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アカネ奮戦記(第32話)再審査

 セッティングに少々時間がかかったけど再審査が始まった。ツバサ先生はスクリーンに二人の写真を並べて映すように要求した。会場からは、
 
「うぉぉ」
 
 だろうね。ここまで審査発表はあったけど、写真は明日から展示と言うことで出されてなかったもの。やっぱり辰巳は街並みで来たか。さすがに西川流の総帥になってるのはダテじゃないよ。サトル先生の渋い風景写真でも勝てるかどうかわかんないぐらい。間違いなく超一流だ。

 タケシは職人の作業風景にした。古い趣のある作業場の雰囲気に、窓から城下町の風景がさりげなく映り込む構図だよ。あれを探し出すのに苦労したもの。もちろんメインは職人さん。キリッと引き締まった表情から溢れだす慈愛が良く撮れてるんだ。

 ツバサ先生はスクリーンの前で二枚の写真を見比べてた。どっちが勝ったんだろう。こりゃ微妙な勝負だけど、審査は難しいな。しかもだよ、再審査って異常な状況の中で辰巳も納得させる審査が必要なんだよね。そしたらツバサ先生は、
 
「辰巳先生、御意見はございますか」
 
 辰巳はしばらく考えてから、
 
「この差を審査するのが麻吹先生です。それは受け入れております」
「では、グランプリは青島健に決定です」
 
 もう会場は割れんばかりの大歓声。そうだよ、あの写真が負けるもんか。愛を写真に取り込んだタケシの写真が負ける訳ないじゃないか。その夜は立木さんたちと祝勝会、市内の他の写真館の人や、福寿荘の福丸さんも駆けつけてくれてた。

 ユッキーさんたちやツバサ先生は翌日の展示を足早に見て帰ったのだけど、神戸に帰ってから三十階であの時の話を聞かせてくれた。
 
「アカネ、良くやったな」
「がんばったのはタケシです」
「そうだったな」
 
 アカネが来てからだけでも、どれだけ伸びたことか。
 
「タケシは個展の準備だ」
「ツバサ先生、まだ個展が必要ですか」
 
 そしたら、
 
「アカネの場合は及川電機のカレンダーがブレークしたから宣伝は不要だったが、タケシはまだ無名だからな」
 
 なるほど! そこから審査の舞台裏の話になったんだけど、コトリさんが、
 
「まあ市長もやり過ぎたんだな。ああなったら、ああでもしないと収まりつかんかったんやろ」
「やはり審査員の買収」
「市長はやってたよ」
 
 どういう事かと聞いたら、
 
「コトリとユッキーが赤壁市に視察に来たのを重く見過ぎたんかもしれん」
「コトリ、良く言うよ。あれだけ脅しといて」
「まあそうやけど」
 
 コトリさんは視察が終わった後の歓迎会で、
 
『地元をここまで軽視するやり方は感心できんな』
 
 とにかくエレギオンHD副社長としての発言だから重いのはわかるけど、これがどうして脅しになるかわかんなかった。そしたらユッキーさんが、
 
「それ、単純よ。市長は国政進出を考えてるの。もちろん与党からね」
 
 なるほど。エレギオン・グループの国政への影響力は大きいんだ。
 
「そういうこっちゃ。市長は当然やけど、赤壁市長時代の功績をアピールするつもりやんか。それがコトリに評価されてなかったら、困ると考えたんやろな」
 
 コトリさんは笑っていましたが、エレギオンHDと言えども、政治に影響力を及ぼすことは滅多にないんだって。ゼロとは言わないけど、どうしても必要な時に最小限行使するぐらいかな。
 
「ああいうもんは、あるって思わすだけで効果は十分なんや」
 
 とは言うものの、世間的はあると思われてるのよね。市長にすれば自分の行政手法、政治手法をコトリさんが認めてないことに慌てたぐらいで良さそう。コトリさんが認めないのはユッキーさんが認めないになり、さらにエレギオンHDが認めないになり、ついには与党が認めないぐらいの妄想。
 
「こんなとこの公認問題なんか、口出しした事も、口出しする気もあらへんけど、勝手に思い込んだんやろ」
 
 じゃなくて、そう思い込ましたで良いはず。市長はこのままでは次期総選挙の公認問題に連動すると思い込み、なんとかコトリさんを納得させようと必死になったみたいなんだ。
 
『いやぁ、都会とは違って、こんな田舎ではロクな産業はないものでして』
『それを育てるんも市長の仕事やろ』
 
 コトリさんの追い討ちは厳しかったみたい。ただここで退くわけにはいかない市長はあれこれ弁明に努めたみたいだけど、話題は翌日のフォト・コンテストの話に持ち込まれちゃったで良さそう。

 市長は城下町フォト・コンテストの設立の経緯とか、その結果を説明しないとならない羽目になってしまったみたい。
 
『たかが観光写真まで東京頼りなんか』
『たかが写真と仰いますが、差が余りにも歴然としておりまして』
 
 コトリさんはさらに、
 
『地元からは参加もせえへんの?』
『ええ、それぐらい差は歴然としておりまして』
『今年は出るって聞いたけど』
 
 市長はそんな事まで知っているかって顔になったらしいけど。そこでコトリさんはトドメを刺したで良さそう。
 
『まあ市長の考え方が正しいかどうかは、そのコンテストの結果で判断しよ。写真ぐらいでそんなに差があるとは信じられへんし』
 
 これが市長には重すぎたで良さそう。いや救いの言葉に聞こえたかもしれないって。だから動いたんだろうってコトリさんは言ってたけど、どう聞いても、そう思い込ませて、そう動かしたにしか聞こえないのよね。

 市長はタケシの参加も聞いてたし、タケシを辰巳が警戒してたのも知ってたんだ。知ってた上で市長がやろうとしたのは、シンエー・スタジオの圧勝劇。
 
「あれもタケシさんを準グランプリぐらいにしとけば良かったんや。そうすりゃ、利権は守れるし、やっぱりシンエー・スタジオの質は高いぐらいにしとけるやろ」
 
 たしかに。あそこでタケシが準グランプリなら、まだ足りなかったかぐらいでアカネも納得してた。
 
「ただそれやったら、コトリが納得せえへんと市長は考えたんや。そんな結果やったら、地元軽視の説明ならへんぐらいや」
 
 なるほど、市長の目はコトリさんにのみ向けられてたんだ。市長が欲しい結果は、地元の写真館では話にならない事を見せること。そのためにはグランプリだけではなく、準グランプリもシンエー・スタジオが独占しなきゃならないと考えたのか。コトリさんには『稀代の策士』ってあだ名があるけど、こんなことやってたんだ。
 
「それ、考え過ぎやで。勝手に思い込んで、勝手に動いて、勝手に転んだだけや」
 
 いや、そうさせたんだ。やはり知恵の女神は恐るべし。

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