ミサトの不思議な冒険(第28話)日常へ
西宮学院の前期試験はなぜか夏休み明けにある。おかげで前期はノンビリできるけど、夏休みの後半は試験対策に追われるぐらいの感じ。その重要な後半にあったのがハワイ。もう試験は綱渡りの一夜漬けの連続。追試を喰らわなかったのが奇跡のよう。
試験ウィークが終わって喫茶北斗星に。久しぶりにメンバー全員が集まってた。みんなにハワイ土産を渡して、ひとしきりハワイの話を。
「凄かったらしいね。こっちでも大きく報道されたよ」
「三大メソドの落日なんて特集まであったで」
ミサトもわかってきたけど、あの勝負はそれぐらい大きかったで良さそう。
「ところで尾崎さん、あの話は本当なの」
「そんな話があったのは本当ですが・・・」
あの団体戦は急遽だったからトロフィーとか、表彰状もなかったのよね。表彰状ぐらいなんとかなりそうなものだけど、主催団体がどこになるかも曖昧ってところかな。そこで麻吹先生が言いだしたのが、
『賞品が無いとツマランだろう』
賞品のための資金がいるけど、実態としては四人によるプライベート・マッチみたいなものだから、四人のポケット・マネーを出し合おうと言いだしたんだよ。そしたらロイド先生が指を一本立てたんだけど麻吹先生は、
『これだけのビッグ・マッチだ』
そう言って指二本を立てたら、残りの三人は、
『それぐらいだろうな』
これで話は終ったんだけど、
「尾崎さん、その指一本って?」
「ミサトも百ドルぐらいと思ってたんだけど・・・」
賞品とは、はっきり言われなかったけど、御褒美とされたハレクラニの宿泊費用一式になるはずだから、
「たぶん一万ドル」
「百万円! だったら全部で八百万円」
「う~ん、麻吹先生以外の六万ドルの気がする」
ハレクラニのプレミアム・スイーツって一泊一万ドルぐらいするらしい。そうなる三泊しただけで三万ドルだよ、三万ドル。帰りのANAのビジネス・クラスだって、パックじゃなくてガチの正規料金だから三人で一万ドルぐらいしたはず。
さらにさらに買ってもらった衣装だけど、それこそ上から下までで、バックやアクセサリーも靴もバッチリ。あれだってミサトも名前しか知らない高級ブランドを、
『それと、それと、それ。ああ、そっちもついでだ。バッグも一つじゃ・・・』
こんな調子でテンコモリ。あれだけでも一万ドルじゃすまないと思うよ。食事だって、ハレクラニのたぶんだけどスペシャル・コースみたいなもの。だって、周りのお客さんと全然違ったもの。全部で六万ドルぐらいしてもおかしくないよ。
普段の麻吹先生の暮らしぶりからすると驚きだけど、よく考えなくてもあの四人は写真界の巨匠だから、ポケット・マネーで百万円単位ぐらい出しても不思議ないもの。それにしても麻吹先生の年収っていくらなんだろう。ハワイの話が一段落したところで加茂先輩が、
「ツバサ杯の後始末が出てたな」
宗像たちの処分が発表されてた。審査員なのに買収に応じたメディア創造学科の学生は厳重注意、主犯の宗像は訓告だって。最低でも宗像は停学ぐらいになると思ってたけど、
「では実質的な処分はなかったのですか」
「いやある」
加茂先輩がいうには厳重注意は、そうだねぇ、職員室とか校長室に呼び出されて怒られたぐらいかな。それで終わったのは買収こそされたものの、審査に実質的に影響しなかった点を考慮されたらしい。それに対して訓告は、
「あれは懲罰規定に則り、公式の懲罰委員会が下したものだから記録にいつまでも残るんだよ」
シンプルには内申に書かれてしまうから、就職の時に不利になるのは確実だってさ。宗像は買収した方だし、さらに写真のすり替えの実行犯だから実刑ってところかな。それでも個人への処分はかなり温情みたいだけど、
「その代り公認写真サークルはバッサリだった」
まずツバサ杯で入賞すらできなかった上にグランプリを取ったのがミサト。弁明しようも無く平公認にまず降格。さらに予備予選の審査員買収事件の責任も問われて、
「未公認さえ認められず非公認になったよ」
そのためにサークル員が次々と辞めて、たぶん無くなったんじゃないかって噂らしい。まあ、非公認なのに公認写真サークルって名乗るわけにはいかないだろうしね。それでも四月に入学してからあれこれあったけど、これで一段落かな。
そりゃテンションが上がるハラハラ・ドキドキ体験の連続が、どんどん盛り上がるのは楽しいと言えば楽しかったけど。こんなものが続きっ放しじゃ体がもたいないよ。ちょっとは落ち着いた時間も欲しいじゃない。
落ち着いたと言えばエミ先輩と野川部長は羨ましかった。大きな声では言えないけど、あれから二年だから別れちゃってるのも期待してたんだ。そうなってたら野川部長を追っかけようと思ってた。
でも今でもラブラブ。ハワイの時にはエミ先輩と一緒の部屋で寝たけど、ミサトがお邪魔虫しているみたいだったもの。そう言えば、
『エミ、こんなところだと素敵だね』
『でもマナブ、とっても払えないよ』
ありゃ、ハネ・ムーンの相談だ。まあ、今の勢いならそうなっても不思議ないか。エミ先輩もあれから二年だけどまた素敵になってたよ。野川部長もそう。やっぱりイイ恋をすると女も綺麗になるけど、男だって変わるんだよきっと。
それは加茂先輩とケイコ先輩を見ててもわかるもの。あの夜に二人は結ばれたはずだけど、夏休みが明けるとケイコ先輩はとっても可愛い女になってる気がしたもの。加茂先輩だって男らしくなってる気がする。
ミサトも写真甲子園の時にジェームズをゲットしたけど、あれはさすがに遠距離恋愛過ぎた。愛は太平洋を越えると意気込んでたけど自然消滅。無理があり過ぎたと思ってる。結局のところ写真甲子園の時に手を握っただけでキスさえ出来なかったんだ。
だからミサトが大学に入った時の本当の目標は素敵な恋人を見つけ出すこと。だからもっと大きなサークルに入りたかったのよね。それが成り行きで小さな小さな北斗星。居心地は悪くないから文句は無いけど、あれも悔しかった。寺田さんとナオミがくっ付いちゃったのよね。
寺田さんだって最初はミサトに気があったと思ってるし、ミサトも悪くないと思ってた。でもね、前期は忙し過ぎた。宗像絡みのツバサ杯問題で加茂先輩達の指導で手いっぱい。あの時に初心者のナオミの指導は寺田さんがやったのだけど、自然に付き切り指導になり、そのまま付き切りになっちゃった。
写真は好きだけど恋もしたい。恋は写真の邪魔にならないし、むしろ成長させるって麻吹先生も言ってるもの。よし、騒動も落ち着いたから今度こそ見つけ出すぞ。ミサトも自分の青春を楽しまなくっちゃ。