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シノブの恋(第29話)愛梨のプライド

 会場は甲陵倶楽部。シノブは初めて来るけど、こりゃ立派。広大な森の中にあるようなものだものね。案内された厩舎も北六甲クラブとは大違い。馬は小林社長に頼んでシノブはコースの下見。

 障害馬術と言うよりクロスカントリーに近いぐらいの距離がある。そうなのよ、箱庭の障害を飛ぶと言うより、森の中に設定されたコースを駆け巡る感じ。馬場でのコースと森の中のコースが組み合わされてる感じと言えば良いのかな。

 距離も長いのだけど、森の中のコースは起伏に富んでいて、小川を飛び越えたり、水濠があったり。障害の高さ、大きさも半端じゃないのよこれが、だって馬場の障害だけで通常の大障害と同じだもの・・・こりゃ難度高いわ。
 
「どうシノブちゃん」
「手強そうです」
 
 事件は騎手ミーティングの時に起こったのよね。外部からの招待騎手もいるからルール確認だったんだけど、最後に、
 
「なにか質問は?」
 
 こう審判長が言った途端に、
 
「コース設定がフェアじゃありません。作り直すべきです」
「どういうことかね、神崎君」
 
 あれが神崎愛梨か。実物を見るのは初めて。それにしてもコース設定のどこに問題が、
 
「森のコースは普段の練習用の設定と殆ど同じじゃありませんか。倶楽部会員だけの競技会ならともかく、招待選手には明らかに不利かと」
 
 なるほど。倶楽部所属の騎手とっては普段の練習コースなんだ。
 
「いや、同じではない。例えばだが・・・」
「間違い探しをしているのではありません。これでは甲陵倶楽部会員が明らかに有利になります。そんなアンフェアな条件では参加出来ません」
「待ってくれ、もうすぐ大会は始まるのだぞ。それに森の周回路を作り替えるとなると手間と時間が必要になる」
「延期にすれば宜しいかと。強行されるのなら私は参加を取りやめます」
 
 こりゃ、プライド高いわ。ホームコースだからそれぐらいは有利さがあってもイイようなものだけど、それが許せないとはね。
 
「神崎君は参加を取りやめると言うのかね」
「ええ、このコースで招待選手と戦うのは神崎愛梨のプライドに関わります。言うまでもないですが、甲陵倶楽部の名誉にも関わります」
 
 神崎愛梨を見直した。お金持ちのワガママお姫様と思ってたけど、なかなかどうして、ここまでのフェア精神があるんだ。女としても強敵だぞ。神崎愛梨の主張に騎手ミーティングの会場はざわついたのだけど審判長は、
 
「神崎君の意見はわかったが、招待選手の意見も聞いてみたい」
 
 順番に聞かれたのだけど、
 
「それはホームコースの有利さだから構わない」
 
 こんな意見だったのよ。シノブも似たような感じ。でも神崎愛梨は納得しなかった。
 
「招待選手の方々の紳士及び淑女に相応しい発言に敬意を表します。それでもハンデに相違ありません。どうしても大会を開催されるなら、森の周回コースは中止し、馬場のみに限定すべきかと」
「その条件なら神崎君は出場してくれるのかね」
 
 審判長を始めとする役員がしばらく協議した末に、
 
「神崎君のよりフェアに戦いたい気持ちを尊重し、コースは変更し、馬場のみの障害飛越にて大会を開催することにする」
 
 神崎愛梨のフェア精神もビックリしたけど、甲陵倶楽部もなにがなんでも神崎愛梨を出場させたいでイイみたい。そうしたら神崎愛梨がツカツカとシノブのところに歩いてきて、
 
「結崎さんとお呼びした方が良いですか」
「ええ」
「この大会がトーナメントを重視しているのは御存じですね」
「かつてはそうだったらしいぐらいは」
「私は貴女との対戦をデュエロとしています。そのつもりでお願いします」
 
 それだけ言うと立ち去ってしまっちゃった。そっか、そういう意味か。コトリ先輩ではなくシノブが招待されたのは、そのためか。あれだけフェアにこだわったのも同じ理由として良さそう。

 もう一つ気になったのは、名前の呼び方を確認したこと。あれはシノブが夢前遥であることも知っている以外に考えられないじゃない。そう、夢前遥が誰であるかも知っての上の発言に違いない。

 でもデュエロはイイとしても、シノブが勝ったら神崎愛梨は手を引くとか。たぶん条件としてはそうかもしれないけど、実際のところは違って、負けるとは夢にも思っていないから、シノブに勝つことで完全に手を引かせる目的と見た方が良さそう。

 これはシノブの恋でもあり、女神の恋でもある。シノブが勝っても神崎愛梨が退くとは思えないけど、シノブが負けて退かされるのは許されないよ。なんとしても勝って見せる。

 
 そうそう、今日の装備はすべてコトリ先輩のプレゼント。
 
「さすがに今度は北六甲クラブのレンタルじゃ見栄えが悪いやろ」
 
 ヘルメット、ブーツ、プロテクターは既製品だったけど、鞍がなんと手作り。コトリ先輩が器用な人なのは良く知ってるけど、皮革製品までとは。
 
「まあ革は商売物やから手に入るやんか。そやから鞣すところからせんでもエエのは助かったわ」
「でもここまで出来るとは」
「当たり前やろ。エレギオンで鞍作っとってんから」
 
 なるほどね。使ってみると、お尻の馴染みが全然違う。
 
「そうやろ、シノブちゃんの好みはよう知っとるさかい」
 
 これも聞くと古代エレギオン時代の女神の鞍はコトリ先輩担当だったとか。
 
「女神の男の鞍も作っとったで」
 
 次座の女神の鞍を使えるのは、女神の男の栄誉の一つだったで良いみたい。
 
「あんまり栄誉に思い込み過ぎて、仰山死んでもたけどな」
 
 今は命を懸ける道具じゃないから気楽だと笑ってました。でもこれで装備はバッチリ。神崎愛梨と決戦だ。

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