目指せ! 写真甲子園(第35話)ファイナル
ファイナルの撮影会場は予想通り東川町。テーマは、
『営み』
カラー・モノクロの指定なし。さらにこの日は競技開始時刻が朝四時から。北海道は緯度が高いから日の出が四時半ぐらいだから、その前から撮りはじめることになるのよ。競技時間も長くて十二時までの八時間。まさに異例のロング・ランだそう。
営みとなれば生活になるけど、東川町は市街もあるけど、周囲は広大な農園。どこにスポットを当てるかも勝負のカギ。とくに日の出時刻の写真はワンチャンスだから、
「野川君は農園、尾崎さんは街で撮ってきて。五時半にここに集合で作戦タイムにする」
相変わらず麻吹先生からの指示は無し。そう言えば昨日も旭山動物園をまさに見物してたもの。時々すれ違うのだけど、
『やってるな』
こう声をかけてくれるぐらい。それと写真甲子園の雰囲気も独特のものがあって、争ってはいるのだけど、一方で連帯意識も強いのよね。昨日だって最後に雨になったけど、雨対策が不十分なところがあると、当たり前のように助けてくれるのよね。エミたちには指示しない麻吹先生も、
『それでは雨対策に不十分だ。こういう時は・・・』
そりゃ、プロだから完璧な対策を教えて回ってた。もっともエミたちは雨対策も鍛え上げられてるけど。それはともかく、今日のテーマのポイントは、多様な撮影スポットと、長い時間をどう使うかのはず。もう少し言えば、これだけ撮影時間が長いと焦点が散漫になりがちになる点かな。
エミは夜明けの写真がまずポイントと見てる。朝の光を使った効果的なオープニング写真がぜひ欲しかった。テーマが『営み』だから視点が細々しものにどこも重点が置かれると思うのよ。もちろんエミたちも撮るけど、それの集合体じゃ作品がこじんまりしちゃうと思うの。
「撮って来たぞ」
「ミサトも」
どれどれ、二人ともさすがだ。期待以上の物が撮れてる。
「次はこういう作戦で行きたいの」
「わかった」
「任しといて」
次の集合時間は二時間後にした。夜明けの次は営みのスタートが欲しいよね。そちらは二人に任せといて、エミが撮るのは違う視点のもの。三人が同じ目標を同じように撮ったのではダメ。それぞれの個性がぶつかり合って融合してこその組み写真。
どこのチームも頻繁に打ち合わせをやってるみたい。まあ、そうなるね。ここまでで、組み写真とは何かをだいぶ理解したんだと思う。ファイナルのレベルは必ずあがるはず。だからその上を目指さないと勝てないよ。
今回のエミの作戦は昨日までのような決め打ちじゃない。時間をフルに使ってもっとスケールの大きなものを作ってやる。写真甲子園が始まってからでも野川君も、ミサトさんも成長してるのがはっきりわかる。これをフルに使えば絶対に出来るはず。
「野川君、ちょっと弱いよ。もうちょっと強くお願い」
「ミサトさん、狙いはイイけど、ちょっと背景がお留守になってるところがあるよ。ほら、こことか、こことか。これじゃあ、勝てないよ。もっと、もっと、上を目指さないと優勝なんか無理」
時間も半分が過ぎ街もだいぶ動き出してる。ここから動きのある写真が集められるはず。今日は金曜日だから平日なのもポイント。小さな町だけど、拾うつもりなら見えるはず。残り二時間の時点で最後の作戦会議。
「麻吹先生は」
「何人かの監督とお茶してた」
「人気あるものね」
今回の写真甲子園が盛り上がっているのは海外代表が参加してるのもあるけど、それ以上に麻吹先生が参加してるのも大きいのよね。ロイド先生やミュラー先生も世界のビッグ・ネームだけど、それさえ霞むほどの存在。
そのうえで気さくなのよね。陸奥高校だけじゃなく、他の高校の生徒にも気楽に声を懸けるし、アドバイスもルール内ならポンポンしてるもの。とにかく有名人の上にあの美貌と見た目の若さ。去年から見てるけど、どう見たって四十歳を越えてるなんて見えないもの。それはともかく、
「これが最後の撮影になるわ。悔いだけは残さないように頑張ろう」
お昼休憩を挟んでセレクト会議。この日のために残しておいた最後の秘密兵器を使うのよ。それは壮大なシンフォニー。それが出来るように今日は頑張ってもらった。
「これじゃ、ダメ」
「もっとよ、もっと。野川君、ここはね・・・」
「ミサトさん、まだあるはずよ。ここパートに本当に欲しいのは・・・」
とにかくロング・ランだったから撮った枚数も膨大。作戦会議をあれだけ取ったのは、撮った写真を頭に入れておきたかったから。そうなのよ、あったはず、もっと相応しいのがあったはず。
麻吹先生は組み写真の特性として時にベストより、ベターをあえて選ぶ時があるとしてたけど、今日だけはベターじゃダメ、ベストで組み上げなきゃいけないの。そのために今日まで頑張って来たんだ。それが出来るチームになるように。時間ギリギリまで粘りに粘り、
「これで行く」
「よっしゃ」
「わたしたちの集大成ね」
五時から公開審査会がありエミは、
「営みとは暮らし、暮らしとはダイナミズム、ダイナミズムが生み出す壮大な物語です。わたしたちはこの八枚にシンフォニーを込めました。よろしくお願いします」
審査委員長の池本先生がコメンテーターだったけど、しばらく言葉がなかったんだ。池本先生は厳しいけど、高校生のためになるような心温まるユーモアあふれる講評をされるんだよ。あんまり黙ってるからちょっと不安になったんだけど、
「この写真を撮ったのは」
「わたしです」
「こちらは」
「ボクです」
「じゃあ、こちらは」
「わたしですが」
また考え込まれてしまって、どうなってるんだと思ったら、感極まったような声で、
「シンフォニーとは良くつけたものだ。素晴らしい交響楽団とは、合奏の妙味もそうだが、個々の演奏者も優れていないとならない。集まりあう個性をまとめ上げ芸術作品を奏でるのだ。この組み合わせは誰が」
「わたしですが」
「三日間見せてもらったが、どれも素晴らしい合奏だった。これだけの個性をよく引き出しながら、作品とした時により効果が上がっておる。まさに名指揮者だ」
まさに絶賛。イイのかな。なんか麻吹先生に気をつかってるようにも思えるけど。とりあえず審査が終り、表彰式と閉会式までの待ち時間。
「お前ら良くやった。わたしも成果に満足している」
「ホントに良かったのですか。なんか、先生に気をつかっているように感じましたが?」
そしたら麻吹先生はニヤッと笑って、
「その部分は無いとは言えない。だから表に出るのがイヤだったのだ。だがな、わたしから見ても良く出来ていると評価出来る」
なんか感動がジワジワと、
「よく三日間走り抜いた。わたしは満足した。後は結果を待とう」
表彰式兼閉会式は大会委員長の挨拶から始まったの。なかなか温かみのある話で、次は来賓あいさつ。新聞社の代表と、ゼノンの代表からだった。こういうエライさんの挨拶は必要なんだろうけど、結果を待つ身には辛いのよね。
やっと結果発表になったんだけど、まずは特別賞の発表。これは東川町民の投票で選ばれるもので、各ステージで一校ずつ選ばれるの。観客による評価ってところかもしれない。でも選ばれなかった。
次は選手が選ぶ特別賞だけど、団体戦の写真甲子園だけど個人向けの賞に近くて、全作品の中の一枚に選ばれるの。最優秀個人賞としても良いかもしれないけど、これも選ばれなかった。
特別賞の表彰が終わると、いよいよ大会の結果発表だけど、写真甲子園では、
・優秀校五校
・準優勝校一校
・ 優勝校一校
この七校が選ばれて残りは敢闘賞になる仕組み。優秀校から発表になるのだけど選ばれた学校の表情は微妙だな。優秀校に選ばれたってことは優勝校じゃないってことだから、この時点で優勝はなくなるものね。
ここにも選ばれなかったけど、摩耶学園だけじゃなくてUS写真学校も、ミュラー・カメラ技術学校も選ばれてないのよ。そうなると残りは準優勝校と優勝校だからどこかが敢闘賞になっちゃうじゃない。
「準優勝は和歌山県立神藤高等学校」
あれっ? どうなってるの。まさか敢闘賞とか。固唾を飲むってこんなんだと思うけど、ついに優勝校の発表。池本審査委員長が出てきて、
「発表します」
ここまでは淡々とした表彰式だったけど、審査委員長の言葉の直後に会場の照明が暗くなり、スポットライトがグルグル回り、ファンファーレ鳴り響いた。ちょっとビックリしたけど、再び照明がつき、
「・・・写真甲子園の優勝は、私立摩耶学園高等学校です」
えっ、うちよね、たしかに摩耶学園って言ったよね。司会の人が、
「さぁ、ステージの方にお進みください。優勝が決まりました」
ミサトさんが泣いてる、エミだって涙がこぼれてくるもの。野川君も唇を噛みしめてる。ステージに向かったんだけど、その時に監督席から、
「待った、この審査結果は承服できない」
「私もだ」
あれはロイド先生と、ミュラー先生。ここまで来て抗議だなんて。審査委員長は、
「審査の結果に抗議は受け付けません」
こうは言ったものの、ビビってる様子がアリアリ。一方で麻吹先生は涼しい顔。
「こんな審査はインチキだ」
「公平な審査と言えるのか」
凄い剣幕だから会場も凍り付いてるし、エミたちもステージに上がったものの立ち往生って感じ。そこに観客席から、
「ロイド先生、ミュラー先生、お静まり下さい。ここは写真甲子園の表彰式。これを穢すのは醜態ですぞ」
あの声は辰巳先生。来てたんだ。
「あなた方ほどの人が、見えないのが不思議です。結果はあまりにも明瞭。あなたの生徒の写真は上手いだけ。それの単なる集合体の写真。課題は組み写真であるのを理解出来ていません」
「しかしだな・・・」
辰巳先生の気迫は凄かった。まさにねじ伏せるように、
「ここは高校生がその力と技を競うところ。摩耶学園の作品は、これまでの組み写真の概念さえ覆しかねない素晴らしいもの。その評価さえ、あなた方は出来ないと世界に発信されているのがわかりませんか」
「うぅ」
「ロイド・メソド、ミュラー・メソドと言えば世界の写真を志す者が学ぶところ。そのトップの眼力がこの程度とさらけだしているのと同然です。麻吹先生、何かご意見は」
麻吹先生は壇上の審査委員長に丁寧に発言の許可を取り、
「審査結果に監督が口を挟むのは許されざることです。あえて意見を求められるのであれば、開会式の緊急ミーティングで申し上げましたように、わたしはどんな審査結果も受け入れます。以上です」
すごすごと言う感じでロイド先生も、ミュラー先生も席に着き、セレモニー再開。
「では優勝旗の授与です」
野川君が代表して受け取り、続いて表彰状が読み上げられてエミが受け取った。そこから三人にメダルが授与されて、副賞はミサトさんが受け取った。そこから優勝の感想をそれぞれに聞かれて、席に戻ると、
「では優勝した摩耶学園の栄誉を称えて、校歌と共に二十四枚の写真をご覧頂きます」
見ながらファースト審査会からの苦心が甦ってきた。いや、もっと前、写真甲子園を目指そうと野川君を励ました日の事も。あれから、ひたすらこの日、この時のために頑張って来たんだ。夢が、夢が・・・ここから六人の審査員から大会全体の講評を頂いたんだけど、その中で、
「今年の大会は海外からの招待校もあり、例年にない盛り上がりをみせたと思います。我々審査員も、選手諸君のその熱気に負けないだけの審査をやり抜いたと自負しております」
審査する方も大変だったと思うよね。その後に高校生ボランティア代表からのメッセージがあり、ボランティアが撮っていた写真のスライド・ショー。やだ、あんな顔してセレクト会議でエミは編集やってたんだ。そして優勝旗を先頭に場内を一周回って退場。ホールには麻吹先生が出迎えてくれて、
「やったな」
「はい」
そこから優勝パーティー。麻吹先生にも聞いたのだけど、やっぱり辰巳先生の言う通り、US写真学校もミュラー・カメラ技術学校も、しょせんは個の集団でチームになってなかったで良さそう。
「だから最初の緊急ミーティングで言ったじゃないか。通訳兼コーチぐらい付けてやらないと勝負にもならないってな」
US写真学校もミュラー。カメラ技術学校もファースト審査の時点では決して悪くなかったみたい。ところがセカンド審査以降は、まとまっていくどころかバラバラになったぐらいの感じかな。他の代表校が審査員のアドバイスを一生懸命取り入れて上がって行ったのに対して、日本の審査員の意見を軽視して急降下したで良さそう。
「ロイドもミュラーも写真甲子園を知らない。写真甲子園に棲む魔物を知らない。ここは普通のコンクールではないのだ。ポッと参戦して勝てるほど甘くない」
そこから笑いながら、
「あいつらナンパに励み過ぎだよ。写真甲子園はそんな甘いところじゃないのを学習したと思うよ」
あれは余裕にも見えたけど、結果で言うと慢心だったみたい。
「でも辰巳に借りを作ったな。まあだいぶ貸してあるから、あれぐらい良いかもしれない」
「先生が呼ばれたのですか?」
「違うよ、明日の国際写真フェスティバルのゲストだよ。ロイドやミュラーが来てるから辰巳が出ないわけにはいかないだろ」
なるほどロイド・メソドとミュラー・メソドのトップが来てるから、西川流の総帥もいないとバランスが悪いってことか。それにしても、どこまで麻吹先生は計算してたんだろう。でも優勝旗があるのはまさに現実。
「麻吹先生、ありがとうございます」
優勝旗を中心に記念写真を撮りまくった。
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