外だったが、ワクワクしないか」
「見ようによっては摩耶学園が優勝するのが、一番角が立たないのでは」
「辰巳もそうなって欲しいかもな。ロイドやミュラーが勝つよりマシだからな」
 
 これで審査員の心配はなくなった。写真甲子園でそこまでやるとは思えなかったが、心情的には味方で良いだろう。アイツらもアウェイのハンデがなくなって良かったと思う。
 
「勝てますか?」
「戦うのはアイツらだ。勝てるだけの準備はしてやった」
 
 ここでのポイントは高校生であるのが一つだ。若さは上手く乗れば思いもかけないパワーも産むが、一つリズムが狂うとガタガタになるのもまた若さだ。修正が利きにくいからな。こればっかりは、わたしではどうしようもない。
 
「コミュニケーションのハンデもあるのでは」
「通訳でもめるかもしれんな」
 
 写真甲子園では地元の方々の協力が勝利に不可欠なのだ。もちろん東川町や旭川市にとっても大きなイベントだから協力的ではあるが、言葉の壁はロイドやミュラーにとって不利になるだろう。
 
「来年はされないのですか」
 
 やりたい気分はあるが、さすがにな。あれはアイツらだからやったというか、やれたと思う。オフィスの弟子もそうだが、こっちが本気になるのは向こうがそれ以上に本気の時だ。やる気のない連中まで引っ張るほどヒマじゃない。
 
「それにしても、よくあそこまで伸びましたね」
「あれが若さだろう。あの爆発力は魅力だな」
 
 今回のわたしの目的は、本人が持つ素直な感性を殺さないようにテクを叩きこむこと。上達メソドはカメラ技術の効率的な習得には優れているが、一方で本人の自由な発想を押さえ込んでしまう欠点がある。

 おおよそ思い通りになったはずだが、これはメソドにならんな。あまりにもオーダー・メイド過ぎる。たった三人を教えるのに、わたしとアカネ、さらにマドカまで動員してやっとだからな。

 既存メソドがあの方式になってしまうのが、わかってしまったのは皮肉かもしれん。理想と現実の差とはこんなものかもな。辰巳の苦労がまた一つわかったってところか。見ようによっては、一律のマニュアル方式であれだけの成果を上げているのは褒めないといけないかもな。

 麻吹メソドの写真教室はやる気はないが、今回の指導にも収穫はあった。真に才能のある奴を弟子にして、今回の方式で育て上げてみても面白いかもしれん。
 
「第二のアカネ先生の発見ですね」
「あんな奴は二度と相手にしたくない」
 
 これはわたしのトラウマ。アカネは大成功したが、あまりにも苦労しすぎた。苦労の見返りになるほどの成果であったのは確かだが、あんなのがずらっと並ぶ弟子を想像しただけで寒気がする。指導をやらされる方の身にもなって欲しいわ。
 
「今回のやり方は、あれだけツブの揃った連中に、写真甲子園を目指させる程度には良かった。だがな、それだけじゃプロになれん。アイツらでさえ壁までかなりある」
「仮にあの三人が入門してきたらどうです」
「野川は入門以前だ。あいつはせいぜい写真教室の先生どまりだろう。尾崎もこれからよほど化けないと入門させる気も無い」
「エミさんは?」
 
 不思議な才能だ。まるで『素直なアカネ』を彷彿させるところもある。問題は『素直』な点だ。アカネが壁を通り過ぎられたのは、その鬼のような頑固さで自分の感性に一切の干渉を許さなかったからなのだ。

 写真に限らずだが、子ども時代に驚くべき才能の片鱗を見せる事がある。周囲もそれに期待してあれこれ手を貸すが、殆どは才能の目を枯らすしか出来ないのだ。そう、素直であるというのは指導を受け入れすぎることにも通じるからな。
 
「だから高卒で入門させたいのでは」
「そこまでエミさんの人生を縛りたくない。フォトグラファーは詰まるところ天才の道だ。もし下手して潰したらユッキーやコトリちゃん、シノブちゃんの怒りをどれだけ買うか。大学に行って考えて、自分の意志で選んだ時で十分だ」
 
 ユッキーなんかどれだけ可愛がってる事か。目指して来るなら受け入れるが、引っ張り込む気は毛頭ない。余計な恨みは買いたくないし。
 
「もうすぐ写真甲子園ですね」
「ああ、こればっかりは初体験だ」
「羨ましいですわ」
 
 わたしもマドカも、アカネも、サトルも、タケシもたどり着けなかった写真甲子園。この歳になって夢が叶うとはな。女神の永遠の記憶も良いところはある。
 
「来年はマドカが非常勤顧問をやって写真甲子園を目指すか」
「そうしたい気持ちはありますが、この一年で溜まった仕事を考えると厳しいかと」
「あははは、そうだったな。かなり無理したからな。道楽もほどほどにしないとオフィスが倒産してしまう」

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