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不思議の国のマドカ(第32話)経験の必要性

『カランカラン』
 
 個展の成功後に麻吹先生に連れられてバーに。そこで一人前のプロとして認められたマドカの処遇についての話がありました。提示されたのは独立するも良し、他のスタジオと専属契約を結ぶのも良しとなっていました。
 
「マドカ、オフィス加納に残るのなら選択枝は二つだ。一つはアカネのように専属契約を結ぶこと。もう一つは幹部待遇になる事だ。うちが出せる条件はこれだ」
 
 契約書を見せて下さり。
 
「うちが出せるのはここまでだ。それとこれはあくまでも希望だが、もしオフィスに残ってくれるなら、幹部待遇であれば嬉しい。アカネの場合は〇・一グラムも検討の余地がなかったが、マドカなら経営も十分だからな」
 
 マドカはオフィス加納に残ります。ただ幹部待遇はお断りし、アカネ先生と同様に専属契約にさせて頂きました。麻吹先生は、
 
「オフィス加納はマドカが専属契約で残ってくれることを歓迎する」
 
 そこからあれこれ話があったのですが、
 
「マドカ、女はどうだ」
「かなり慣れてきましたが、なにか不思議な感じがしています」
「だろうな。マドカは男性心理も知識として十分すぎるほど知っているからな」
 
 仰られる通りで、男が女をどういう目で見、どういう風に評価するのをマドカは知っているのです。もっと具体的には男は女をどうしたいかをです。
 
「そうされる立場に変わってどう思う」
「なにか怖いような気もしています」
 
 麻吹先生は静かにグラスを傾けながら、
 
「男が欲しくなったか」
「積極的にはまだ。でも男の時に女が欲しいのと違う感じがします」
「そこは女しかやっていないわたしにはわからんな」
 
 もう女は恋愛の対象ではありません。それは、はっきりしています。逆に男が気になっています。きっとこれが高じた時に恋に落ちるのだと思います。そうなることに抵抗も薄くなっていますが、
 
「麻吹先生、やはり初めての時は痛いのですか」
「おっと、マドカからそんな質問が出るとは思わなかった。まあいい、女については初心者だからな。わたしとて二回しか記憶にないが、やはり痛いと思っていたら良い。ユッキーやコトリちゃんにも聞いても、痛いことの方が多いそうだ」
 
 マドカも女になったのなら、いつかは経験する痛みになります。
 
「マドカ。そんなに心配しなくともよい。痛みも様々だ。ただの苦痛の時もあれば、心地よい痛みまである」
「そんなに差があるのですか」
「ああ、加納志織の時は痛いだけで喪失感しかなかったが、麻吹つばさの時は心地よい満足感だったよ」
 
 同じ人でもこれだけ違うようです。
 
「それとな、男と女では感じ方が違う」
 
 これは形状があれほど違えば同じとは思えませんが、
 
「誤解ないように言っておくが、わたしには男の経験はない。ただ知り合いに両方楽しんだヤツがいて聞いたのだ」
「バイ・セクシャルですか」
「違うよ。完全な男、女として感じて比較したものだ」
 
 どうやってと思いましたが、神の話でした。神が体の性転換をするのは簡単だそうで、宿主を変えれば良いだけだそうです。さらに人に宿った時でも意識ごと書き換えてしまう場合と、宿っているだけも出来るそうです。
 
「そんな芸当の出来る神は限られてるけどな」
 
 宿っているだけの場合でも、宿主と同じように感じることは可能だそうです。
 
「では、女神が男に宿って、その宿主の男が女を抱いた時の感覚を経験できるということですね」
「そういうことだ。だがな、そいつは選りによって、前の旦那に宿りやがってたんだ」
「えっ、もしかしてすべて見られてた」
「ああ、そうだ。見られてたどころか、わたしの体のすべてを愛撫し、わたしのよがる姿、さらにわたしのアソコの感じ方まで全部知られたってことだよ。それも新婚の時から十七年間もだよ。これを聞かされた時には卒倒しそうになったよ」
 
 これは強烈すぎる経験です。
 
「どうしてそうなったかは、悪いがここでは伏せさせてもらう。さて両方を比較した結果だが、断然女の方がイイそうだ」
「そんなに」
「言い方がモロで悪いが、単純化すると男の場合は射精の一点に快感は尽きるとして良いようだ。それはかなりのものだそうだが、それ以上でも、それ以下でもない」
 
 そうなんだ。心こそ男でしたが、男の体は未経験のマドカにとっては驚きでした。
 
「女はマドカもこれから経験することになるだろうが、感度はいくらでも上がるし、何度でもエクスタシーに達することが出来る。まあ、いくらでも感度が上がると言っても、意識が保ちきれなくなるから、そこが自然に限界になるかな」
 
 そんなに! 怖い一方で、なにかを期待してしまいそうな自分がいます。
 
「もっともだが、女なら誰でもそうなる訳ではない」
「そうなんですか」
「男は相手が誰であっても射精に至れば一定の快感を得られるが、女はそうじゃない」
 
 麻吹先生はバージンのままで結婚式の初夜に臨まれていますが、加納先生の時代はかなりの男遍歴があったようです。
 
「宿主も代わって時効だから話しておくが、初体験はレイプ同然だったし、その後も相当やってるよ」
 
 加納志織時代に最初に独立した時は、腕も未熟で仕事を集めるのも大変だったそうです。
 
「そりゃ、こういう商売だから売り物は腕のはずだけど、今から思っても、マドカの入門当時よりかなりヘタクソだったよ」
「それで、どうされたのですか」
「腕で仕事が取れないから体で取ってたんだ」
 
 仕事だけでなく運転資金も体で取ってたとしています。
 
「でもねぇ、途中で、これなら写真で食ってるんじゃなくて、売春で食ってるようなものだってイヤになったんだ」
 
 体の提供をやめれば、仕事は見る見る減っていき、その依頼料も急降下。食べるのにも困って後の夫の下宿に転がりこんだようです。そこから加納志織の再生は始まるのですが、
 
「だがな、あれだけの数寝たのに一度たりとも感じた事がないんだ。わかるかマドカ、女は結ばれたいと思う男でないと感じにくいんだよ」
 
 そんなものなのだ。加納先生が初めて感じたのは後の夫の時が初めてだそうです。その時に世界が変わったとも仰いました。
 
「自分が信じられなかったよ。女が感じるとはどういう事かと初めて知ったのだ」
「いわゆるエクスタシーですか?」
「そんな陳腐な言葉じゃ無理だ。こんな素晴らしい世界がこの世にあるかと思ったぐらいだった。あの時に自分のすべてを素直にさらけだせたと思う。ちょっとやり過ぎてしまったがな」
 
 麻吹先生は、何かを思い出しているようでした。
 
「これも言っとくが女なら全員がそうと言うわけでない。それでも最低限言えるのは、抱いて欲しいと思う男の方が感じやすいのは間違いない。初体験の痛みの感じ方も、その辺で大きな差が出る」
 
 麻吹先生は苦笑いしながら、
 
「今夜はエライ話になってしまったな。わたしの経験からいうと、感じる感じないの必要条件は愛する男であることぐらいに思っておけば良いかな」
「やはり経験はすべきですか」
「それはマドカの自由だ。わたしは女として経験すべきだと思っているが、無理からに経験を急ぐ必要もない。来る時が来れば、マドカも自然に経験することになるさ」
 
 その日、その時はいつか来るのか。
 
「麻吹先生がバージンで初夜を迎えられたのは、星野先生なら間違いないと判断されたからですね」
「あれはタマタマ。わたしの記憶は加納志織から始まってるのだよ。どうしたって前の旦那へのこだわりがあっただけ。そうそう、感じるには十分条件もあるのだ」
 
 十分条件・・・ですか?
 
「それは体の相性さ。こればかりは実際にアレをやってみないとわからない。だから、バージンで結婚するのが良いとは限らない。わたしはサトルが当りで幸せだ」
 
 麻吹先生からは
 
「とにかく焦るな」
 
 こう何度も念を押されました。女の心に馴染んでいけば自然に男も出来て経験もすると。そうマドカは本当の女になったばかり。経験を急ぐ必要はないと思っています。
 
「マドカ、やっと心からの女になったのだ。先輩女性からの願いとして、素晴らしい経験をして欲しい」

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