恵梨香の幸せ(第37話)キーコと恵梨香
「やはりキーコさんより落ちる」
「比較なんて出来ないよ。でもね・・・」
あの時にキーコさんが死なずに長生きして、康太と結婚できたとしても上手く行っていたかは未知数としていた。もしそうなっていれば、子どもを作って、それを育てての家庭になるじゃない。子育ては夫婦関係に大きな影響を及ぼす点はあるとしてた。
それと康太が笑いながら、キーコさんと結婚していれば結婚前から嫁姑戦争は勃発してただろうって。とばっちりは康太にも確実に来るだろうから、考えただけでもぞっとするって。その点は恵梨香もそう思う。
「キーコの置き土産があるとすれば、恵梨香のような素晴らしい女性を見つけ出せる能力の気がするよ。今の、いやこれから死ぬまでのベスト・パートナーは恵梨香しかいないよ」
男と女は互いに求めあい、巡り合い、結ばれる。結ばれた最終形態の一つが結婚だけど、これとてゴールじゃなくスタートに過ぎないのよね。結婚して夫婦になっても様々な問題は起こる。
これは恵梨香の感想みたいなものだけど、上手く行かない夫婦は、互いの間の相違点を解消できないどころか、一緒に暮らせば暮らすほど溝を深くしてしまう気がするのよね。性格の不一致って事になるだろうけど、こればっかりは結婚して一緒に暮らさないとわからない気がする。
「キーコさんとの同棲時代はどんな感じだったの?」
「楽しかったよ。でも、恵梨香に比べると・・・」
片付け嫌いの、掃除嫌い。康太の下宿は足の踏み場もなかったって。世にいうズボラ嫁ってやつだよな。でも康太もそうかもしれない。そりゃ、今のマンションは異様なぐらい片付いてるけど、
「バレたか。掃除をルンバにさせるための結果があれだよ。ついでに言えば、物が少ない方がちらかりにくい」
その代わりじゃないけど、お出かけになると張り切って、旅行になると朝の三時でもスタンバイOKだって。一番早いのは零時出発だって言うから気合入ってるよな。そりゃ、一日で大阪から山形までクルマで走ったって言うものね。
アレもバッチリなのは聞いたけど、もしかして恵梨香がビッチなのが気にもならなかったのは、
「キーコはボクで十二人目って言ってたっけ。本当の意味のビッチはキーコだよ。恵梨香なんて可愛いものだよ。恵梨香程度は、キーコは中学の時に経験済みだってこと」
ぎょぇぇぇ、高校一年でそこまで経験してたんだ。それだったら康太も抱くだろうし、キーコさんも好きならやって当たり前ぐらいの感覚だろ。それでも康太はキーコさんを受け入れて、キーコさんも康太の期待に応える女になったんだ。
「アレの相性は」
「恵梨香が体験してる通りだよ」
高校生であそこまでって、羨ましい気が少しする。もっとも高校生であそこまで感じたら、後が大変な気もするけどね。というか、ここからどこまで開発されるんだろ。
「だから前にも言ったろ。恵梨香にはまだまだ無限の可能性があるって」
ひょぇぇぇ、キーコさんはこの先も行ってたんだ。そりゃ、五年ぐらいばっちり康太に開発されてるし、その前だって恵梨香以上かもしれない。負けてなるものか。
「恵梨香。死んだ人は美化されるからね。恵梨香はキーコに幻想を抱くかもしれないけど、キーコは間違ってもパーフェクトな女じゃないし、キーコとの暮らしも完璧なものじゃない。キーコにも欠点はたくさんあったし、喧嘩だって山ほどした」
それでも結婚まで考えた。
「ああ、そうさ。完璧な相手なんて世の中にいないよ。でもキーコを幸せにしたかったんだ」
キーコさんは康太のところに転がり込んだ時はヤリマンのビッチそのもので、荒れた生活をしていたで良さそう。ところが康太に出会ってからは、康太にだけ愛を捧げる可愛い女に変わったぐらいで良さそう。そんなキーコさんを康太は愛し、守りたいと思ったぐらいかな。
ん、ん、ん。なんかわかった気がする。康太の好みはスリム狐。でも恵梨香もキーコさんもポッチャリ狸。康太もポッチャリ狸のキーコさんは必ずしも好みじゃなかったはず。ましてや、その時に恋人もいてガチのスリム狐の理恵先生。
だけどキーコさんは康太を愛して、愛して、愛し抜き、ついに康太の心をつかんだんだと思う。この時に康太の好みに例外が出来たんだよ。ポッチャリ狸でもキーコさんは別格だって。
恵梨香がどこかキーコさんを思わすところがあるのは、キーコさんを知ってる理恵先生も、坂崎先生も一目見てそう言ってたものね。世の中には三人は似た人がいるっていうけど、恵梨香はまさにそうだったに違いない。
だからポッチャリ狸どころかビヤ樽狸の恵梨香に康太の心が動いたんだよ。キーコさんがなんらかの能力者だったらしいけど、霊の話はともかく予知能力はあったと思う。そういう人は確実にいるっていうものね。
そういう能力って理由はよくわからないけど、死に際すると異常に高まることはあるとも聞いたことがある。だから自分の命の限りも見えたのかもしれない。康太にキーコさんが最後に会った時に見たのは、きっと康太の将来だったはず。
その時にキーコさんは見えたんじゃないのかな。康太の隣に恵梨香がいるのを。自分によく似た女が将来に康太の隣にいるということは、キーコさんもそこまで康太に愛されてることがわかって嬉しかったんじゃないかと思う。
でもね、キーコさんが最後に見たものだって、キーコさんの予知能力だったかどうかは、誰にもわからないのよね。単なる自分の願望の投影を見ただけかもしれないじゃない。それより、キーコさんが康太に残したのは、キーコさんタイプのポッチャリ狸の女を愛せることの気がする。
「でも恵梨香、これは冗談抜きだけど、似てるところはホントにあるよ。全部じゃないけど、キーコが好きだったこと、嫌がっていたことがホントによく似てるんだよ。恵梨香には悪いけど二重写しに見える時があるもの」
これも一緒に暮らし始めて実感してる。どうして康太がそこまで気づいてくれるんだって。だから毎日が夢の様なんだけど、
「キーコが守ってくれてるのかもしれないな」
「嫉妬されなくて良かったかな」
たぶんだけど、康太もキーコさんを変えたけど、キーコさんも康太を変えてる部分があるはずなんだ。他の女だって康太に影響を及ぼしてると思うけど、康太が恵梨香を愛せるようになったのはキーコさんのお蔭の気だけはする。
「康太、狐と狸ならどっちが好き?」
「だから狸だと言ったろ」
ウドンかソバの話じゃなくて・・・康太はニヤッと笑って。
「恵梨香は誤解してるよ。男は初恋の相手を忘れないってこと」
それはJ・S・ヴェイス。だけど康太の初恋の相手って智子じゃない。たしかに顔はやや狸がかってるけど、
「恵梨香は今の智子しか知らないけど、中学や高校時代は、もっとふっくらしてたんだよ。言ったら悪いけど背も低いから豆狸タイプ」
知らなかった。今の智子は痩せて締まったんだ。でも由佳は、
「由佳もそうだよ。由佳は中学でもグラマーだったけど、今より、やっぱりふっくらしてたよ」
中学や高校時代にポッチャリ気味の子が、卒業後に引き締まったパターンだったのか。だから康太以外には人気が無かったのかも。
「とにかく狐には相性が悪くてね。元嫁が狐だよ」
「でも理恵先生は?」
康太は昔を懐かしむように、
「理恵って、コチコチのお嬢様だけどワガママ姫でね」
色々あったみたいだけど、理恵先生はバス通学、康太はバイク通学だったんだって。だから理恵先生をバス停まで送って、そこから康太はバイク置き場に向かうのだけど、『寂しいから』って、家の近くのバス停まで送らせたんだって。
それも一回や、二回なら微笑ましいぐらいだけど、何回も重なるとバス代はかさむし、帰るのは遅くなるしで困ったって。理恵先生の機嫌を損ねないように断るのに往生したらしい。
「でも初体験の相手」
康太は苦笑いを浮かべて、
「それも聞いたのか」
「でも良かったんでしょ」
康太は苦笑いに変り、
「この辺にしとこうよ」
「教えて、聞きたいの」
あの理恵先生の二十歳ごろだものね、
「まだ若かったから頭に血が昇ったままになったよ。正直にいうと良かった。体だけなら一番だったかもしれない。もちろん恵梨香を除くだけど。ただ理恵も感じ始めると激しくなって大変だった。離婚した旦那に同情するよ。理恵を満足させるのは半端な根性じゃ無理だもの」
やっぱりそこまで燃えてたんだ。そこまでの理恵先生でもキーコに追い払われた。
「そういう訳でもないけど、なんとなくお互い潮時って感じたぐらい」
康太の本当の好みはやはり狸、それとも狐。
「狐は別格だよ」
ああそうか。康太にとって狐は、天上界の貴婦人で最初から別世界の住人だった。だからリサリサにあれほど心が揺らいだのを忘れてた。中学高校時代は狸への青い恋もあったけど、理恵先生でようやく狐への恋が実ったぐらい。その好みは元嫁の時にも残ってたからこそ見合いとは言え結婚まで進んだで良さそう。
でも、でもだよ。豆狸だった聖女智子は狐に変身して再び康太の前に姿を現したじゃないの。一方の恵梨香はビヤ樽狸。どうして恵梨香だったんだろう。どう考えても選ばれるのは聖女智子のはず。まだなにかキーコさんとの間にあるはず。
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