ミサトの不思議な冒険(第36話)ミサト、最大の冒険
『コ~ン』
鹿威しが響くクレイエール・ビル三十階。麻吹先生に連れられてついに来ちゃった。玄関を上がってリビングのドアが開かれるのが怖かった。
「いらっしゃい、待ってたよ」
キッチンからコトリさんの声がして、ちょっとホッとした。今のところ招かざる客ではなさそう。リビングには霜鳥常務もおられて、
「シオリさん、何にされますか」
「アルトをもらおうか」
「尾崎さんは?」
「ウーロン茶をお願いします」
尾崎自動車の再建には霜鳥常務も手を貸してくれてるんだよ。とにかく一切合財焼けちゃったから、建物だけじゃなく中の機械や、工具もイチからそろえなくちゃいけないし。でもね、親父もお母ちゃんもクルマ・キチガイ、レストア・キチガイだけど、そういう作業はお世辞にも得意じゃない。だから気合だけあっても空回りしてた。そこに、
『少しお手伝いさせて頂きます』
親父もお母ちゃんも目を丸くしてた。建物の設計施工、機械の発注から、資金管理まで、まるでオーケストラの指揮者みたいに進めちゃったのよね。ある程度まで進むと、
『後は弊社の者に引き継がせます』
お蔭で尾崎自動車の再建はすこぶるスムーズ。もちろんお礼をしようとしたのだけど、
『いえ、尾崎さんがあれほど苦しまれておられたのに、弊社の手違いで大変なご迷惑をおかけしてしまうところでした。せめてものお詫びと思って頂ければと存じます』
これを聞いてゾッとした。親父はエレギオン・グループとの取引は担当者の命を削るものとしてたけど、ここまでやるのだって。ここでだけど受付業務はCAO(最高総務責任者)の霜鳥常務の管轄になるそう。
あの時の受付業務の不手際を償うために霜鳥常務が陣頭指揮なんだよ。あの時の受付の女の人がどうなったかを想像するのも怖いぐらい。この厳しさを外にも適用されたら、そりゃ取引するのに命がけになるはずだよ。
今日はシノブさんもキッチンに入っていて、やがて料理が続々とテーブルに運び込まれ、
「カンパ~イ」
これも教えられたけど、ここで食べるのに遠慮は無用らしい。麻吹先生もバクバク食べて、ビールもジャカスカ。よくまあ、あれだけ食べて飲めるかと思うほど。さてどこから切り出そうかと思ってたのだけど麻吹先生が、
「コトリちゃん、どうするのだ」
どうも予め話はしていたみたい。
「仲間が増えるのはエエこっちゃ。ミサトさんはユッキーも認めてるし、コトリもしっかり見させてもろた」
ミサトが仲間?
「どっちでも良かってん。ここに関わるのがミサトさんにとってエエことか、悪いことかは微妙や。一蓮托生のシオリちゃんとことはちゃうからな」
「それはそうだな」
麻吹先生とコトリさんが一蓮托生だって。
「短い間やから、望むならエエんとちゃう」
「その感覚がわたしにはまだ不十分だが・・・」
それってミサトの寿命がもうないとか、
「ちゃうちゃう。そんなもんわかるかいな。時間感覚の問題や」
「そういうことだ」
ここでコトリさんはミサトの方に向き直り。
「あれこれ調べとったみたいやけど、その通りや。コトリはエレギオンの次座の女神、ユッキーは首座の女神や。ミサキちゃんは三座の女神やし、シノブちゃんは四座の女神や」
「麻吹先生は」
「残ってるやつ」
麻吹先生は苦笑いしながら、
「そんな言い方はないだろう。わたしは眠りから目覚めた主女神だ」
こんなにアッサリ話してイイの。
「ああエエで。どうせ誰も信じるかいな。エレギオンの女神はそれを信じられる者しか認められんってことや。口封じなんか心配せんでもかまへん」
そんなものなのかな。
「一つだけ言うとくわ。女神に関わると何故か事件や騒動に巻き込まれることが多いんや。ミサトさんもシオリちゃんに関わったからようわかったやろ。コトリにしたら、ヒマ潰しになって楽しめるけど、それだけは覚悟してもらわなあかん」
「どうしてですか?」
「五千年の経験ちゅうやつや。そやから関わらん選択はある。別に関わらんでも人生困らんやろ。オフィスのプロが仲間になっとる理由の一つがその手のトラブル対策や。仲間を守るのが女神の仕事やから」
でもミサトはユッキーさんに会いたい。事件や騒動に巻き込まれるのはイヤだけど、それであってもユッキーさんに会いたいんだ。そのためにここまで、やっと、やっと、たどり着いたんだ。
「お願い、ユッキーさんに会わせて!」
その時に誰かがドアを開けて入ってきた。
「お腹減ったわ。コトリ、なにか出してよ」
「あいよ、ユッキー」
ユッキーって、えっ、えっ、言われてみれば・・・
「こうなると思ってた。今は如月かすみだから間違わないでね」
走って行って抱きついちゃった。
「ユッキーさん、会いたかった・・・」
泣きじゃくるミサトをあやしながら、
「コトリも脅し過ぎよ」
「でもちゃんと言うとかな」
「守れば良いだけじゃない」
「まあ、そうやねんけど」
ユッキーさんは優しい微笑みを浮かべながら、
「コトリも最初からその気だったでしょ」
「まあな。それぐらい、わからんかったら生き残られへんし」
どういうこと?
「仲間になった祝福かな。後でシオリにでも聞いといてね」
三十階の仲間になったのは後悔しないつもりだけど、これからもあんな事件が次々に起るのはしんどいな。
「だから、それはコトリの脅し過ぎだって」
だよね、だよね。あんな事件が次々に起こるはずないよね。そこにツッコミが、
「そうとも思えんが」
「ミサキもそう思います」
まさか本当に起るとか。この世界ってホントにそんなところなの。
「楽しいやんか」
「そうよそうよ。なかったら退屈だし、つまらない」
ユッキーさんまで・・・誰か否定して。そこにトドメみたいに麻吹先生と霜鳥常務が、
「一緒にするな」
「毎回毎回、寿命が縮みます」
シノブさんまで、
「四座の女神にして頂いたのは感謝していますが、お二人について行くのがどれだけ大変か」
ミサトのこれからの人生に波乱万丈の冒険が約束されてしまったかも。
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