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ミサトの旅(第3話)去年の学祭

 そうそう西宮学院を西学と略すけど読みは『にしがく』であって『せいがく』じゃない。東京の青山学院が『あおがく』みたいなもの。理由は誰も知らない伝統。西学の学祭名はちょっと変わっていて、
 
『西学大祭』
 
 これも説明が必要なんだけど『にしがくだい・さい』じゃなく、『にしがく・たいさい』なんだよね。これも理由は誰も知らなかった。学祭は文科系の部活やサークルにとって一大イベントだけど、とにかくサークル数が多いから、いわゆる場所取りは、
 
 部活 → 公認サークル → 未公認サークル
 
 こういう順で取っていくぐらいで良さそう。この辺は長年の慣習とかも色々あるそうだけど、未公認サークルは部活と公認サークルが取った残りと思えばイイ。北斗星は三年前に出来てるけど、学祭の後に出来てるから一年目は無関係。
 
「去年もどうしようかって話もあったけど、シゲルが説明会を欠席するのも良くないだろうって」
 
 未公認スクールは残った場所を原則としてクジで争うそうだけど、
 
「コンピューター・クジでね・・・」
 
 未公認サークルもサークル規模、継続年数。活動実績、これまでの学祭への参加実績が数値化されてのクジ引きだって。そうクジといってもイーブンじゃなくて、活動実績が良いところが有利になる方式。だからコンピューター・クジ。五人しかいないし、活動実績がゼロの北斗星だったけど、
 
「シゲルのやつ、当てちまいやがったんだよ。妙なところだけクジ運が良いというか、悪いというか」
 
 当たるはずがないと思っていたヒサヨ先輩たちは、大慌てで企画を考えだしたのだけど。
 
「カネがないので大変」
 
 当たったのは三メートル四方ぐらいの屋外スペース。サークルには大学から活動費が出ないから、活動資金は会費だけ。北斗星の場合は半期で二千円、一年で四千円。会員が三人だから一万二千円。
 
「あったのは六千円だけだよ」
 
 写真サークルだから作品展示でもしそうなものだけど、
 
「ヒサヨたちの写真なんて誰も見ないよ。それよりカネがないから・・・」
 
 学祭は五月三日から五日までの三日間なんだけど、屋外なので雨対策をまず考えないといけないんだって。そうなるとテントだけど、
 
「レンタルでも一万円越えちゃうのよ」
 
 そう、問題の焦点は出店費用の回収問題になったで良さそう。
 
「よくあるタコ焼き屋さんとかは」
「あれをするには・・・」
 
 タコ焼きするにも、タコ焼き鍋、電気が使えないからガスコンロ、もちろんテーブル、容器から材料費・・・
 
「去年見たと思うけど、手軽な食べ物系はライバルがワンサカいるのよね」
 
 たしかに。タコ焼きだけでも何軒あったか。他もお好み焼きとか、焼き鳥の類もワンサカだった。学祭も一つの商売だから、投資分を回収できないと、会員の穴埋めが必要になるってこと。それは困るって話になって、あれこれ知恵を絞った末に出てきたのが、
 
「西学美人コンテストでミス西学になる」
 
 学祭の初日の目玉イベントが西学美人コンテスト。この手のミス・コンは二十一世紀の初め頃に大きな批判を受けて中止になったり、内容が変わっているのよね。というのも大昔はそれこそ、男による女の美人品評会の様相があったらしいって。

 そこから紆余曲折があり、今の方式になったそう。そうそう名前は今でも西学美人コンテストって、みんな呼んでるけど。これはとっくの昔に変更されて、今では正式には、
 
『ミス西学アワード(MNA)』
 
 使う人は見たことないけど、英語の略称の方は何故か良く使われてる。
 
「ミス西学を取ってどうする気だったのですか」
「そんなもの有料でミス西学とツーショット写真に決まってるじゃない」
 
 その時の試算では、一枚千円で百人撮れば十万円の売り上げになるって。写真もメイルなりLINEで送る算段だったらしい。それは女の商品利用と思ったけど、たしかに当たりそうな企画ではある。問題はミス西学を取れるかどうかだけど、
 
「ヒサヨ先輩が出場したのですか?」
「出るわけないでしょ、チサトだよ。もう入ってたからね」
 
 良くウンと言ってくれたものだ。
 
「その点は懸念もあったのだけど、ケイコは自信満々だったのよ。ああなるのを初めて知ったもの」
 
 ケイコ先輩とチサト先輩は少林寺拳法の姉妹弟子だけど、ケイコ先輩の方が年齢だけではなく、入門年次もかなり上だったらしい。それだけじゃなくチサト先輩が入門した時からかなり可愛がっていたで良さそう。

 チサト先輩も最初は嫌がったし渋ったんだって。まあ、ミス・コンに出るぐらいの女は自分に自信がないと出れるものじゃないと思うよ。チサト先輩は普段はおとなしくて、ふと気が付くと隅っこでイラスト描いているような人だものね。

 ヒサヨ先輩も企画に無理があると思いだしたみたいだけど、突然ケイコ先輩の口調が変わったんだって。
 
『チサト、出なさい』
『はい、ケイコ先輩』
 
 見てたヒサヨ先輩が椅子から転げ落ちそうになったらしい。
 
「ケイコが少林寺拳法の姉弟子モードに入るとチサトもそうなっちゃうんだよ」
 
 あのチサト先輩が・・・信じられないけど、現場目撃者であるヒサヨ先輩が言うなら正しいのだろう。
 
「チサト先輩ならミス西学も夢じゃ」
「それがね・・・」
 
 とにかく美人コンテストだから衣装がポイントと考えて、
 
「カシオペア写真サークルのノリコに頼み込んだまでは良かったんだけど・・・」
 
 ノリコさんの実家は貸衣装屋。さっそく乗り込んで試着を始めたんだって。女って服を選ぶとなるとテンシュン上がるのだけど、
 
「上がり過ぎちゃって、店中の衣装を試着する勢いになって・・・」
 
 百着ぐらいは余裕で試したそう。これも途中から次から次に状態になったらしいけど、ヒサヨ先輩がふと不安になったらしいのよね。
 
『ケイコ、これだけ見たんだから、少しは絞り込もうよ』
 
 その時にケイコ先輩は『はっ』としたような顔になり、
 
『ヒサヨ、絞ってくれてるよね』
『ケイコがやってると思って』
『チサトは?』
『お二人がされているかと思ってましたが』
 
 おいおい、着せ替え人形で遊んでたんじゃないんだから。そしたらケイコ先輩はきっと唇を噛みしめながら天井を睨んだそうで、
 
『先生は稽古のための稽古をしてはならないと、いつも戒められてた。それなのに、今やっているのはまさにそれだわ』
 
 ちょっと、ちょっと、
 
『みんな、やり直すわよ。ダーマから外れたる時には、速やかに戻り、正しき道を歩み直すしかない。回り道した分を取り戻すには倍の努力が必要と先生はいつも仰られていた。今がその時よ』
 
 ヒサヨ先輩もさすがに不安を感じたらしく、
 
『選び直すのはイイけど、コンテストの衣装規定とか読んでるよね』
 
 そしたらケイコ先輩は怖い顔になって、
 
『チサト、取って来て』
 
 あのねぇ、それを最初に確認するものでしょうが。翌日に手許に来た応募要項をひったくるように読んだケイコ先輩は、またもや天井を睨んだそうなのよ。ケイコ先輩は鋭いまなざしで、
 
『ヒサヨは氏原君と知り合いだよね』
『シゲルは宝田さんを知ってるよね』
 
 なんの事かと思えば、審査はダンスもあって、スピーチ対決や、審査員からの鋭い質疑応答もあるんだって。氏原さんはダンス・サークルの代表、宝田さんは弁論研究会の代表だから、付け焼刃でもトレーニングさせようって事だけだろうけど。チサト先輩が、
 
『今は学祭の準備の追い込みですから難しいのじゃないですか』
 
 ケイコ先輩がまたもや天井を睨みだしたそうで。
 
『時期が拙い』
 
 調べてない方が悪いだけだけど。
 
『チサト、何なら踊れる』
『安来節なら』
『心魂の鍛錬にやったな。あれで行くか』
 
 安来節っていわゆるドジョウ掬いだけど、あれを恥ずかしがらずに人前で堂々と踊れるトレーニングをやったことがあるっていうのよね。ヒサヨ先輩は、それはまだ小学生だったから出来たんじゃないかと意見したら、
 
『それも一理ある』
 
 一理じゃない! どこぞの美人コンテストのダンスに安来節を踊る奴がいるっていうのよ。
 
「結局参加しなかった。ダンスは水着だったのよね。ケイコも水着で安来節は合わないと断念したのよ」
 
 あのねぇ、水着じゃなくても、やってはいけないでしょ。チサト先輩の黒歴史として刻まれちゃうところだったじゃない。
 
「それで学祭はどうしたのですか」
「カレー屋にした」
 
 はぁ、食べ物屋は厳しいとしてたじゃない。
 
「結構、売れて、少しだけどクロになってくれて嬉しかった」
 
 喫茶北斗星の名物の一つが特製カレー。これを売ったそうだけど、これを自分たちで作るのではなく、喫茶北斗星でカレーを作ってもらって、それを寸胴のまま運び込んで売ったっていうのよね。
 
「ご飯は」
「あれも運んだ」
 
 それって殆ど喫茶北斗星の出前みたいなもの。
 
「さすがはプロの味だから良く売れた。でも最終日にカツカレーを増やしたのが拙かったかも・・・」
 
 というのも、これまでも学外店舗とのコラボはあったし認められているんだって。
 
「それがコラボの範疇を越えてると問題視されちゃったのよ。ヒサヨはあのカツを増やしたのが失敗だったと見てるの」
 
 もちろんカツを揚げたのも喫茶北斗星。問題視されたのはカツを加えたのではなく、ここまで極端な丸抱え方式をやらかしたとしか思えないけど。
 
「とにかく今後はこの手を使えない」
 
 今年は加茂先輩が引き当てませんように。

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