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運命の恋(第4話)五十鈴さん

 教室に新たな机が運び込まれていた。どうも転入生があるらしい。転校はボクも何度も行ったが高校でも転校があるのに驚いた。翌朝のHRに教師に引き続いて入って来た転入生を見て、

『おぉぉぉ』

 こんなドヨメキが起こった。ボクだって目が釘付けになるぐらいのトンデモない美少女。転入生の名前は五十鈴美香、いわゆるアメリカ帰りの帰国子女。

 彼女が転入した理由だけど本来は四月に一緒に入学するはずで、ちゃんと受験も合格していたそうだ。ところがその後に両親の仕事の都合で帰国が遅れ、六月になってやっと登校してきたらしい。

 この辺の事情はもっと複雑で、彼女は今年度の入学が無理になりそうな話もあったそうで、四月の時点ではクラス名簿にも載せられていない。それがどうして六月に入学できたのかの事情までわからなかったが、まるで転入生のようにクラスに加わって来た。

 アメリカ帰りの帰国子女は日本語が怪しくなっている事が多いとも聞いたことがあるが、彼女の日本語にはなんの違和感もなかった。無いどころか、すこぶる付きの上品さで、ボクより遥かに綺麗な言葉遣いをする。

 また生活態度もアメリカ流の自己主張が強いものになると聞いたこともあるが、そんな素振りは全くなく、お淑やかで気品が漂うもので、それは見事な立ち居振る舞いだった。頭の中に古臭いけど大和撫子って言葉が浮かんだぐらいだ。

 学業はどう見ても優秀。教師にどんな質問をされても澱みなく答えられる。とくに英会話能力はさすがの一言だ。この学校にもネイティブによる英会話授業があるが、どう聞いてもネイティブ同士で親しげに話しているとしか思えなかった。もっとも、何を話しているかはサッパリわからなかったけど。

 そうそう字も綺麗だ。ノートを覗き見たんじゃないぞ。黒板に答えを書いた字が美しすぎる。あれは書道の段持ちで良い気がする。字が綺麗なだけじゃなく、帰国子女なら苦手そうな古文や漢文もまったく苦にしないんだよな。

 スタイルも抜群として良いと思う。透き通るように白い肌に美しい黒髪のロング・ヘアーが美しい。艶やかとはあんな髪の事を言うのだと思ったもの。良く手入れされてるみたいで、ほつれ毛なんて一本も見えない気がする。

 言うまでもないがギャルではない。清潔感が溢れる清楚系の見本のような人。キャラは物静かなところはあるけど間違っても陰キャではない。陽キャとするのも違和感があるけど暗そうなところはないぐらいだ。

 声も綺麗だけどいつも穏やかに話している感じだ。それなのに彼女がそこにいるだけで周囲が華やぐとすれば良いだろうか。凛とはしているが人を遠ざける感じはないぐらいかな。

 たちまちクラスの人気者になっていった。そりゃ、あれだけ上品で綺麗ならばそうならない方が不思議だ。人気者になったのはそれだけじゃない。あれだけの美貌と成績なのに決して人を見下したりしない。誰にでも優しそうで心配りが出来るとしか見えない。

 どこを取っても完璧すぎる清楚な心優しいお嬢様系美少女となれば、男だけでなく女だって、せめて友だちぐらいにはなりたいだろう。転入してすぐに彼女の周囲には女友だちのグループが出来上がっていた。

 ボクだって心はすぐに反応したが、もちろん見てるだけ。あんな彼女が出来ればどれだけ嬉しいかの妄想だけは出来ても、それだけのお話。彼女のお相手が出来るのは恋愛エリートの中でも白馬の王子様級で、ボクのようなガマガエルとは別世界の住人なのはまるわかりだ。

 そのうちにポツポツと噂だけは聞こえてきた。サッカー部の池西が御執心らしい。池西はクラスは違うがボクも見たことぐらいはある。悔しいけどイケメンで、一年にしてサッカー部のエース・ストライカー。

 中学の時から活躍していたそうで、将来はプロなんて話もあるそうだ。さらに池西はサッカーだけじゃなく、学業も優秀。入学してから行われた全国模試で校内どころか、全国の上位だったそうだ。

 何か聞いているだけで天は何物を与えたんだろうと思ったよ。スポーツ万能で、イケメンで、成績優秀となればモテない方がおかしい。いやモテている話ぐらいは聞いている。入学早々に告白した女子もいるって話だ。そりゃ、いるだろうな。

 ボクは内心決まりだと思った。いやボクだけでなく誰だって美男美女のベスト・カップルにしか思えなかった。池西はやがてボクのクラスまでやって来た。

「五十鈴さん、日曜日に試合があるから、ボクのゴールを見に来てくれたら嬉しいんやけど」

 公開でここまでやるかと思ったが五十鈴さんは、

「申し訳ありませんが、その日は祖父母が来ますので席を外せません。ご活躍をお祈りしています」

 あれは、やんわりだけどお断りだよな。さらに池西は、

「せめてお昼を一緒に食べましょうや」

 この時も五十鈴さんは、

「わたくしは皆様とお弁当を頂くのを好みます。他の方々が、それでも良いと仰られるのなら考えます」

 どうも五十鈴さんのグループの女友達も、五十鈴さんが池西を避けたいのを察しているようで、

「池西君、自分の教室で食べたら」
「そうよね、私たちと無理に一緒に食べなくとも」
「池西君なら他に一緒に食べてくれる子はたくさんいるじゃない」

 ここまで言われたら振られているのはわかりそうなものだが、池西もモテ男だから自分が振られる経験が無いのかもしれない。五十鈴さんはここまで言ってたものな。

「あなたの御活躍はわたしのためではなく、もっと多くの人のためにあるべきと存じます」

 これは他の女子に彼女を見つけろぐらいだ。五十鈴さんのグループの女子も、

「池西君ならいくらでも選べるじゃない」
「一人にこだわると失うものが多いよ」
「好きなのはわかるけど、勉強や部活に影響しない程度にね」

 それだけでなく五十鈴さんのグループの女子は、そういう勘違い男をブロックしようとしているようにも見える。それでも池西はアタックを続けるし、他の男子もブロックを掻い潜って告白したのもいたようだが、すべてやんわり断られているらしい。

 五十鈴さんがOKしていないのに内心ホッとしたが、何にホッとしているのか自分でもわからなかったよ。ボクだって男だから立候補資格があるぐらいかな。でも立候補資格があるのと当選する間には果てしないぐらい距離がある。

 そもそもになってしまうが、池西でもダメなのにボクが彼女の眼鏡に適う理由が見つからない。どこをどう考えても対象外だけど、五十鈴さんが誰かの彼女になっていないのが妙に嬉しいぐらいかな。

 五十鈴さんが誰を好きなのか、どんなタイプの男性を好むのかはクラスの話題の一つにはなっていた。ボクがその話題に加わっているはずもないが、さすがに同じ教室の中にいるから聞こえてくる。

 色んな推測、憶測があり、池西にツンデレしてるだけの説もあったし、既に彼氏がいるはずというのもあった。彼氏となるとアメリカに行っている間に作ったことになるけど、どうだろ。居たって不思議ないけど、遠距離恋愛なんてものじゃないよな。

 その中で妙に説得力があったのが、同級生は恋愛対象として見られていないのじゃないかはあった。これも読んだことがある。女子の方が精神年齢が高いって話だ。女から見れば同年代は幼く見えてしまうらしい。

 これも言われてみれば証拠がいくらでも転がっている。だってだよ、世の中の夫婦の大多数は男の方が年上だ。恋愛ドラマや小説でも、女子が先輩に恋する設定はポピュラーだもの。もちろん同級生結婚や、姉さん女房もいるけどやはり少数派。

 少数派が存在するのは女子から見れば、男子の精神年齢が例外的に高い、もしくは女子の精神年齢が低いがあるのかもしれない。さらに言えば女子側に年下趣味があるとか。最後のところは良くわからないが、とにかくそんな感じだそうだ。

 この辺のギャップは、男は同い年の女性のすべてが恋愛対象であり、その中の美人に集中してると見るのだそうだ。これはボクにもなんとなくわかる。年上の女性となるとなんとなく対象外だし、年下となると中学生だものな。ターゲットの中心は同い年の女性だ。

 だが女は同い年の男性の中で、イケメンのみを恋愛対象に選び、それ以外は関心すら寄せないぐらいの違いがあるそうだ。そう殆どの同級生はその他大勢どころか、恋愛対象のレンジにすら入ってないぐらいになる。

 外形的に見れば、男は美人に群がり、女はイケメンに群がってるけど、その中身は微妙に異なるぐらいだ。もっとも美女とイケメンだけが恋愛対象になるから、現実としてはあんまり関係ないかもな。

 ここでさらにがある。同い年はイケメンであっても恋愛対象外にしている女子もいるそうなんだ。どれぐらいの比率かは不明だが、確実にいるそうだ。

 五十鈴さんは綺麗だけど、はっきり言わなくとも大人びている。五十鈴さんの目から見ると、同い年の男なんてガキにしか見えていない可能性は高そうな気はする。この説は五十鈴さんが池西にまるで関心を見せないのを説明するのに説得力があった。

 それとは別に気づいたこと。笑ったらいけないが、ボクの初恋じゃないかって。初恋なんて小学生時代に済ませているのもいるだろうし、遅くとも中学時代に経験しているはずだが、ボクのその頃はイジメの暗黒時代。

 そりゃ、中学生にもなれば異性に興味は出ていたよ。だけどイジメは男からだけでなく、女からもあったんだよな。あんな陰湿なイジメをする女に興味が湧けばマゾだろうが。ボクは断じてマゾじゃない。

 そんな理由だけではなく、やっぱりオクテなんだろうな。そのうえヘタレ。女子にもイジメられたと言っても全員じゃないけど、イジメをしてこない女子にも興味が無かったものな。

 まあ暗黒時代は恋愛より毎日学校でどうやって生き残るかが最大の関心事だったのもあると思う。思うと言うかモロそうだった。声を掛けられるのと言うはイジメのスタート宣言と同じだったものな。

 そう考えると五十鈴さんこそが初恋の人だ。笑うほど遅い初恋だけど、ようやく経験できた。でもどう考えても実りようがない。初恋が遠くで見ながら憧れだけで終わるケースが多いそうだけど、ボクも例外に漏れずそうなるのは確実だな。

 誰が相手でもボクの初恋が実るはずもないから、あれだけ綺麗な人を初恋の人に出来たのだから幸せかも。それがボッチの陰キャの初恋だ。と、自分で言い聞かせるのが虚しい。

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