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黄昏交差点(第3話)故郷の交差点

 離婚騒動がようやく落ち着いて今日は墓参り。そうそう親父が死んでから五年もしなういちにお袋も死んじまった。孫の顔が見れたから満足してたけど、あれが本物の孫かどうかは神のみぞ知るだよな。

 いつもクルマで来るのだけど、今日は電車にしてみた。この電車も廃線が問題になってると聞いたことがあるんだよな。それもあって久しぶりに乗ってみた。とりあえず相変わらず遅いわ。

 降りた駅は懐かしい。実家から最寄りの駅だし、高校の時は電車通学だったし。駅は昔のままだった。変わったのは自動改札になり、駅員がいなくなったことかな。他は昔のまんま。

 駅は少し小高いところにあるのだけど、見える風景もあんまり変わっている気がしないな。駅舎を出るとスロープになってるのだが、これがコンクリート舗装になったのはいつだったっけ。

 スロープを降りたところが県道。駅前広場みたいなものはないけど、信号がある交差点になっていて、その周辺に何軒かの店がる。いや、かつてはあったとした方が良いかもしれない。

 今も残っているのは本屋と寿司屋とカメラ屋だけ。でも高校の時ぐらいまではもっとあったんだ。カメラ屋の左隣にはお菓子屋さんとパン屋さん。右隣には薬局とお好み焼き屋さん、さらには八百屋もあったはず。

 信号を渡って右側の本屋と寿司屋は健在だけど、左側にはチェーンのケーキ屋があり、その奥には自転車預かり屋があり、さらにもう少し行けば肉屋さん。ケーキ屋さんの左隣には居酒屋もうどん屋もあった。

 全部潰れて家が建ってたり、空き地になってたり、そのまま廃屋になっているのもある。寂れゆく街ってのを嫌でも感じるよ。誰も歩いてないもんな。昔だって多いとは言えないけど、この時間帯ならもう少し歩いている人が多かったはず。

 そこから墓地に行く途中に商店街を通るのだけど、それこそ誰にも会わなかったもの。店も減ってるけど、開いてる店だって誰も人影を見なかった。まるで映画のセットみたいにも感じたぐらい。いや、あれはセットじゃないな。SF小説の失われた町みたいな感じがする。

 この商店街も小学校時代は物凄い人通りで、自転車で走り抜けるのは平日でも難しかったぐらいだった。衰えたのはお決まりの大型スーパーの進出。あれが出来たのは中一の時だったはずだから、あれから延々と長期低落して、今に至るって感じで良さそう。残ってる店も十年もすれば無くなるかもな。

 あちゃ、花屋もなくなってるわ。前来た時にはあったのだが、ついに店じまいか。花を供えられないのは残念だがしょうがない。線香だけは準備してきたから、これで今年は堪忍してもらおう。

 墓参りをして離婚の報告。これも生きてなくて助かった。生きてたら娘の親権で大騒動になってただろうし、親子鑑定とかで一悶着が起こったに違いないもの。さらにだよ、元嫁の実家は故郷では有力な一族だから、もっともめ事が派手になったかもしれないわ。

 女ってわからんと思ったけど、離婚までも粘りに粘ったし、離婚しても復縁攻勢がすごかった。しかたがないから家電をやめて、携帯も番号ごと変えざるを得なくなった。そしたら今度は手紙がドッサリ。泣く泣く、もう一回引っ越しを余儀なくされたよ。

 そんなに離婚が嫌なら、不倫なんかやらなきゃイイだろうし、もうちょっとバレないような工夫をすりゃ、エエようなものやんか。それ以前に、開業してからはオフ時間が増えたんだから、ボクと夫婦仲を深める方向に努力すりゃいいはず。どうして不倫を満喫しながら、冷め切った夫婦を続けたいと思うんだろ。

『あなたしか愛せる人がいないと、やっとわかりました』
『今度こそ本当の夫婦になれるはずです』

 今さら言われてもな。知り合いに聞いたのだけど、不倫って禁断の蜜の味がするらしい。許されざる関係に燃え上がるってやつぐらいだろうな。この辺は小説のテーマにもなっていて、夫を捨てて駆け落ちする話もよくあるし、貴族だったら身分違いの恋に狂奔する感じかな。

 そういう小説は読んだことあるけど、小説では捨てられる方が主人公ではなく、捨てる方が主人公のなんだよな。そりゃ、冷め切った夫婦仲が前提になるし、その責任は夫にないと話が進まないものな。

 でも元嫁はそうじゃない。冷めた夫婦は続けるのが前提。あ、そっか、ボクは純ATMかも。元嫁は専業主婦だから、誰かが稼いでくれないと優雅に不倫もできないぐらいか。性活は間男が満たし、生活はボクが満たすぐらいが求められる役割分担かも。それでも最後に二択を迫られる状況になれば、性活より生活が優先になるんだろう。

 だったら離婚して復縁しないのが正解だろうな。だってだよ元嫁の性活は激しかった。二時間で三回戦ぐらいやってたし、その間に何度あの、

『イク、イク、もうダメ・・・・・・』

 この絶叫を聞かされたことか。あれもあったよな、

『今度こそ、今度こそ、一緒に、お願い、来て~』

 あの時に録音しておいた。離婚交渉に決め手の一つになってくれたけど、あれを持ち出さざるを得ないぐらい元嫁はしがみついてきた。録音してると言っても流すまで納得しなかったぐらい。

 元嫁は淡白だったんだよな。ボクとはイッタことさえなかったぐらい。元嫁を開発したのは間男ってことになる。どれだけ狂っていたかだけど、ジーコ、ジーコと音がして強烈な喘ぎ声が続いた後に、

『そこはダメ、そこも入れられたら狂っちゃう。あぁぁぁ、ダメ、ダメ、絶対ダメ・・・やめて、ひぃぃぃ、壊れちゃう・・・・・・もうダメ、イクゥゥゥ』

 ボクは元嫁が一体なにをしているか最初はわからなかったぐらいだったもの。そう元嫁は後ろの処女も開いてたってこと。そういう行為が世の中に存在するぐらいは知ってたけど元嫁がしてるとはね。そりゃ半狂乱でよがりまくり、絶叫しまくってた。

 これだけでも一回限りの気の迷いじゃなくて、長い年月をかけて開発されてた証拠になるよな。もうちょっと言えば、間男もあれ一人とは限らないぐらいだよ。それは必死になって否定してたし、証拠もなかったから追求しなかったけど。

 とにかくあのレベルの性活は禁断の蜜で酔い切ってこそ出来るもので、ボクじゃ絶対無理。というか夫相手、ましてや見合いで結婚した相手じゃ無理だろ。そういえば元嫁はボクとは口を使うのも拒否だった。

 それぐらいはとボクは思ったけど、嫌がるものを強制するのもあれだし、教え込むほどのものでもなかったぐらいかな。ところがだよ、間男が果てた気配の後にチュパチュパと盛大な音をさせてたものな。間男は、

『うぉ、うぉ、うぉぉぉ、やめてくれ』

 あれはどう聞いても、果てた後の男を咥えられた時の反応。あの直後って男は過敏になってるから、そこを刺激されるとああなるぐらいはボクでも知ってるよ。つまり元嫁はお口の処女も開き、開発されてたってこと。まあ後ろの処女も開くぐらいだから、やってないと思う方がおかしいか。

 しっかし、どうしてわざわざマンションで、それも夫婦の寝室でやらかすかな。それも禁断の蜜の味の中毒になればそうなるぐらいとしか言いようがなさそう。元嫁がそこまでやったかは知る由もないけど、不倫じゃクルマでやるのも多いらしい。クルマなんて四面ガラス張りだから、誰かに見られてしまいそうなものだけど、見られそうというのが刺激になるんだってさ。

 あの日だって、ボクがいないのは午後だけで夕方には帰って来るのを知ってたわけじゃないか。これも、その間に夫婦の寝室を使ってやる背徳感が刺激になるぐらいに理解しないといけないかも。だから二時間ぐらいで終わったのかもな。

 ああいうものは一度知ってしまうと中毒みたいなもので、いくら理性で反省しても本能が求めると思う。だから、たとえヨリを戻しても、禁断の蜜を欲しがるに決まってるよな。そうなってしまう環境に置いたのはボクの責任だけど、そうなってしまった女を受け止めきれるほどの度量はないよ。

 こんなことをいつまでも思い返しても仕方がないけど、それでもしばらくはトラウマになるのは確実だしそうなってるわ。もう帰ろう。簡単に墓参りを済ませて来た道を引き返したのだけど、商店街を通っていた時に不意に甘酸っぱいというか、ほろ苦い思い出が甦って来た。

 それは商店街を抜け、県道に突き当たり、右に曲がって駅前の交差点に近づくほど高まってきた。思わず交差点のところで立ち尽くしてしまった。駅前の交差点はT字路だけど、直進すると百メーター足らずで市道になりそこの四つ角にも信号が付いている。

 これは昔と同じのはず。いや、それを確かめたくて歩いて行った。そして二つ目の信号から左側を見て。

「ここだけは昔のままか・・・・・・」

 昔のままなのは左手に見える三階建てのビル。そう駅前の交差点から、次の交差点までの道がボクの初恋の道。目を閉じれば今でも隣にいる気がする。ボクはその交差点を渡り、次の四つ角まで歩き、

「こっちの方が初恋かも」

 この歳になって思い出すとは。あれから、もう二十年だぞ。思えば青い恋だった。青すぎる恋だった。青すぎるが故に甘酸っぱいし、ほろ苦いぐらいかな。

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