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黄昏交差点(第26話)リサリサ

 今日は故郷に向かう電車。前に修に会った時に、ぜひ遊びに来いと誘われたんだけど、どうしても修に相談したいことがあって、お言葉に甘えることにしたんだ。修の家に行くには、あの駅の一つ前の駅に降りる必要があるんだ。

 この駅も変わったな。もっとゴチャゴチャしていたはずだけど、今は駅前に綺麗なバス・ターミナルが整備されてるし、駅も建て替えられてるよ、とはいえバスを利用するわけじゃない。

 バスでも行けるはずだけど、とにかく田舎。神戸と違って極端に便数が少なくて、半端な気合じゃ使えない代物。目的はタクシー。この駅じゃないと故郷でタクシーが常にいるところなんて思いつかないぐらい。行き先の住所を告げると、

「それって加島石材の社長のとこですか」

 さすがだな。小一時間ほどかかって到着。こりゃお屋敷だわ。門まであるとはたいしたものだ。インターホンで来意を告げると修が出てきてくれた。

「待っとったぞ」

 先日会ったばかりだけど、朋有り遠方より来るって感じかな。遠方たって神戸だけど。立派な玄関で奥さんにも挨拶してもらって、

「今日はゆっくりしてくださいね」

 気さくそうで明るい奥さんだよ。美人タイプじゃないけど、性格の良さがにじみ出る感じかな。通されたのは応接室で良さそう。そんな専用の部屋があるだけでお屋敷だとわかるよな。手土産を渡して、

「さすが社長様だな」
「先生様に言われたないわ」

 さて修が話してくれるかな。前に会った時にあれこれ旧友の消息の話で盛り上がったけど、なぜか修はリサリサの話を避けてた。触れようとすると他の話題に逃げてた感じがするんだよ。

 でもボクが聞きたいのはリサリサの話。リサリサとはFBで知り合って何回か会ってるのだけど、最初は良かった。それなりに歳を取ったのはお互い様だけど、リサリサには高校時代の面影はしっかり残されてたから、昔に戻ったような楽しい時間を過ごせたんだよな。

 だからもう少し話したくて二回目を誘ったらOKだった。高校時代のリサリサはボクにとっては、到底手の届かない存在だったから、この歳になっても正直なところ嬉しかったよ。あの頃にこんな感じで話が出来たらなって思ったもの。

 ボクは二回で終わるつもりだったんだ。いやホントは一回のつもりだったけど、二回目はオマケみたいなもの。ところが今度はリサリサの方から誘ってきた。正直にいうと嬉しかったよ。だってリサリサに誘われるなんて夢みたいなものだもの。

 ただリサリサに誘われた三回目から何か違和感を生じ始めてた。たしかにリサリサなんだけど、どこか違うって。そりゃ二十年ぶりだし、高校時代と違って当たりまえにしろ、そういう違和感じゃないんだ。

 それが何かを知りたくてリサリサとはその後も何回か会う事にした。その頃にはリサリサからのLINEは引っ切り無しになってたんだよな。外形的にはリサリサが気があるとも言えないこともないけど、そうは素直に受け取れない感じだった。

 リサリサはしっかり装ってたけど、会う回数が重なると、どう言えば良いのかな。どこか荒んでる感じが垣間見える気がした。それが会えば会うほど増えてく感じ。あれはリサリサの何かが変わっているはずだ。

「修、なにか知ってることはないんか」

 修はまたあれこれと話題を変えようとしてたけど、あきらめたように、

「会ってもたんなら仕方ないか・・・・・・」

 修にとってのリサリサはボクにとっての智子ぐらいかもしれない。好きだったものな。修に言わせると保育園時代に一目惚れしてた言うぐらいだものな。いくらなんでも思うけど、小学校時代からの初恋の相手で良さそう。

「オレも長いこと知らんかってんけど・・・・・・」

 修は三浪。頭は悪くないけど、ボクに輪をかけての勉強嫌い。その代わりじゃないけど、人望はあったんだよ。そう、とにかく友だちが多くて、ボクの高校時代の友だちも見方によっては、修の友だち仲間に入れてもらったようなもの。

 修は学生時代に知り合った奥さんと結婚して加島石材の婿養子になったけど、そこから修を中心として高校や中学時代の仲間と親交を取り戻してる感じかな。故郷を離れたボクには間違っても出来ない芸当ってところだ。

 ただ、さすがの修も三浪のブランクと、石材業を覚えるのに十年以上は修行に励んでいたで良さそう。義父が亡くなり、社長を継いで落ち着いてからの再びのネットワーク構築ぐらいみたいだ。

「神戸に飲みに行った時に・・・・・・」

 ある居酒屋でたまたまリサリサの話題が出たそうで、飲み屋の女将がリサリサの学生時代のサークルの後輩だったらしい。修はリサリサと同じ三明大だけど、三浪したものだから一年しか重なってないけど、

「一度だけ話したことがあるけど、えらい変わりようやった」

 修とリサリサは恋人関係にこそならなかったけど、幼馴染の気の置けない友達だったんだよな。だからボクも修を通じてリサリサとちょっとした知り合い関係ぐらいになれてたぐらい。

「まさか学生時代に話をしたのは、それだけとか」
「そのまさかや」

 修はその時にリサリサの結婚式の様子というか裏話を聞いたようだけど、

「康太はリサリサからどう聞いた?」

 どうって言われても、結婚したけど夫の浮気で離婚したぐらいだけど。リサリサと結婚出来て浮気をするなんて信じられなかったぐらいかな。

「結婚生活はどうって聞いた?」
「詳しくは話さなかったけど、離婚で揉めて慰謝料とかあまりもらえなかったとか」

 修は難しい顔になり、

「居酒屋でリサリサの話が出て、気になってあれこれダチに聞いてみたんや」

 リサリサの結婚相手は十五歳も年上で、浮気による離婚歴があり、

「そのうえハゲでカツラやったらしい」
「ハゲとかカツラをバカにするのは良くないで。修もちょっと危ないやんか」
「まあ、そうやけど・・・・・・」

 要するに結婚相手に選ぶには訳あり物件過ぎるだろって事で良さそうだ。リサリサの結婚は二十五歳ぐらいのはずだから、

「そうや、今のオレらぐらいの相手を選んだことになる」

 男女の仲は合理的に説明できない事が起こるとはいえ、リサリサだって再婚ならともかく初婚の相手として疑問符がつくのは間違いない。

「それとやけど慰謝料と財産分与、養育費は結構な金額やねん」
「そうだったのか」

 ここで修が言いにくそうにしながら、

「子どもやねんけど、実家に預けっぱなしらしいねん」

 どういうこと。

「福本水絵って覚えてるか」

 リサリサと仲が良かったし、陸上部も同じだったはず。短距離とロング・ジャンパーだったかな。

「水絵は大学も一緒やってんよ」

 修が水絵から聞いた話によると、リサリサは入学してから恋人が出来たそうだけど、その恋人を奪われたらしい。まあ、その辺はよくある恋愛模様みたいなものだけど、

「リサリサから恋人を奪った女が金持ちのお嬢様だって話や」

 それからリサリサはカネに執着するようになったらしい。水絵の話では男に金を貢がせたとか。

「あのリサリサがか」
「だから話とうなかった」

 そんなリサリサが社会人してから付き合いだした男がいるようだけど、リサリサは夢中になったらしい。ただその男は今でいうフリーター、言ってしまえばヒモみたいな男だそうで、

「おいおい、まさかリサリサが結婚した理由って」
「そうや、結婚相手をATMにしたんや」
「じゃあ、リサリサの子どもは」
「そこまではさすがにわからんが、子どもの扱いが気になってる」

 その男と関係を続けながら結婚したって言うのかよ。修が言うにはリサリサは自分の不倫を夫に隠し通し、一方で夫の浮気を見つけ出して離婚に持ち込んだんだろうって。

「その不倫相手とは今でもか」
「そうらしい」

 あのリサリサがそんな事を。でも待てよ、話が少しおかしいじゃないか。リサリサが学生時代にカネに執着した理由はまだわかるとして、カネのないヒモみたいな男にそこまで執着するのが矛盾するよ。ふと見ると修の目が赤い。

「リサリサはクスリを使われとる。使われたらどうなるかは康太の方が詳しいと思うけど、リサリサは、リサリサは・・・・・・」

 ボクも詳しいとはいえなけど、覚せい剤とか、いわゆる麻薬の類はセックスの感度を著しく高めるらしい。それでリサリサは溺れさせられたんだろうけど、それよりなにより速やかに依存症を起こしてしまうだけではなく、中毒が進めば精神障害も来すはず。ボクがリサリサに会った時の違和感はおそらくそれだ。

「修、知ってるのに!」
「手遅れや。リサリサは完全に常習者になってもてる。リサリサが残された道は二つやろ。一つはこのまま廃人になるか、もう一つは警察に捕まるかや」

 修はあれこれ調べたで良さそう。修だってリサリサを助けたいのだろうけど、そこまでの中毒になってしまえばアドバイスなどしたところで無駄なのはボクにもわかる。聞いてやめられるような代物ではないからな。

 修はそんなリサリサを知られたくなかったんだろうな。修も好きだったし、高校の時に誰もが憧れたアイドルの一人だよ。ボクら同級生にとってリサリサは輝く太陽みたいなものだったもの。

 修の最後の優しさの気がする。ボクにさえリサリサの話題を避けたのは、野垂れ死ぬにしても、逮捕されるにしても、世間的には有名人じゃないからマスコミにも取り上げられない可能性があると考えてるんだろうな。そうなってくれれば、同級生にとってリサリサは昔の良いイメージのままが残される。

「じゃあ、リサリサがボクに近づいたのは」
「言うな康太」

 昔のリサリサは二度と戻ってこない。わかっているのに助けられない虚しさしかないよ。

「康太、泊って行け。朝まで飲も」
「わかった。付き合うぞ」

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