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恵梨香の幸せ(第6話)結婚式の主賓

 康太の親戚、クリニックとクリアしてホッとしていたら、康太に電話。

「・・・やっぱりそうなるよな。嫁さんに相談してみる」

 聞くと康太の可愛がってた後輩の結婚式。医者の結婚式って教授とか院長とかの錚々たるのが主賓として招かれるのだけど、後輩も既に開業していて面倒そうなのは呼ばないみたい。その代わりと言ったら変だけど康太が主賓として呼ばれるみたい。

 康太一人で行っても良さそうなものだけど、後輩の結婚相手は女医さん。この女医さん側の主賓が夫婦で出席するみたいで、バランス上、康太も夫婦で出席して欲しいぐらいの要請で良さそう。

 とにかく康太と恵梨香の結婚はプロポーズの夜に結ばれて翌日に赤い紙を区役所に提出したスピード婚。だから、そんなに知ってる人もいないから、まだ康太は独身として出席するのもありだけど、それもどうだろうの相談だったらしい。

 主賓と言っても挨拶するのは康太だし、恵梨香は座ってメシ食ってれば済むような仕事だけど、どうも康太は恵梨香を出席させるのに気が向いてなさそう。

「とくに水本先生がね」

 水本先生とは新婦だけど、まず水本先生自身のキャラもクセが相当強いそう。さらに水本先生の親戚はいわゆる高学歴のエリート一族らしい。水本先生も医者と言うか水本病院の娘で康太に言わせると、

「佐田先生も水本先生をわざわざ・・・・・・」

 康太も良く知らないとしてたけど、後輩の佐田先生と水本先生が付き合ってたのは知ってたそうだけど、佐田先生が途中から逃げ腰になり、水本先生から逃げるために開業したって話もあったぐらいだって。

「それでも結婚になったんでしょ」
「まあ、そうなんだけど、あの二人もなんだかんだと長いし、長い分だけ歳も取ってるし」

 良く聞くと水本先生は恵梨香の一つ下で、さらに新郎の佐田先生の二つ上らしい。姉さん女房が悪いわけじゃないけど、いくら女医でも行き遅れの土俵際に見えないこともない。女医だから独身のままでも良いようなものだけど、たぶん結婚願望があるんだろうなぁ。

「色々噂もあったし」

 噂があるのは水本先生の方で、他の医者との結婚話もあったらしい。他にも付き合ってた医者も何人かいたらしいけど、それらの元恋人は他の女性と結婚してるんだって。どうもあれこれ選んでいるうちに誰もいなくなって、佐田先生を強引にゲットした感じでもあるのかな。

「水本先生の御一族も口出しが多いみたいだし」

 佐田先生以外の候補がゴールまで至らなかった原因の一つにそれもあるとか、ないとか、

「やっぱり本人だと思うけど」

 どんだけ!

「でも座ってるだけでしょ。主賓夫婦に余興させたりしないだろうし」
「まあ、そうなんだけど」

 とりあえず新婦も新婦側親族もややこしそうな人たちで、康太が独身であると偽って出席したことがバレたら、なにか後で文句を付けられる可能性があるのだけはわかった。だったら恵梨香が出席すれば済む話じゃないの。

「悪いな、恵梨香。もし式とか披露宴で気になるような事があっても我慢してくれ。言わなければならない時はボクが言うから」

 まあ少々の嫌味や悪口なら初婚の時に言われ続けてるから大丈夫と思うって言って、いざ会場へ。へぇ、梅田のヒルトンか。さすがにリッチだな。結婚式はチャペル式。新郎の佐田先生は優しそうな感じだけど、新婦の水本先生は美人だけどキツそう。

 そこから親族のみの集合写真を撮ってから、披露宴会場に移動。ほぅ、こりゃ豪華だよ。主賓席は一番前だよな。もっとも丸テーブルだから主賓しか座ってないわけじゃなくて、挨拶してるのは康太の知り合いと言うか医者だろうな。

「神保の妻の恵梨香です」

 こんな感じで挨拶しといた。司会者から主賓の挨拶の紹介があってまずは新郎側の康太からだった。無難だけど、新郎の佐田先生の勤務医時代のエピソードを巧みに織り込んで、時に笑いあり、最後にホロっとさせる内容だった。良く出来てると思うよ。

 対する新婦側だけど、いくら新婦を持ち上げると言っても、あれはやり過ぎだろう。あれじゃ、新郎の佐田先生が可哀想じゃない。だってさ、夫婦別姓にするのは良いとして、籍としては新婦の嫁入りじゃない。あれじゃ、婿養子に聞こえちゃうよ。

 そこから乾杯の音頭になって会食が始まったんだけど、嫌でも新婦側の親族の声が聞こえてくるんだよね。

『とりあえず医者だから合格点にしないといけないけど・・・・・・』
『もうちょっと、なんとかならなかったのかね・・・・・・』
『水本の一族としては・・・・・・』

 なるほどプライドばっかり高い嫌な連中だってことか。そしたら、

『神保先生の再婚相手って、プッ』
『蓼食う虫も好き好きでしょうが・・・・・・アハッ』
『よほどお困りだったとか・・・・・・ウフッ』

 ありゃ、恵梨香までターゲットにされてるよ。まあ恵梨香は慣れてるから我慢できるけど、披露宴からやるもんじゃないだろ。クソ元婚家だって、もうちょっと常識あったぞ。この新郎側の陰口、悪口は宴が進むにつれて酔いも回って大きくなって行ったんだよね。

 誰かたしなめるのはいないのかな。というか、門出からこれじゃ、先が思いやられるよ。この日ぐらいは我慢するものだろ。やがて友人の挨拶になったけど、あちゃこれもだよ、新郎側は無難なものだけど、新婦側友人はなんなのよ。完全に新郎の佐田先生を見下してるじゃない。

 あれって女医仲間だろうけど、ちょっと酷くない。それをニコニコしながら聞いている新婦も新婦だよね。恵梨香も後輩とかの結婚式に出たことあるけど、こんな気まずい空気なのは初めてだよ。

 あれこれ聞いてると佐田先生の御親族は普通と言うか、サラリーマンとか自営業の人が多いみたい。佐田先生の家もごく普通のサラリーマンみたいで、奨学金ももらって医者になったで良さそう。どういうのかな、佐田家の中の出世頭みたいな感じで良い気がする。

 一族って言うほど由緒があったりプライドの高い家じゃないみたいだけど、親戚の中に医者がいて嬉しいぐらいかな。恵梨香の家も似たようなところがあるから気分はわかる。自慢して回るほどじゃないけど、ちょっと誇らしいぐらいだよ。

 それなのに新婦の水本家は佐田家の期待の星を見下しているのが丸わかり。だから佐田家の親族の人の表情も硬いし不愉快そうな気分が伝わってくるのよね。主賓席の康太の友だちの医者連中もそうみたい。

「康太、ちょっとこれって」
「そうだな。でも、恵梨香は黙っていてね」

 康太はそっと恵梨香の手を握ってくれたけど、そこから怒りが伝わってくる感じがしたもの。新郎の佐田先生の表情も暗くなってる気がする。ここで、ふと思い出したのが不幸な結婚式の話。

 よく聞くのは新郎や新婦に恨みを持つ友人が、スライド・ショーでスキャンダルを暴露して式を壊してしまうお話。でも、それはほとんど作り話ってなってた。手作り式ならまだしも可能でも、ちゃんとしたところでは会場の人が事前にチェックするから無理なんだって。そりゃそうよね。持ち込まれたDVDの試写ぐらいするし、BGMの著作権の問題もウルサイし。

 後は元カレとか元カノの乱入。これは実際にあるかもしれない。ただ実際のところは乱入しても式場の人が手早く連れ出しちゃうらしい。色んな事情で式を妨害しようよする人は一定数で存在するから式場側もある程度準備してるぐらいかな。

 式はキャンドル・サービスが行われたりの定番で進むのだけど、新婦側親族の悪口・陰口はますます大きくなるのだけど、新郎側親族もなにかあれこれ話し合ってるみたい。切れ切れにしか聞こえないのだけど、

『これは・・・』
『ええ、もう良いと思いますよ・・・』
『やはりでしょ・・・』

 そのうち主賓の康太のところに佐田先生が来て耳打ちして康太は、

「ボクはそれで了解します」

 式次第は進んで新婦から両親への手紙になったけど、読み上げかけた新婦の水本先生から佐田先生はマイクを奪うように取り上げ、

「手紙は結構です。それとお集まり頂いた御来賓、両家親族の皆様、この結婚は破談にさせて頂きます」

 なんだ、なんだ、会場は騒然となり、新婦の両親が詰め寄ったけど、佐田先生が何かを手渡すと顔色が真っ青に変わるのがわかったのよ。

「こ、これは」
「なんてこと」

 新郎の両親は新婦を引きずるように控室に連れて行き、大混乱の中で披露宴は終了。狐につままれたように恵梨香も式場を後にして帰ることになったんだ。帰りの康太の表情も硬かったからマンションに帰ってから事情を聞いた。

「佐田先生も限界だったって事だよ」

 佐田先生が水本先生を愛していたのはホントだったで良さそう。ただ水本先生の方の浮気もあったらしいけど、

「あれが複雑なんだよ」

 水本先生には三つ上の実兄がいるのだけど、強度のブラコンだって。それだけじゃなく実兄も強度のシスコンらしいけど、

「まさか」
「そのまさかなんだ」

 水本先生も兄妹の関係は良くないのはわかってたみたいで、他の男と結婚を目指したらしい。でも最後はどうしても実兄との関係を切れなかったんだって。何度か結婚話が出て潰れたのも、それが原因で良さそう。水本先生の兄妹の関係は医局では公然の秘密レベルになってたらしいけど、

「それでも佐田先生は水本先生を救いたかったんだ」

 そこまでって思ったけど、

「とにかく長いからね。最後は自分しかいないと思い詰めてたよ」

 佐田先生も偉いよな。言ったら悪いけど兄妹で関係してる女なんて気持ち悪くて選ばないよ。それでも惚れたからには救いたいなんて思うなんて。康太の言う『長い』はあの二人にとって重かったんだろうね。きっと楽しいこと、嬉しかったこともあったはず。そんな全部を考えても結婚の条件は実兄との関係の清算だけど、最後に水本先生の御両親に見せた写真は、

「あれも佐田先生は呑み込もうとしてたんだよ」
「どういうこと」

 信じられないけど結婚式前夜の兄妹のモロ写真だって。そんなものがどうして手に入ったかだけど、佐田先生の伯父さんが興信所やってて、徹底マークしてたみたい。これを見せられた佐田先生は動揺しまくりだったみたいけど、

「ボクも新郎控室に呼ばれて、この式が終わるまでに判断するって言われたよ」

 そこまで耐えた佐田先生だったけど、あの披露宴の新婦側親族の態度に切れたんだろうな。言い方悪いと思うけど、キズモノどころでない水本先生を嫁にして救ってやろうの気が萎えても不思議ないもの。

「それもあったけど、最後は恵梨香だよ」
「えっ、なんにもしてないよ」

 結婚式の新郎側の来賓招待には苦労したんだって。水本先生の話は公然の秘密で、教授以下が逃げてしまったらしい。そりゃ、あんまり関わり合いになりたくないものね。水本先生の親族が小うるさいのは知っている佐田先生は困った挙句に康太に相談したんだよ。

 康太は佐田先生のために釣り合いの取れる来賓が来てくれるように駆けずり回ってるんだ。何度も何度も頼み込み、頭を下げて、それこそ康太の顔を立てて来てくれてるぐらいだって。

 主賓の挨拶だって、来賓には康太より格上の人がいたけど、嫌がられたから快諾して引き受けてるのよね。そこまでお膳立てしてくれた康太の奥さんである恵梨香への悪口に最後は切れたで良さそう。

「恵梨香への悪口なんて聞きなれてるのに」
「ボクへのメンツが立たないと思ったんだろう」

 最後のトドメは水本先生の、

『神保先生も趣味悪いよね』

 これだったらしい。おそらくお世話になった先輩の顔に思いっきり泥を塗られた気分になったんだと思う。恵梨香が出席してなかったら、いや恵梨香以外を康太が選んでいたら結果は変わっていたかも、

「たぶん同じだろう。あそこまで行くとある種の病気だよ。結婚したからと言って変わるとは思えないもの。佐田先生にとっては良かったと思ってる」

 かもしれない。兄妹だって男と女。どうしても離れられない関係になってるとしか言いようがないもの。そういう組み合わせの星の下に生まれて来たんだろうな。

「どうなるの」
「どうにもならないだろう」

 せめて佐田先生に幸あらんことを。

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