アカネ奮戦記(第24話)まさかの邂逅
築田先生相手の準備を進めていたのですが、そこに大変なニュースが飛び込んできたのです。
「タケシ、辰巳先生が出場されるだに」
「まさか、ウソでしょう。こんなコンテストに辰巳先生が出場されるなんてありえません」
「そうなんだが、シンエー・スタジオの名で辰巳先生のエントリーが出されてるだに」
衝撃的なんてものじゃありません。辰巳先生となると築田先生とは桁が違いすぎます。一流も一流、超一流になります。あのクラスになると写真大賞の審査委員長ぐらいになり、コンテストなんて通常は出るはずもないからです。
辰巳先生クラスの実力は、オフォス加納で身を以て経験しています。シンタローも言ってましたが、いくら腕を上げても差を詰めるのは誤差の範囲ぐらいにしか感じないぐらいなのです。
「勝てるがや」
「築田先生でも手強すぎるのに、辰巳先生となると・・・」
「そうだろうな」
今日も店番していましたが、絶望感しかありません。この課題はあきらめたくないと思う一方で、辰巳先生の壁はあまりにも圧倒的です。その頂の先が見えないぐらいにしか感じないのです。
もし対抗する手段があるとしたら、馬術大会の境地に入った時ぐらいですが、あそこまで行っても勝てるかどうかと言われると疑問符が付きます。
それと築田先生への準備を進めている時に強く感じたのは独学の限界です。独学が悪いとは思いませんが、与えられた時間も限られています。自分が撮った写真になにか足りないのだけはわかりますが、なにが足りないのか、なにを足せば良いのか暗中模索状態なのです。
オフィスでは撮って帰れば、アカネ先生にみっちり搾り上げられました。これでもかの指摘の山を築かれ、コンチクショウとまで思いましたが、あれで急速に力が付いたのは間違いありません。
オフィスではいきなり修羅場のような実戦に叩きこまれます。見学とか見習いなんて待遇はなく、自分のミスや不手際がオフィスの仕事を直撃するシステムです。ですから常に高い緊張感と燃えるような向上心が無いと勤まるところではありません。
よくまあ、あんなところで暮らしていたとは思いますが、短期間で実力を急速に伸ばすには適したシステムであったと思います。今はあれが必要と痛感していますが、オフィスを逃げ出したボクには無縁のものです。
そんな時に店の前に若い女性が立ち、しきりに何かを確認しています。ちょうど顔のあたりが見えにくいのですが、どうも入って来るようです。この時期に多いのは自分のための記念写真。それこそお誕生日とか、結婚記念日とか。
それとよく見ると抱えているのはカメラバッグです。だったらカメラとかレンズの修理依頼かもしれません。自動ドアが開いて、
「いらっしゃ・・・」
「やっとみつけたぞ」
何が起ったのかボクにはわかりませんでした。そこには、見まごう事なき、あのアカネ先生が立ってらっしゃる。
「どうしてここを」
「大変だったんだから。シノブさんでも、ここまでかかったんだよ」
シノブさんって、会長杯の時の。
「さあ帰ろう」
「帰ろうって言われても、ボクはもう」
「なに言ってるんだよ。これ以上無断欠勤の新記録を更新してどうするんだ」
えっ、どういうこと。
「会長杯の課題は合格だよ」
「だってあの写真は・・・」
「ツバサ先生も驚いてたよ。タケシにあれだけの世界が撮れるんだって」
ふと見るとアカネ先生の目に涙が溢れています。
「さがしたんだぞ、あれからずっとだよ。どうして逃げちゃったんだよ、どうしてアカネを置いて逃げちゃったんだよ」
もうそこから泣き崩れてしまいました。騒ぎを聞きつけた立木さんもやってきて、
「タケシ、彼女か」
「違います。ボクの師匠です」
立木さんが不審そうに、
「こないな若いねえちゃが、タケシの師匠だと言うだが」
「そうです。泉茜先生です」
それこそ腰が抜けそうな感じで、
「泉茜先生って、まさか、まさか、渋茶のアカネ先生だというだにか」
「そうです」
店先では困ると言うことになり、泣き崩れるアカネ先生を奥に連れて行き、
「初めまして。立木写真館の店長をさせて頂いてる立木博通と申します。このたびは・・・」
立木さんもこれほどのビッグ・ネームを前に舞い上がってしまっています。やっと気を取り直したアカネ先生は、
「オフィス加納の泉茜と申します。このたびは青島がとんだ迷惑をかけてしまい申し訳ありません」
「迷惑だなんて。それにしてもタケシが泉先生の弟子だったなんて・・・道理であれほどの腕前があるわけです」
どうにも照れくさくて、オフィス加納にいたことは伏せてました。
「青島は才能があります。麻吹もプロになれる可能性があると申しております」
「麻吹って、あ、あ、麻吹つばさ先生・・・」
「こちらで勤務されておられるのは存じておりますが、なんとかオフィス加納に戻してやって頂けないでしょうか」
立木さんも目が点になっています。そりゃ、そうでしょう。日本どころか世界の一、二を争うと言って良い、アカネ先生とツバサ先生の名前が、こんなところで出て来るのですから、
「泉先生と麻吹先生に、そこまで目を懸けて頂いているのなら、私のようなものがとやかく口を出す余地などありません」
「では」
ここで立木さんが、少し言い澱んでから、
「一つだけタケシにやって欲しいことがあります」
「なんでしょうか」
「城下町フォト・コンテストへの参加です」
アカネ先生は事情を静かに聞かれ、
「タケシやれ」
「でも相手は辰巳先生」
「別にツバサ先生に勝てと言ってないよ」
ああ、これはオフィス加納の世界。この世界にボクはいたんだ。
「それとちょうど良かった」
アカネ先生はカメラバッグから、
「タケシのカメラとレンズだよ」
「これをどうやって」
「シノブさんに感謝してね。見つけ出して、買い戻しておいてくれたのよ。整備もバッチリしといたから」
そこからアカネ先生は立木さんに向き直り、
「あまり日もないようですから、少し青島を指導させて頂いて宜しいでしょうか。御迷惑かと思いますが、そのためのこの店を少し貸して頂ければ助かります」
「こちらこそ光栄です」
それから奥の編集室に。いきなりと思いましたが、
「タケシ、とりあえず撮ってる分を見せてみろ」
「全部ですか」
「当たり前でしょ」
アカネ先生は七五三の写真まですべてチェックを入れていきます。
「これはつまらない」
「これはありきたり」
「おっ、これは面白いところもあるけど・・・」
後ろで立木さんが茫然としてます。アカネ先生が御手洗に立った時に、
「タケシ、まさか全部見られるのかだか」
「ええ、どれだけ時間がかかっても全部です」
延々とチェック作業が行われた後、
「だいぶ良くなってるよ。確実に一皮剥けてるよ。無駄な時間を過ごしてないのは収穫だった。でもね、ちょっと足りないね。明日からビシバシ行くからね」
「はい、アカネ先生」
アカネ先生がホテルに帰った後、
「タケシ、あれが泉先生か。なんて厳しいんだに。タケシの写真にあれだけ指摘が入るとは」
「あれでもだいぶマシになってるのです」
もちろんアカネ先生についても、
「泉先生のお顔は写真では存じてたし、若く見えるのは有名だけど、ありゃ若すぎだに」
「エエ、そうなんですが麻吹先生も、新田先生もそうなので、オフィス加納にいると慣れてしまいます」
立木さんは目をシロクロさせながら、
「神戸のオフィス加納は日本一のスタジオとして有名だけど、そんなところと初めて知っただら」
「そうです、あれこそ写真を目指す者の聖地です」
朝も早くからやって来られたアカネ先生は、
「タケシは撮っておいで」
「いや店が」
「アカネがしとく」
「まさかアカネ先生が記念写真とか撮られるとか」
「それが仕事でしょ。アカネだって撮れるよ。店長さんイイでしょ」
立木さんは茫然、唖然って感じでした。後で聞いたら、
『今日はタケシさんいないの』
『そう言わずに。気に入らなかったらお代はいらないよ』
写真を見て、
『こ、これが私・・・』
『気に入った?』
『もちろんです!』
そりゃそうでしょ。まともに依頼したら何年先になるかわかりませんし、それ一枚でいくらすることか。そうなると口コミが広がって次から次へと。立木さんの方が心配になって、
「タケシ、ギャラはいくら払えば良いんだが」
「まともに払ったら一日で店ごとなくなりますよ。ここの借り賃でイイと思います」
アカネ先生は、アカネ先生で、
「写真館って、結構忙しいのね。もっとヒマかと思ってた」
今日だけで何枚撮ったと思ってるんですか。まあ、あれぐらいアカネ先生なら遊んでいるようなものです。ただちょっと見ましたが、こんな仕事にも一切の手抜きがないのに驚かされます。ただボクの方は、
「ちょっと気取り過ぎ。これじゃ軽すぎる」
「だから小手先の芸に走り過ぎてるよ。もっと真っ向からいかなくちゃ」
「また悪いクセ出てる。腰が引けてるよ」
「だから、ここはアングルを甘くするんじゃなくて、もうちょっと踏み込まなきゃ。それと、もう十センチ右に寄ること」
手厳しい、手厳しい。トドメは、
「アカネの最高の弟子が、辰巳雄一郎如きに後れを取るのは許さないからね」
ふと見るとアカネ先生の目が赤い、
「アカネが付いてるんだ。なにがあっても負けるもんか」