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不思議の国のマドカ(第12話)課題決定

 マドカさんに何をすべきかだけど、今のマドカさんに何かを付け加えるのがイイ気がする。それを付け加えることによって、マドカさんに自分で殻を破ってもらい、プロの壁を乗り越えてもらうんだ。

 問題は何を付け加えるかだけど、マドカさんが出来る事がイイと思ってるんだ。マドカさんの写真の上品さは、お嬢様としての品の良さから出てると思うんだけど、マドカさんはタダの品の良いお嬢様だけじゃなんいだ。赤坂迎賓館スタジオ時代には、セクハラをやりかけた先生を投げ飛ばしてるんだ。

 そう合気道四段の猛者なんだよ。もっとも合気道って言われてもアカネにはピンと来ない。たぶん柔道とか空手と違うのを知ってるぐらい。たぶんだけど剣道でもない。マドカさんに聞いたこともあるのだけど、
 
「合気道とは天地の気に合する道です」
 
 だから合気か。でもこれじゃあ、さっぱりわからん。
 
「自然宇宙との和合、万有愛護を実現するような境地を目指します」
 
 なんだ、なんだ、ホンマに武術か?
 
「武産合気により、自分と相手との和合、自分と宇宙との和合が可能となります」
 
 どっかの新興宗教みたいやな。聞いてもサッパリ、イメージが湧かないから少しやってもらった。
 
「イテテテテ」
 
 なんか訳の分かんないうちに腕を取られて捻り上げられてた。でもこれは使えそうと思った。武道の力強さをマドカさんの写真に取り入れたら変わるはずだ。

 
 仕事の依頼はいろいろあるのだけど、その中からマドカさんの課題に適当なのを狙ってた。そしたらやっと見つかった。ツバサ先生への依頼だったので交渉に行ったんだ。
 
「これをマドカの課題にしたいのか。狙いは?」
「武産合気です」
 
 ツバサ先生はしばらく考えてたんだけど、
 
「悪い、どういう意味だ」
「自分と相手との和合、自分と宇宙との和合です」
「アカネ、わかって言ってるのか」
「全然わかりません」
 
 ツバサ先生はそっくり返って笑ってたけど、
 
「狙いはよくわかった。良い狙いだと思う」
 
 依頼されてたのは社会人ラグビー大会のポスター。
 
「向こうには上手く言っとく」
 
 マドカさんに、
 
「ちょっと新しい仕事をやってもらうね」
「こんな大きな仕事はマドカにはまだ・・・」
「これがツバサ先生流だよ。もてあましそうな仕事を死に物狂いで頑張った方が早く力が付くよ」
「わかりました。精一杯努めさせて頂きます」
 
 神戸にも社会人の強いチームがあり、今回の仕事はそこの協力も得られる事になってる。マドカさんは張り切って出かけたけど、アカネはやはり心配。そうだ、及川電機のカレンダーをアカネに任せたツバサ先生もこんな風に感じてたんだとわかった気がする。

 撮影から帰って来たマドカさんはパソコン相手に写真のチェックに熱中してる。アカネも帰りに寄ってみたんだけど、
 
「どうマドカさん」
「お願いします。どうかマドカとお呼びください」
 
 う~ん、端正で上品だけど、これじゃあね。こういう写真を撮らせるとマドカさんの弱点がはっきりわかる。
 
「どうも迫力ないね」
「アカネ先生もそう思われますか」
 
 翌日もそう。やっぱりお上品すぎる。どうすれば迫力が出るかをアカネは知ってるけど、それはあくまでもアカネの流儀。この課題はマドカさんが自力で迫力を出す方法を編み出さないと意味がないんだよね。
 
「それじゃあ、ラグビーの醍醐味が伝わらないよ」
「そ、そうですよね」
「ラグビーは紳士がやる野蛮なスポーツ、サッカーは野蛮人がやる紳士的なスポーツ」
 
 間違ってないよな。この手の言葉はよく間違う、いやタマにしか合わない、いやツバサ先生に言わせれば合ってたら悪いことが起るとまで言われてるから、さっきまで必死になってアンチョコ見てた。
 
「マドカさんのは紳士的かもしれないけど、野蛮さというか力強さが出てないよ」
 
 言えた。格好イイ。まるでツバサ先生みたいじゃない。ただ翌日になっても、
 
「アカネ先生どうでしょうか。こういうところに力強さを・・・」
「マドカさん、写真は一目で伝わらないと商売物にならないよ」
「一目で?」
「ポスターなんてとくにそう。目の端に入っただけでも、そこから引っ張り込むぐらいのパワーがいると思うよ」
 
 そうやって見ているうちにマドカさんの欠点が見えてきた。これを指摘して良いか迷ったのでツバサ先生のところに、
 
「マドカさんは構図にこだわり過ぎてる気がします」
「はははは、アカネらしい意見だ。アカネは逆だったからね」
「逆って?」
「わたしがいくら口を酸っぱくして教えたって、丸っきり無視して撮ってたからな」
 
 ギャフン。あの頃のアカネは構図も図工も似たようなものだとしか考えてなかったし。
 
「アカネはあれこれ好き放題に撮りまくったゴールとして構図があるんだよ。だがな、通常は構図から入るのだ。そうすりゃ上手に見えるから」
「でもあれだけ構図にこだわると・・・」
 
 ツバサ先生は椅子から立ち上がり、
 
「でもアカネの意見は正しい。マドカは構図の呪縛の中にある。でもここで構図を無視するアドバイスは逆効果だ。マドカの写真を崩してしまう」
「でも・・・」
「ベストのショットを狙えば自然に構図にならなきゃいけない。構図を意識して撮るのじゃなくて、撮るのはあくまでもベスト・ショットだ。これは自分で会得しないとならない」
 
 窓の方に歩いていったツバサ先生は、
 
「動きがあるものはいつベスト・ショットのタイミングが来るかわからない。その時に構図を意識しすぎるとシャッターが遅れるのだ。アカネの選んだ課題はマドカの試練となる。締め切りはわたしが調節するから、焦らず見守ってやれ」
 
 そこからクルリと振り返り、
 
「アカネ、撮っておけ」
「えっ」
「オフィスも商売だ。マドカがダメなときにお手上げって訳にはいかない。でも見せるな」
 
 こういうところはシビアだもんな。ツバサ先生は、
 
『努力するのは当たり前。評価は結果がすべて。それが商売』
 
 これも口癖だし。ガンバレ、マドカさん。

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