ミサトの不思議な冒険(第20話)ハワイへ
オフォス加納に行くと、
「来たか尾崎。荷物はこっちに積みこんどけ」
あれロケバスじゃない。それも二台。スタッフも既に乗り込んでいて、
「見送りですか」
「あん、仕事に行く」
「はぁ」
関空に向かう道すがらに聞いたのだけど。ツバサ杯の副賞のハワイ旅行は協賛のロッコールと及川電機から出るのだけど。
「ハワイの写真はオファーが多いから、ついでに撮る予定だ。ロッコールと及川電機からわたしとマドカ、それに尾崎の分の旅費が出るから助かる」
ちゃっかりしてる。
「それと交渉して準グランプリ二人分の旅費も出してもらえることになった」
これも聞くとそんなレベルじゃなくて、協賛会社からの旅費は飛行機がJALなどの大手航空会社でグランプリ受賞者も含めてビジネス・クラス。ホテルだって一流どころで良いみたい。これをLCCのエコノミーにして、
「ハワイには定宿があるからそれを使う」
一流ホテルの三分の一か四分の一ぐらいで良さそうなのよ。そうすればスタッフの旅費も全部余裕で賄えるとか。
「それって詐欺みたいなものじゃ」
「人聞きの悪いことを言うな。資金の有効活用だ」
そうは言うけど、タダでハワイに行って仕事までするのだから丸儲けみたいなものじゃない。
「そうじゃない。このハワイ旅行の目玉はオフィスのプロがツバサ杯のグランプリ及び準グランプリ受賞者に指導するところにある。だからあえて普段のオフィス加納の海外取材体制にしているのだ」
それって詭弁じゃない。それでも、まあ考えようによっては、麻吹先生とか新田先生にアマチュアが直接指導してくれるのは、まさに夢の世界と言えなくもないか。こんなものいくらおカネを積んでもやってくれるものじゃないからね。
「去年までの指導はどうしていたのですか」
「前半がアシスタント体験、後半が写真指導だ」
「アシスタントやらせたんですか!」
「もちろん、かなり手加減している。今年はその必要が無いし、一人前のアシスタントして使えるからラッキーだ」
ギャフン。ミサトもスタッフの数のうちに入れられてるで良さそう。
「ところで今朝は三時から起床って何か意味があったのですか」
「飛行機に乗ればわかる」
それと気になったのは去年より滞在日数が長いこと。
「それか。スタッフは五日で帰るから費用的には問題は無い」
そういう意味じゃなくて、何をするかだけど、
「行けばわかる、楽しみにしておけ」
そんな話をしているうちに関空に到着。空港で食事を済ませたのだけど、
「機内食は食べないのですか」
「LCCは有料だし、不味くて、高い」
よくご存じで。搭乗手続きも済ませてやがて機内に。飛行機なんて写真甲子園で伊丹から旭川に飛んで以来だし、今度は国際線だからちょっとワクワクしたものの、しばらくすると三時起きが応えて来て睡魔が。ふと見まわすとスタッフも眠っている者が、
「尾崎も寝ておけ。これが時差ボケ対策にはベターだ」
そういうことか。そう思った瞬間にバタンキュー。これも麻吹先生が関空に来るまでに話していたけど、関空からホノルルまで八時間ぐらいかかるんだって。ビジネスマンとかなら機内でも仕事があるかもしれないけど、カメラマンはやることがないんだってさ。
「起きろ尾崎、そろそろホノルルに到着する」
ホノルル空港とも言うけど正式にはダニエル・K・イノウエ空港。そう言えば、ハワイに着いたら歓迎の花輪を掛けてもらえると思っていたら、
「あれはオーダーしないと無い。今回はしていない」
ホントに仕事モードだ。
「少しぐらいは観光もありますよね」
「もちろんだ。名所巡りもやるし、そこで写真も撮る」
「それって仕事じゃ」
「結果は同じだ」
これまたギャフン。空港に降りるとレンタカーのロケバスが手配されていて、スタッフは慣れた手つきで荷物を積み込んでる。時計を見ると十時ぐらいかな。そこからホテルに。
「ここですか?」
「少々見てくれは悪いが、サービスは悪くない」
これを少々って言うのかな。でもホテルのスタッフは笑顔で歓迎してくれた。さすがは定宿。ミサトの部屋はどこかと思っていたら。
「わたしと同じだ」
てなレベルじゃなくて、新田先生まで同じでエキストラ・ベッドが入れられてた。
「ロイヤル・ハワイアン・ホテルとか泊まらないのですか」
ミサトも少しは下調べをしてたんだけど、ロイヤル・ハワイアン・ホテルはワイキキ・ビーチの近くにある一九二七年創業の老舗ホテル。そんなところに泊れるかと期待してたんだけど、
「あそこか。今回の予定に入っている」
「やっぱり仕事ですか」
「ああ、モデルも使うぞ」
せっかくの夢のハワイがと思ったけど、仕方がないよね。そうこうしているうちに準備が整って取材に出発。麻吹先生と新田先生は別行動で、
「尾崎、わたしに付いて来い」
これまた凄まじい仕事ぶり。アシスタントは新田先生に叩きこまれたけど、麻吹先生の撮り方は新田先生とかなりスタイルが違っていて慌てた。新田先生は忠実に加納アングルを追っかけてたけど、
「邪魔だどけ」
「さっさと動け」
「もたもたしない」
おかしいな。加納アングルは身に付けたはずなのに、まだ見えていない線があるのかな。
「なに、ボウッとしている。動け」
新田先生を流麗とすれば、麻吹先生はパワフルでエネルギッシュ。それも半端なパワフルじゃなく、猛烈としてもイイと思う。
「そこじゃない、イイ加減に覚えろ」
日も暮れて宿に帰るとグッタリ。夕食はホテルのレストラン。なんか椅子もテーブルもガタが来てそうだし、食器もチープな感じ。なんでもそうだけど値段なりはあるよね。初めての海外旅行、初めてハワイの夢があまりにも現実的過ぎてゲンナリかな。とにかくモロ仕事だものね。でも食っとかないと明日がもたないし、
「美味しい♪」
思わず声が出ちゃった。これ美味しいよ。うん、文句なしに美味しいし、量もドッサリ。スタッフのみんなもモリモリ食ってる感じ。
「このホテルのイイところだ。メシが不味いとパワーが出んからな」
さすが定宿。値段だけで決めてないのはわかった。落ち着いて見回すとオフィス加納のスタッフが宿泊した時の記念の集合写真が何枚も。色あせてセピア色になってるのもあるけど、
「ここは加納先生の時代から使っていてな・・・」
これも聞いて驚いたけど、ハワイでも隠れた名所だそうなんだ。とくに空前と呼ばれる写真ブームになってからがそうみたいで。世界中の写真好きが、オフィス加納のハワイの定宿の見物に来るんだって。いわゆるファンによる聖地巡礼ってやつ。ホテルの方もちゃっかりしてて、それを売りにして宣伝してるみたい。
「だからすべて加納先生の時に近い状態になっている。尾崎が泊っている部屋も加納先生がいつも使われていた部屋だ」
そのせいで、いつも予約でいっぱいだって、
「でも今日はうちしかいませんが」
「オフィスが使う時は別扱いだ」
なるほど。オフィス加納の定宿が最大の売りだから、最優先で貸し切りで泊る事が出来る上に、料金だって加納先生の時代と同じで良さそう。
「もしまともに泊れば?」
「尾崎が言ってたロイヤル・ハワイアン・ホテル並みだよ」
こんなボロッちいところがと思ったけど、加納先生だけではなく、麻吹先生や新田先生、泉先生たちが定宿にしているホテルに泊まる事が、ファンにとっては途轍もなく価値があるってことでイイみたい。うん、うん、うん、
「もしかして、その手で世界のあちこちに安く泊まれる定宿を持ってるとか」
「まあ、いくつかはな。うちも安く上がるし、ホテルも儲かるからウィン・ウィンの関係だ」
麻吹先生は偉大な写真家だけど、経営手腕というかマネージメントも優れているのもどこかで読んだことがあるんだよね。オフィスで缶詰にされた時にわかったけど、ケチ臭くないけど妙な贅沢は一切されないんだよ。
サキ先生にも聞いたけど、写真のための投資なら惜しみなくするけど、他は実用性重視で味も素っ気も無い感じ。だってさ、オフィスのプロのうち三人が女性だから、もっと華やかなものを想像してたけど、先生方の部屋も素っ気ないし、ミサトが泊った仮眠室も殺風景で物置かと思ったぐらい。
「あったりまえだろう。写真を撮るために建てたのがあのビルだ。それ以外に何が必要だと言うのだ。取材費用を安く上げれば良い写真が一枚でも多く撮れる」
プロだ・・・