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浦島夜想曲(第22話)マリーの仕事

 社長に小会議室に呼び出されました。本来なら社長室のはずですが、なぜか使えないので小会議室です。呼び出されたのはマリーとJJことジョナサン・ジョンストン。
 
「JJ、あなたのロッコールの仕事は終りよ。マリーに代わってもらう」
「えっ、もう少し時間を下さい」
「もう時間と費用の無駄よ。あなたには別の席を用意させてる」
 
 JJの顔が真っ青になっています。社長がこう言う時は左遷通告なのですが、段階分けがあるのも周知のことで、ちなみに『相応しい席』なら左遷ながらも挽回のチャンスが与えられ、『あなた向きの席』なら努力次第でチャンスはゼロではありません。これが『別の席』となれば、
 
『あなたは無能だから不要』
 
 こう言ってるのと同じ意味です。JJだって良く知っていますから、
 
「社長、ちょっと待ってください。今準備を進めてる計画には絶対の自信を持っています。その結果が出るまでは・・・」
「JJ、話は終ったわ。出て行きなさい」
 
 怖かった。社長の怖い顔は良く知っていますが、あれが話しに聞く社長の睨みなんだ。関係のないマリーまで震え上がります。JJも口をパクパクさせてるだけで声が出ません。JJは後ずさりしながらドアに近づき、まるで放り出されるように、飛び出していきました。
 
「JJも期待外れだったわ。マリー、任せたわよ」
 
 ロッコールはレンズを主力にした精密機械メーカー。五年前に経営難からクレイエールHDに買収されています。買収後も経営の方は赤字続きで、三年前にテコ入れのために投入されたのがJJです。エレギオンHDでも、これをどうするかが問題になっています。
 
「わかりました。お任せ下さい」
 
 こういう人材派遣による立て直しはしばしば行われ、マリーも初めてはありません。でもロッコールは手強そう。レンズというかカメラ業界はスマホの普及により業界のパイが縮小しています。そりゃ、スマホで撮っても十分綺麗ですし、わざわざカメラを別に持って行くのは荷物になりますからね。そのうえ、スマホなら撮ったその場でネットにアップするのもお手軽です。

 ロッコールも歴史ある企業で、フィルム時代からカメラも販売しており、今でもマニアの間では歴史的名機と珍重されているのもあります。しかしデジタル化には乗り遅れてしまっています。そのために高級品分野での生き残りを目指していたようですが、ニッチもサッチもいかずに身売りとなっています。

 エレギオンHDが買収してからも経営は振るわずJJが送り込まれていますが、JJが何をやったかの検証は重要です。まずは完全なお荷物状態のカメラ部門を閉じています。その上で大規模なリストラを断行し人件費の節減を行っています。

 ここまでは定石通りの支出の削減策です。しかしその程度の支出削減ではまだ赤字で、次は収入の増大策が必要になります。単純には何を売るかです。JJの判断は従来の高級品路線から、中級品・普及品へのシフト・チェンジでした。

 JJの狙いは、高級品イメージのロッコール製品が手頃に手に入るようにしたで良さそうで、この路線チェンジは当初は成果を挙げています。JJの次なる戦略は大幅なコストダウンによる売り上げ増大です。

 そのために中国への委託生産を積極的に展開しています。これも流行の手法ですし、中国製のレベルも高くなっているのですが、JJはやり過ぎたと見て良さそうです。大幅なコストダウンを狙う余りに、製品の質の低下を招いています。ネット時代ですから、欠陥品が一つ出るだけで画像付きでアップされる時代です。出てきた評判が、
 
『ロッコール製品にはハズレが多いから買うな』
 
 このために業績はじりじりと低下。焦ったJJはさらなるコストダウンに走りましたが、質はさらに低下。次には、
 
『あれは単なる安物、粗悪品』
 
 社長がJJをあれほど怒ったのはこの点です。エレギオン・グループは超高級ブランドであるエレギオンの金銀細工師をシンボルとして、高級・高品質をグループ・イメージとしています。これは信用・安心にも連動するので大切に守り育てているのです。この点について社長は何度も強調しており、
 
『ミクロ利益の追及に走り過ぎ、マクロ利益を失うことは決してあってはならない』
 
 JJはエレギオン・グループから見ればミクロであるロッコールの利益を追求するあまり、グループ全体の利益を損ねただけでなく、ロッコールの立て直しすら出来ない無能者と社長はベッタリと烙印を押されています。

 
 マリーはJJの失敗を繰り返してはなりません。マリーに求められているのは単なる業績回復だけでなく、JJが貶めたブランド・イメージの回復も必要なのです。そのうえ、経営自体に余裕はまったくなく、ある程度の短期間で成果を挙げる必要もあります。

 マリーはロッコールに乗り込んでから、ひたすら現場を見て回りました。これはパリのルナに叩きこまれています。現場を知らずして、経営なんて出来ないってところです。もちろんマーケティング調査も並行して行わせています。

 現場はJJが行ったドライなリストラ、厳しいコスト・カットで疲弊と士気低下がありましたが、意外なほど熱いものを感じます。単純化すれば、
 
『うちの力はこんなものじゃないはず』
 
 現場の声としてJJの行った安物路線への反発は強く、高級品路線で勝負したいの思いが、かなり強いと受け取っています。マーケティング調査の方も似たような結果で、
 
『名門ロッコールに相応しい製品なら買う』
 
 ならば高級路線に戻せば話が済むかといえば、そうではありません。その路線で行き詰まり身売りになってるからです。ルナに教えられた経営哲学を思い起こしていますが、
 
『売りたいものと、買いたいものは同じじゃない』
 
 今回であれば客が求める高級品を出せば、それなりには売れるでしょうが、それだけではロッコールの再建は無理です。客層を広げて、売り上げを増大させる戦略が求められるのです。

 マリーの判断として、まず新たなフラッグ・シップ・モデルを開発し投入することにしました。これについて社内は沸き立ちました。JJ時代はひたすら安いものを作る事を求められた反動だと見て良さそうです。

 ここでマリーが求めるフラッグ・シップ・モデルは、単なる新製品ぐらいじゃダメなのです。JJ時代の不評を一掃し、世間が驚かせる強烈なインパクトが不可欠なのです。この点に苦慮する事になります。

 そんな時に耳寄りなニュースが飛び込んできました。あの加納さんが現役復帰をするというのです。このニュースは大きな話題になっています。加納さんは三度ほど会った事があり、顔見知りです。さらにエレギオンの四女神と一緒に旅行をするぐらい親しいですし、香坂常務によると。
 
『エレギオンHDのVIPぐらいに思ってたらイイわ』
 
 調べてみると加納さんはロッコール製品の愛用者でもあるようです。マリーはオフィス加納復活祝いをかねて秘策を抱いて挨拶に伺いました。
 
「マリー、かつてのロッコールはわたしも好きだったわよ。でもね、今のロッコールには魅力は無いわ」
 
 これが現状であるのは良く知っていますが、話はここからです。
 
「では先生の求める理想のレンズとは・・・」
 
 これについてはさすがで、語り始めると段々に熱を帯びてきます。脈はあると見て、マリーの秘策を出すことにしました。
 
「先生が理想とするレンズを一緒に作り上げたいのです」
 
 ここが難関で、加納さんはCM関係には出たことがありませんし、こういう協力は好まないの評判があったからです。でも思いがけない展開となり、
 
「おもしろうそうじゃない。ロッコールには愛着あるし、やってもイイかな」
 
 最大の難関があっさり越えられたのでホッとしたのですが、次の難関はギャラです。加納さんへの撮影依頼料は日本一、いや世界一として良いものです。こういう協力に相応しい依頼料はいくらかがまずあります。

 それと悔しいですが、ロッコールにカネがありません。マリーはエレギオンHDからロッコール再建のために派遣されていますが、ロッコールはクレイエールHDの子会社で、金融支援はクレイエールHDからになります。

 これも買収以来の赤字続きで、クレイエールHDの財務責任者はマリーの顔を見るだけで、これ以上はないぐらいの渋面になります。エレギオン・グループ全体の方針としてロッコールはまだ潰さないだけは決定していますが、
 
『余計なお荷物、無駄飯食い』
 
 こういう状態で、マリーが打ち出したフラッグ・シップ・モデル開発資金の調達も泣き落とし状態で、まさに冷やかに、
 
『アンダーウッド社長、クレイエールHDは打ち出の小槌ではありません。日本には、仏の顔も三度までって言葉がありますから覚えておいて下さい』
 
 そうやって調達した開発資金もお世辞にも十分とは言えません。要求額の半分をなんとか引き出せたに過ぎないのです。そうなんです、そもそも加納さんに顧問料なり、監修料を払う余裕さえロッコールにはないのです。でも、タダってわけには行きません。どこから切り出そうと悩んだのですが、直球勝負で挑んでみました。
 
「先生、申し訳ないのですが、協力料は・・・」
 
 これまた加納さんの反応はマリーを驚かせました。
 
「ああ、ギャラ。写真じゃないからいらないよ。ボランティアにしとく」
「それではあまりにも」
「カネないんでしょ。この加納志織がチンケなカネで仕事を引き受ける方が名を穢すわよ。まあ、いくら稼いでも棺桶まで持って行けないのもあるしね」
 
 ボランティアならカネはかかりませんが、その代わりに、どれほどの協力があるかが不安になりました。ここはもう割り切って考えるしかなさそうで、新製品の開発に加納さんが関わっただけで満足しないといけなさそうです。
 

 しかし事態はまたまた思わぬ方向に展開します。まず加納さんが協力してくれるの話だけで、現場の士気は見違えるように上がりました。これも新製品開発で一度は盛り上がったものの、開発予算の乏しさと、開発期間の短さで、
 
『ムチャ言われても、無理なものは無理』
 
 こういう空気が漂っていたのです。カメラや写真業界で加納志織の名がどれほどビッグ・ネームなのかを改めて思い知らされた気分です。

 期待していなかった加納さんの協力ですが、マリーでさえ頭が下がる思いでした。基本コンセプトから関わり、自分がプロとして使ってきた、様々なレンズの使い心地、その特性を技術者たちに熱く語り、自分が本当に欲しいレンズの具体的な要望を納得いくまで何度でも語ってくれています。

 これは開発作業が始まってからも同じで、お忙しいはずなのに必ず週に一度以上は開発現場を訪れ、
 
「どう、上手く進んでる?」
 
 こうやって声をかけて回られます。加納さんが現れるたびに社内の士気の高まりが熱気に変わっていくのをヒシヒシと感じます。もっとも製品の評価は厳しくて試作品を自らテストされ、
 
「これがわたしの理想だって。舐めてもらったら困るわよ」
 
 現場もこれに応えるために懸命です。マリーも大変で開発費がドンドン膨れ上がります。こういう時の判断として、ここまでの開発品で妥協するのも十分考えられるのですが、ここは勝負に出るべきだと判断しました。判断はしたものの、カネが湧いてくるわけではなく、万策尽きて立花副社長に相談にうかがいました。
 
「マリー、ロッコールはクレイエールHDの子会社やで」
「それはわかってますが、クレイエールHDもこれ以上の投資について難しいとの判断がありまして」
 
 もちろんクレイエールHDにも何度も足を運びましたが、まさに剣もホロロで終わっています。他の金融機関に頼るにも、既に会社の資産は何重もの担保になっており、どこも門前払い状態です。
 
「ムダ金はビタ一文も会社にないで」
「そうなんですが、このプロジェクトは・・・」
 
 立花副社長はニコニコしながら、マリーの話を聞き、
 
「クビかけなアカンで、自信あるんやな」
「もちろんです」
「おもしろそうやから、なんとかしたるわ」
 
 なんとか開発費を確保しました。そしてついに加納先生が納得してくれる新しいモデルが完成しました。ここでなんですが、この新たなフラッグ・シップ・モデルのネーミングも会議でもめにもめていました。そんな時に加納先生が現れ、
 
『加納志織モデル』
 
 これを自ら提案してくれたのです。それだけでなく、そのレンズを使っての作品まで撮って頂き、
 
「宣伝に必要でしょ。わたしの名前のモデルのデモ写真を他人に撮らせるわけにはいかないからね」
 
 新製品の発表も苦悩していました。JJ時代の悪評はしっかり続いています。そんなメーカーの新製品発表にどれほど注目してもらえるかなのです。そうしたら加納先生は、
 
「乗りかかった船だから協力するよ」
 
 まるで魔法を見ているようなものでした。ロッコールの新製品開発に加納さんが深くかかわり、なおかつその発表会に加納さんも出席するとなっただけで、取材申し込みが殺到しました。業界誌や、経済紙はそれこそ全社、これに加えて一般紙、スポーツ紙、週刊誌、さらにはテレビ取材の申し込みがゴッソリです。

 当初は自社ロビーで行う予定でしたが、そんな規模では収まるはずもなく、クレイエール記念ホールを借りての大々的なイベントになりました。その席上で加納さんはレンズの印象を聞かれたのですが、
 
「わたしの理想がここにあります」
 
 この一言の反響がまた凄かった。その日の夕方のニュースとして報じられるぐらいで、流行語大賞の候補にもなったぐらいです。広告費の捻出にも四苦八苦していましたから、本当にありがたかったです。製品評価も上々で、ある批評誌などは、
 
『ロッコールの新たな伝説の始まり』
 
 手放しに近い絶賛の嵐です。超どころでない高級品にも関わらず、予定生産量を大幅に上回る受注が舞い込み、嬉しい悲鳴状態です。マリーの狙いは当たりました。加納志織のブランド力を利用して、ロッコールの不評を吹き飛ばす計画でしたが、これは想定以上の大成功を収めたと言えるでしょう。

 次なる展開は、加納志織モデルより幾分質を落としたライン・アップをそろえて行くことです。加納志織モデルを一〇〇点とすれば、まず九〇点、八〇点クラスのモデルです。とにかく加納志織モデルの価格はトンデモないものでしたから、いくら売れてもたかが知れているからです。

 加納志織モデルが百点の超高級クラスとすれば、九十点・八十点モデルは高級クラスになります。ここも成功を収めましたが、まだこれでは売り上げとしては不十分で、本命はその下のクラスになります。

 マリーは六十点クラスを中級品と位置づけ開発を進めました。この六十点モデル開発は加納志織モデル以上に重要で、質の維持と大幅なコストダウンの並立という難問でしたが、ロッコール技術陣は見事に期待に応えてくれたのです。辛口で有名な批評誌でも、
 
『この価格で加納志織モデルに匹敵する出来栄えとは信じられない。まさに夢のモデル。ロッコールの本気がここに詰まっている』
 
 マリーの戦略は高級品モデルでブランド力をV字回復させ、その品質に近い中級品で販路を拡大するものでした。実際のところはこんな単純な話ではありませんが、ついに単年度ですが赤字から脱却し、経営が軌道に乗りそうなところまで漕ぎ着けました。次はJJが閉鎖したカメラ部門の復活が検討されています。

 
 ロッコール再建も目途が着いた頃に社長にバーに誘われました。
 
『カランカラン』
 
 香坂常務に連れて行ったもらったバーです。なんか社長と二人で飲むのは怖いのですが、
 
「まずまずね」
「立花副社長が支援を決断してくれたのに感謝しています」
「クレイエールHDが渋ったのは仕方ないわ。でもコトリはマリーの計画を認めてたわよ」
 
 副社長も一度『ウン』と言ってからは、追加支援も含めて満額回答でした。
 
「それと加納先生の協力が得られたのがラッキーでした」
「シオリもあそこまでやってくれるとはね」
「本当に感謝しています」
 
 どうしても謝礼が気になっているのですが、
 
「それはこっちで処理しとくから心配しなくてイイわ」
 
 話は変わって、
 
「マリー、ロッコールへのテコ入れは期待通りだったけど、マリーにロッコールに行ってもらったのは他にも目的があるのよ」
「他とは」
「ミサキちゃんに聞いてるでしょ。女神の仕事よ」
 
 ああ、そんな話もあったけど、
 
「ロッコールは写真文化振興協会に慣例的な理事枠を一つ持ってるのよ。マリーが社長になれば自動的に理事になってるでしょ」
 
 十年前はまだロッコールにも余裕があり、協会設立にかなりの資金協力を行ったためです。
 
「そうなんですが、あの指示の理由はなんなのですか?」
 
 これもロッコールに派遣される時に受けていた指示で、理事会ではとにかくたどたどしくしゃべり、話が少しでも込み入ればわからないフリをするように言われてました。理事会は、ほとんどシャンシャンですからとくに不都合はありませんでしたが、
 
「マリーは白人じゃない」
「そうですが、エレギオンHD並びにグループで人種や国籍は・・・」
「そうなんだけど、言葉の問題で便利なの。白人なら日本語が不十分でも怪しまれないじゃない」
 
 エレギオンHD本社の公用語はなんと日本語です。マリーもルナに言われてかなり勉強しました。でも国際化時代に今さらと思ったのも確かです。そしたら社長からルナと同じことを言われました、
 
『この会社は日本にあるのよ。日本語ぐらいしゃべれなくてどうするの』
 
 公用語こそ日本語ですが、英語ともう一つぐらいは誰でもしゃべれます。社長なんてしゃべれない言葉がないんじゃないかと思うぐらいしゃべれます。
 
「マリーが日本語を話せないのが有利なのですか」
「ちょっとした駆け引きよ」
 
 香坂常務に言われた女神の仕事は加納賞に関わることで、その加納賞の主催団体が写真文化振興協会になります。そこの理事として、なんらかの影響力を揮えらしいのはわかりますが、
 
「まずね、ロッコールとシオリとの関係は周知のものになったでしょ」
「はい」
「マリーが理事としてシオリの味方になっても不自然に見えなくなったじゃない」
 
 その通りですが、
 
「でも理事一人では影響力が限定される気もしますが」
「まともにやればね。だから大暴れしてもらう。材料はシノブちゃんが整えてくれてる」
 
 暴れ方はとにかく角を立てろの指示です。ぶっちゃけ大喧嘩して来いみたいですが、
 
「そうなれば解任される可能性はありますが」
「理事の中で、松原理事長、竹本理事、梅木理事、桜田理事の四人は敵よ。でも栗田理事は隠れた味方よ」
「味方って?」
「買収済みってこと」
 
 うわぁ、
 
「バレると拙くないですか」
「問題になるはずないよ」
 
 社長が買収っていうものだから、賄賂でも贈ったのかと思ったら、スケールが違いました。栗田理事はクリタ製作所の社長なのですが、ここの筆頭株主は丸菱HD。戦前からの名門財閥ですが、グループ企業の丸菱重工のさらに子会社の丸菱航空機が新型旅客機の開発で大きな損失を出しています。
 
「資金調達のためにクリタの株を買ってくれって話が前からあったのよ。イマイチ乗り気じゃなかったから保留にしてたんだけど、丸菱さんも困ってたみたいで、値を下げてきたんよね」
「で、買ったのですか」
「だいぶコトリに叩かせた」
 
 これまたうわぁ、丸菱HDも大変な目に遭ったと同情したくなります。とにかく副社長のこういう時の交渉はエゲツナイぐらい辣腕です。
 
「まあクリタの二割ぐらいだけど、筆頭株主だからこっちの味方ってこと。もし裏切ったらTOBかけて買収してクビごと飛ばしてやるって釘刺しといた」
 
 クリタごときにTOBは大げさ過ぎると思わないでもありませんが、社長が有言実行、いや断行の人であるのは有名ですから、栗田理事も震え上がったはずです。
 
「でも過半数はありませんが」
「そこも考えてある」
「かしこまりました。具体的にはいつから」
「もうすぐよ」
 
 社長から当面の策を授けられましたが、そこまで準備しているのに内心驚かされました。女神の仕事って、こういうものを指すみたいです。
 
「もうすぐあると思うわ。その時を見逃したら承知しないよ」
 
 かなりの臨機応変の力量が試されそうで、期待に応えられなかった時のことを思うと、背筋がゾッとする思いです。

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