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ツーリング日和(第27話)ケニーロード
バリ伝で巨摩郡がフレディ・スペンサーになぞられ、ライバルのラルフ・アンダーソンがケニー・ロバーツになぞられたのは有名だ。
「ラルフのラッキーストライク・ヤマハの監督なんか、モロのケニー・ロバーツやからな」
「HRCの梅田も福井威夫だろう。こっちはそれほど有名人じゃないから忘れられてるが」
脇役のライダーも実名がゴロゴロで、エディ・ローソン、ワイン・ガードナー、ランディ・マモラ、ロン・ハスラム、ニール・マッケンジー、クリスチャン・サロン・・・当時のGPシーンを彩った名ラーダーたちだが、
「今でも名を残しているのはステディ・エディぐらいやな」
バリ伝の最終回は鈴鹿で、出遅れたグンが奇跡の猛追の末の逆転劇を演じるのだが、一九八三年の最終戦も負けず劣らずで良いと思う。最終戦を迎えた時点でフレディがリードしており、ケニーがチャンピオンになるには優勝するだけで届かず、フレディが三位以下になることだった。
「それ、どっかで聞いたことがあるで。ケニーの作戦は・・・」
ケニーがフレディを抑え込み、チームメートのエディにフレディを抜かせることだった。ケニーはあらん限りのテクニックでフレディを抑え込んだのだが、
「それでもエディはまったく追いつけんかったんや」
エディ・ローソンも偉大なGPライダーで、翌年にはチャンピオンになり、計四度の世界チャンピオンになっている。そんなエディでさえ、ケニーにブロックされているフレディにまったく追いつくことが出来なかった。
エディがはるか後方にいる事を知ったケニーは、猛然とスパートして最終戦には優勝。しかしチャンピオンは二位に入ったフレディの手に渡ることになる。まあ、このストーリーではマンガのラストに良くないから変えたのだろうが、実話だってこれぐらい凄まじいのが一九八三年だ。
「スウェーデンGPも脚色が多かったな」
実話のスウェーデンGPは終始先行するケニーにフレディが最終コーナーで無理やりインをつき、そのために両者コースアウトになる。そこから猛ダッシュ合戦になったが、勝ったのはフレディだった。
このレースは一九八三年の天王山だったとも言われているが、フレディの強引さを非難する声に対して、ケニーはわずかな隙を見せた方が悪いと言い、その隙を果敢に攻めたフレディを称賛している。
バリ伝ではペナルティで次のレースの欠場を余儀なくされ、ラグナ・セカのドラマにつながる展開だった。
「あの辺で作者もネタギレやったかも。奇跡の巻き返し劇を三回もやったからな」
「ポール・リカールと、ラグナ・セカと鈴鹿だろ。だけど、そこまで言うのは酷だよ。実話が凄すぎたのだ」
バリ伝はラストは主人公のグンがチャンピオンになったことで終わるし、翌年もまたラルフとのライバル対決を予想できるものだったが、
「実話はこの年限りでケニーは引退したんよな」
じゃあ残されたフレディの黄金時代が来たかと言えば翌年はエディに敗れている。
「その代わりやないけど一九八五年には空前絶後の二五〇CCと五〇〇CCのダブル・タイトルを獲ってる」
だがフレディはそこで終わる。腕の血行障害に悩まされたらしいが、それ以降は一勝もしていない。
「バリ伝でもグンとフレディを重ね合わせるシーンはあったよな」
「天才の輝きは短いってな」
数々の名ライダーで彩られた一九八三年で、今でも名を残しているのはケニーとフレディと、そうだなエディとガードナーぐらいだ。
「オレたちに取っても伝説どころか、神話みたいなものだからな」
「それでもケニーは今でもキングや」
この話を一編のドラマにどうやって紡ぎあげようか。
「それやったら、エエ案があるで」
ケニーは親日家でもあったようで、何度も日本を訪れているし、鈴鹿の八耐にも出場している。それだけでなく、
「ケニーの名を冠した道さえあるやんか」
「ケニーロードか」
加藤のプランはケニーロードを走りながら伝説の一九八三年のWGPの激闘を語り、同時にキング・ケニーも偲んだらどうかだった。
「ついでに男のキャンプ企画もやったらエエやんか」
「どこかあるのか」
「このキャンプ場は絵になりそうな気がせえへんか」
なになに、坊中キャンプ場か。全面芝生張りとは寝心地良さそうだな。
「ツーリングの方は、やっぱりしまなみ海道からか」
「変化球使おうや」
変化球。なんだそりゃ、
「松山からフェリーや」
そんなのあったな。松山・小倉フェリーだったっけ。船旅挟むのは企画としては悪くないか。だったら小倉から阿蘇を目指す事になるが道は楽勝だな。
「阿蘇言うたらミルクロードとケニーロードになるけんど、他にも紹介しとこうや」
ツーリング・チャンネルでもミルクロードとケニーロードばっかりだし、あそこを紹介したい気持ちはよくわかる。それぐらいの絶景コースだ。
「ついでやけど骨休めせえへんか」
いいかもな。男のキャンプは見せる演出のためにとにかく荷物が多くて、動画上では楽しそうにやっているものの、設営、準備、撤収、もちろん行き帰りも大変なものだ。さらに言えばキャンプを重ねることに新味が求められる。
ユーチューバーで食べて行くためには当たり前のことだが、最近はこれで良いのかの疑問を持つことがある。
「ユーチューバーとテレビはちゃうと思てるんよ」
ユーチューバーもピンキリで、それこそスマホ一つでやってるものから、スタッフを抱えて撮影隊を組んでいるところまである。
「事務所かまえて大規模にやってるところが悪いとは言わんが、あれはテレビに近いやり方や」
「だよな。企画に沿って演じている役者のようなものだ」
ユーチューバーの原点は何かなんて大上段にふりかぶる気はないが、オレはバイクが楽しいと思い、その楽しさを多くの人に知ってもらいたいから始まった。そりゃ、試行錯誤は山ほどあった。
「そこやと思うねん。あれはやってる当人がオモロイとしてるのがスタートのはずや」
男のキャンプは番組として好評だが、肝心のやっているオレたちが面白いどころか苦痛に感じ始めているのはオレもそうだ。男のキャンプだって最初は面白かった。だが回を重ねるごとに重荷になっている。
「最初から余裕なかったからな」
バイクで本格キャンプだが、どうしても荷物が多すぎた。そこまで持って行かないと本格キャンプに見えないから仕方がないことだが、バイクに積むには最初から無理があり、ここに新企画の荷物が増えるとアップアップも良いところだ。
「潮時か」
「だから骨休めや」
男のキャンプの最終回にするのか。それで良いかもしれない。
「骨休めして離れたら、またエエ企画が思いつくで」
「そうだな。じゃあ、どこに泊まる?」
二人で阿蘇周辺の温泉をあれこれ調べて回った結果。
「ここどうや」
「悪くなさそうだな」
ここで加藤が悪戯っぽく笑って、
「なんでも原点があるし、行き詰ったら原点に戻るのは鉄則や。今度のツーリングは出来るだけ楽しもうや」
「そうだな。そうしよう」