運命の恋(第24話)運命の人
ボクと美香さんの奇妙なカップル誕生も話題になったが、池西の醜態の方もしっかり広がった。この辺は今泉の指摘した通り、度の超えた池西の美香さんへの執着の不評がすでに燻っており、それに一気に火を着けたぐらいだと思う。
あの事件を境に池西は大人しくなっただけでなく、グループからも見放され、クラスのボッチ状態となりサッカー部まで退部。やがて学校にも来なくなってしまった。ずっと陽キャでやってきたから悪口、陰口に耐えられなくなったんだろうな。
可哀想だがこればかりは身から出た錆としか言いようがない。少々後味の悪い事にはなったけど、これで池西の問題は終わったとして良いだろう。これで美香さんからの依頼は果たしたから、
「これで偽装カップルも用が無くなりましたね」
「そうとは思っておりません。実はまたお願いがあるのですが・・・」
待った、待ってくれ、それはいくら何でも、
「池西君の問題で是非お礼をさせて頂きたいと父も申しております」
堪忍してくれよ。美香さんの家だけど、毎日送って行くようなものだから、よく知ってる。ありゃ、家と言うより完全にお屋敷。噴水まである広い庭と、シャレた洋館風の家。見ただけで気後れさせられる。美香さんはそこの正真正銘のお嬢様だぞ。
そういう家のお嬢様の交際相手はウルサイに決まってるじゃないか。変な虫は絶対に許されるはずがない。たとえが悪いが、池西だって認められるかどうかはわからないと思うし、今泉だって門前払いされるかもしれないぐらいだ。
池西にも言われたが、ボクの家はグシャグシャになっている。世間では片親と言うだけで見下す奴も少なからずいる。うちの両親なんて、ただの離婚じゃなくて、W不倫の末に離婚後は、すぐに二人とも再婚して新しい家庭を作っている体たらく。
美香さんの家から見たら、釣り合いなんてレベルじゃなく、とんでもないクズ家族そのもの。そんな家の放置子みたいなボクとの交際なんて論外も良いところだ。今回は美香さんからの依頼であり、偽装だったにしろ、付き合っているの噂だけで娘に傷が付いたして烈火のように叱責されたって不思議が無い。
しかし美香さんは容赦してくれなかった。渋りまくるボクを半ば強引に家まで引きずって行った。玄関の前でも逃げ出したくて仕方がなかったが、手を引っ張られて扉の中に引っ張り込まれた。
顔を上げた瞬間にこれまでの人生の中で最高にテンパった。だってだよ玄関に美香さんのご両親が出迎えに来られていたんだ。あれこれ挨拶を考えてはいたけど、
「美じゃなかった、五十鈴さんのクラスメイトの氷室淳司です。こ、この度はお招きに預かり・・・」
使い慣れない言葉だったので、もうどれだけ噛みまくったことか。下げた頭の上に罵声が降ってくると覚悟していたら、
「君が氷室君か。よく来てくれた。玄関先では何だから、上がってくれ」
「良くいらっしゃっいました」
靴を脱ぐだけで手が震えて紐がなかなか解けずバタバタ。案内されたのは多分応接室だと思う。ソファを勧められて座ったが、なんと隣に美香さんが座り御両親と差し向いにさせられた。
もうガチガチなんてものじゃなかった。そこから雑談になったが、見るからに立派な調度に圧倒される気分だ。ここでふと気づいたのだが、家自体はどうみても新しい。聞くとアメリカから帰国した時に新築したそうだ。どこに住もうが人の勝手とは言え、思わず、
「どうしてこちらに家を」
「美香のためだ」
はぁ、てな話で。うちの高校に入るためにわざわざここに家を建てて住んでるって言うんだよ。たしかにうちの高校は田舎なりの進学校だけど、引っ越ししてまで入る価値があるかと言われると疑問だ。
美香さんなら都会の名門校のどこにでも入学できそうなものだし、そういうお嬢様用の学校はいくらでもあるはず。ボクも詳しいとは言えないけど、神戸なら海星とか松陰、女学院なんかでも良かったはずだ。するとお父様がしんみりと話をし出した。
「美香は体が弱くてな」
未熟児で生まれて、何度も大きな病気をして、小学校に入るまでは入院生活の方が長かったぐらいだって。
「だから甘やかしすぎたと反省している」
どうもいつ死んでもおかしくない状況が何度かあったで良さそう。そんな我が子をひたすら甘やかしたで良さそうだ。そんな状況を想像するのも難しいけど、そうなってしまうのはわかる気がした。
だが結果として美香さんはワガママ姫として育っただけじゃなく、極度の人見知りとなったそうだ。小学校に入る頃には病気と縁が切れたらしいけど、体はいわゆる虚弱体質みたいな感じで、やせっぽちで体力もなかったそう。そこにワガママと人見知りが加わったりすれば、
「氷室君ならわかると思うが、仲間外れにされた」
イジメもあったんだろうな。そういう弱者はターゲットにされるのは嫌と言うほど経験させられた。美香さんはそういう環境で引っ込み思案から内向的な性格になり、ますますクラスから孤立し、無気力な人間になってしまっていたらしい。
「親として、なんとかしようとあれこれ手を尽くしたが・・・」
何をしても美香さんは変わらず、改善する兆しさえ見えなかったそうなんだ。御両親もこれでは美香さんが、このまま、どうしようもない人間になってしまうのじゃないかと嘆き悲しんでいたようだ。今では想像もつかないけど、陰気で無気力な子どもだったんだろうな。
「あれもそういう努力の一環だったが・・・」
ガールスカウトじゃないけど、地域の子どもの野外活動みたいな催しがあって、嫌がる美香さんを無理やり参加させたそう。ボクも似たような理由で参加させられたこともあるけど、そういうのって裏目に出る事が多そうな気がするんだよな。
「氷室君の言う通りかもしれん。それぐらい藁をもすがりたい気持ちになっていたと思ってもらえたら嬉しい。でもそこで事件が起きた」
イジメ・グループに絡まれた美香さんは川に突き落とされている。
「泳げない美香は溺れ死ぬと思ったそうだし、誰も助けに来てくれない思っていたそうだ」
酷いことするな。でもイジメならそれぐらいやるものな。散々やられた経験者だからわかってしまうけど、
「その時に美香を救ってくれた救世主が現れたのだ。その人は危険を顧みず川に飛び込み美香を救い出してくれた」
それはなんて格好の良い。
「その人はまさに救世主だった。もちろん美香を救ってくれたのは言うまでもないが、その事件をキッカケに美香は変わったんだよ」
何事も後ろ向きで無気力だった美香さんが、百八十度変わったように前向きになり、
「性格も明るくなり、社交的になり、体も見る見る丈夫になってくれた」
それってもしかして、
「美香さんが言う運命の人ですか」
「その通りだ。あの時に美香は救いは出されたが病院にすぐに運ばれたのだ。さらに学校も違ったから誰が救ってくれたのかもわからなかった。美香は救ってくれた人を敬い慕い、いつの日か巡り会った時に救われた命を立派に活かしたことを見せたいってね」
なるほど、そりゃ救世主であり運命の人だ。きっと、そうやって思い続けるうちに、敬慕の念が、恋愛感情に変化してしまったのだろうな。美香さんが運命の人に付いて口にするときの態度でわかるよ。
「その人は見つかったのですか」
「見つけたよ」
そっか、だからうちの高校にわざわざ。でも誰なんだ。池西でないのだけはわかるが、
「美香はついに再会できた事に、涙を流して喜んでおった」
「お父様もお会いになったのですか」
「ああ会ったとも。立派な青年になっていて感心した。美香の目に狂いはなかったと思ったぞ」
さぞや素晴らしい男なんだろうな。
「でも美香は嘆いておった。どうしても思い出してくれないとな」
それは仕方がないかも。その頃の美香さんと今の美香さんは話しに聞く限り別人として良さそうだもの。さらにその運命の人と出会ったのも、話に聞く限り小学生の時だ。そんな昔に一度会っただけ、それも溺れてる真っ最中にだよ。
ふと隣の美香さんの視線を感じた。振り向くと視線が合ってしまったボクはドギマギしたが、外そうにも外せない力強さを感じてしまった。美香さんはボクの目をしっかりと見据えたまま、
「淳司さんは小学校四年生の時に、河原で行われたバーベキューに参加されませんでしたか」
あれは忘れたくとも忘れられないよ。あの時に他の小学校の女の子を助けたばっかりに、中二まで延々と続いたイジメの始まりの事件。ボクの暗黒時代の幕開けであり、ボッチの陰キャになる出発点。最後は悪夢のカイボウまでやられた。
・・・ちょっと待った、ちょっと待った、どうしてあの事件を知ってるんだ。美香さんとは高校で初めて出会ったはずだから知っているはずがない。もし知っているとすれば、あの時に、あの時に、
「ま、まさか。あの時に岩から突き落とされて・・・」
「そうです。あの時の女の子がわたくしでございます」
なんだって! すると美香さんの目は見る見る真っ赤になり涙声で、
「やっと、やっと思い出して下さったのですね。あの日からずっとお慕い申し上げておりました」
美香さんの救世主であり運命の人とは、
「淳司様です」