女神の再生(第14話)続春の閑話
ユッキーさんとコトリ専務が織る布が歳入のすべてみたいな状況はかなり続いたようですが、やがて転機が訪れます。
「あるときゴッツイ嵐が来たんよ。まあ、主女神がヒス起してたんも原因やけど、とにかく大雨が降って神殿の丘が崖崩れ起こしたんよ。そこに出て来たのがデッカイ金属の塊やってん」
「なにだったのですが」
「自然銅」
金や銀に劣るとはいえ銅も貴重な資源です。
「青銅を作る技術はアラッタの時に既にあったから、まず近くの川を探しまっわたのよ」
「川で何を探したのですか」
「錫石」
青銅は銅と錫の合金ですから、この二つが見つかれば青銅の生産が可能になります。
「精錬技術は」
「失われとったから、ユッキーと必死になって機織って技術者を呼び寄せた」
青銅の生産が可能になったエレギオンですが、初期は延べ棒の輸出を行い、やがて青銅製品の作成が発達する事になります。
「あれでやっと貧乏所帯が一息ついたんやけど、半分ぐらいはイタチごっこ状態の始まりやった」
「どういうことですか?」
青銅及び青銅製品の輸出により女神の布にのみ頼っていたエレギオンはずっと豊かになりましたが、豊かになったエレギオンには移住する人も増え都市の規模も拡大します。そうなれば都市も拡大しないとならなくなりますが、
「そのぶんまたカネがいるやんか。それとエレギオンの銅を狙って攻めてくるのも増えるし」
それまでの国と言えるか怪しいようなエレギオンではなくなった分だけ戦争の規模も大きくなります。
「とにかく戦争はカネがかかるねん。とくに防衛戦争は出費ばっかりになるから、やるだけで大赤字になるねんよ」
「侵略戦争は?」
「ユッキーが嫌いでね。ま、コトリも好きやなかったら、あんまりやらなかった」
さらに銅のみに頼り切った財政状態で、その肝心の銅も、
「自然銅が取れたところを掘ったら、しばらくは出たんやけど、当時の掘削技術じゃ限界があってね。でも、たぶん今でも掘れば銅鉱石はいっぱい残ってると思うよ」
銅の生産量が頭打ちになると財政がまた傾きます。
「そやから青銅器やなくて、金銀を使った高級品路線に転換しようと躍起になったんやけど、これが一朝一夕にいかへんのよ。それと銅精錬やると砒素もでるから、国土が荒れる問題も深刻になっててん」
なんとか銅があるうちに産業構造の転換を図ろうとしたぐらいで良さそうです。
「金銀細工の奨励の一環が春秋の大祭の奉納品のコンペだったんですね」
「そうや、あれはコトリが考えた」
それでも金銀細工はなかなかエレギオンの主要産品にならなかったそうです。
「そんな時に第二の転機が来たんよ」
「なんですか」
「ヒッタイトからの亡命集団」
ヒッタイトは三千四百年前ぐらいに鉄の生産技術を確立しています。この技術は国家機密として厳重に管理されたようですが、ヒッタイトからの亡命者の集団は、その極秘の製鉄技術を売りにエレギオンに登場したぐらいで良さそうです。
「ほんでな、あちこち探し回ったら鉄鉱脈があったんよ。ただここで問題がまた出てきた」
「またですか」
「そうやねん、銅精錬に木を切りすぎてやばかってん」
金属精錬には火力が必要ですが、当時的には木炭になります。木炭を量産すれば木が大量に必要になりますが、エレギオンの環境的に木が日本みたいにいくらでも生えてくるのとは程遠いぐらいの理解で良さそうです。
「木は木炭にもいるけど、薪として日常生活にも不可欠なものやねん。その薪を集めるのもヤバイ状況になってたから、これ以上は木は切れないって感じ。銅生産が落ちた原因もこれが一つ。ユッキーは必死になって管理して、植林までやってたけどなかなかね」
「でも製鉄やったんですよね」
「うん、ちょっと変なもん見つかったんや」
「なんですか」
「石炭」
石炭を木炭の代用にできないかの研究をコトリ専務は続けたそうです。
「火力は良かったんやけど、石炭で作った鉄は質が悪いのよ」
石炭の硫黄分は鉄の品質を下げます。この問題の解決に知恵を絞ったそうです。今は硫黄が製鉄の邪魔になるのは知識ですが、当時は知りようもないわけです。それでもコトリ専務は解決に知恵を絞り続けることになります。
「とにかく森林資源がやばかってん。銅や鉄作らんと財政もたへんし、増産すれば木が減るやんか。木が無くなってもたらヤバイのは直感的にわかったんやけど、銅や鉄を作るのをやめる訳にもいかへんのよ。とにかく毎年、どれだけ木炭作るかでもめとった」
石炭が燃えるのはわかってましたし、火力として精錬に使えるのはわかってましたから、なんとか使えないかと研究を重ねたみたいです。
「同じ火やのに、なんで石炭やったらアカンのか皆目見当がつかへんかってん。これも何十年もあれこれやったんよ。いや、百年ぐらいかもしれへん。ほんで、ついに蒸し焼きにした石炭でやったら、エエ鉄作れた」
今でいうコークスになります。国家財政を支えるために木を切りつづけ、環境を悪化させる問題の解決になんとかたどり着いた事になります。
「木炭で作った時にわかっとってんけど、あの鉄鉱石で鉄作ったらウーツ鋼になるんよね。これが丈夫でよく切れた」
コークス利用によりウーツ鋼がある程度量産できるようになり、これが新たな輸出産品になっただけでなく軍事力強化にもつながったそうです。
「その時に輸出したら相手も強なってまうやんか。そこで付加価値付けて安値では買えんものにしようって話になったんよ」
「付加価値ってなにですか」
「柄とか、鞘とか、鍔とかを金銀でとにかく飾り立てて、王侯貴族にしか買えないものにした」
この頃には金銀細工のレベルも上がっており、技術国家エレギオンの名声が広がることになったそうです。ただそうなるとエレギオンを狙う国もまた増えて、
「そうやねん。エレギオンも大きなったけど、周辺も大きなってるから戦争規模も大きなるんや。ほいでもってカネもかかるようになる」
「まさにイタチごっこ」
「とも言い切れへんけど、財政は規模こそ大きなったけど、戦争やるたび火の車。そんでユッキーと対策考えたんよ。やっぱり大きくなって力で抑えんとキリがないって」
今の平和な日本基準で考えたらヨロシクないかもしれませんが、弱肉強食時代ですから弱ければ食われてしまいますし、勝てそうと思われれば戦争が起ります。そこで、
「エレギオン発掘調査の時にズオン村に支援拠点置いたけど、あそこは今でも村があるぐらいで当時も豊かな農業国家やってん。農業国家やから人口も多いし、そのうえエレギオンの金属資源が欲しくて仕方がなかったみたいで、しょっちゅう攻めてくるのよ」
コトリ専務とユッキーさんが出した結論はズオン王国を併呑すれば、規模としてはこの辺では頭抜けるから、戦争のサイクルから抜けだせるのではないかです。それに農業資源を手に入れれば、これまた慢性的な食糧問題の解決にもなると。
「ただやねんけど、エレギオン軍は弱かってん。これはあまりにも農民と職人重視の政策やってた反動で、誰も軍人になるのを嫌がってもてん。ユッキーも軍事力強化に熱心やなかったし」
弱兵で勝つには戦術が必要なのですが、
「ユッキーと出した結論は野外決戦は避けようやった」
「でも、それをやらないと併呑なんて・・・」
「そうやねんけど、カネもかかるからやめとくのはコトリも同意やった」
戦わずに勝つなんてと思いましたが、女神の戦術で戦うことにしたそうです。つまりはズオン王国に災厄の雨を降らせたみたいです。
「でも結果としてはやり過ぎた。国ごと滅んでもた。あない効果があるんやと初めてわかった」
併呑はしたものの、無人の荒野が手に入っただけになったそうです。それでも隣国の脅威が取り除かれ、荒野を再開発してエレギオンの国力は増し、周辺諸国に対して相対的に強くなって、所期の目的は時間がかかりましたが達成したぐらいでしょうか。
「ズオン王国への災厄の雨はやり過ぎたけど、エエ面もあったんよ。あれやったお蔭でエレギオンに手を出すと祟りがあるって思ってくれるようになったんよ」
「なるほど」
「そういう噂をばらまいたのと、手を出しける情報がはいるたびに、やっとたといたからね」
あれか、対魔王戦でラ・ボーテにコトリ専務が行ったものみたいです。コトリ専務やユッキーさんが災厄をもたらせると国ごと亡ぼす力があるのは良くわかりました。
「災厄を降らせる戦術は野外決戦でも有用やった」
決戦に入る前に災厄を降らせておけば、相手は大混乱に陥りますからエレギオン軍も一時は無敵の様相を呈したようです。
「そのまま覇権国家をなぜ目指さなかったのですか」
「ユッキーにも、コトリにもそんな趣味はなかったの」
こうやって聞いているとわかるのですが、コトリ専務もユッキーさんも大元は普通の人じゃないかと感じています。なんて表現するのか難しいのですが、いわゆる英雄とは根本的に違う気がします。とにかく違うと思うのは英雄に必要なギラギラした野望がカケラもない気がします。たしかに女神のとしての力は持っていますが、それを利用する発想がかなり乏しそうに感じてなりません。あれば覇者としての道を歩んでいたはずです。これまた、とにかく時間だけは余るほどあるからです。
機織りの話もよくよく考えてみれば、もっと早くやれば良かったわけです。財政が厳しかったのはわかるとして、なんとか機織りを避ける方法を模索していた気もします。ついに他に方策が尽き果てて、やむなく行ったのが女神の力を利用した、それも機織りを選んだぐらいでしょうか。
災厄をもたらす力だって、対ズオン王国戦に初めて使ったかどうかは不明ですが、コトリ専務の話を信じれば、攻撃に大々的に使ったのは初めてで良さそうな気がします。対ズオン王国戦以前も何度も攻撃を受け、これを撃退していますが、災厄をもたらす力に頼るのではなく、膨大な手間をかけて防壁を作り、人の力で出来るだけ守る方針を堅持していたように感じてなりません。
当時のコトリ専務やユッキーさんがどれほど自分の力を自覚していたかは誰にもわかりませんが、その力をつかうのを極力自重していたのは、今のというか、記憶の甦った小島知江時代のコトリ専務を見てもわかります。利用しているのは女神が宿る事で高まった人としての能力だけで、対神相手以外にはまず使うことはないと言っても良さそうなんです。
これはお二人すら、遠の昔に忘れてしまってしまわれているかもしれませんが、女性として一番ありきたりの生き方というか、幸せをいつの日かしてみたいが行動原理の基本になっている気がしてならないです。たいした話ではないですが、好きな人と結ばれ、子どもを産み、その成長を見守り、そしてやがて死ぬです。
女として平凡すぎる生き方かもしれませんが、それをするには女神の力は邪魔な部分があります。というか、そんな異常な力を持っていると言うだけで相手に嫌われるんじゃないかの懸念です。神の能力は人として暮らすには有利ですが、恋愛対象として考えた時には不利になる気がします。言ったら悪いですが不気味に思われるぐらいです。
現実、とくにエレギオン時代は誰もが知っているわけですが、それでも神じゃなくて普通の人と変わらないことを、無意識にアピールしようとした結果が出ているような気がしてなりません。コトリ専務の口癖である、
『男が欲しい』
これと、少女趣味丸出しの純愛が大好きなのもその一端の気がします。そんな平凡すぎる生き方をするのがコトリ専務の野望と思っています。これはユッキーさんだってそうです。これもコトリ専務が大笑いしながら教えてくれたのですが、ユッキーさんは山本先生と結ばれています。
その時は瀕死の重傷で担ぎ込まれた患者の山本先生と主治医のユッキーさんとしての出会いでしたが、その時のユッキーさんの態度は、それこそツンデレの極致みたいなものです。よく、まあ、山本先生は気が付いたものだと感心するぐらいです。これを話してくれたコトリ専務は笑いながらもこう仰られました。
『ユッキーも夢が、かなったんじゃない』
聞いた時には山本先生と短い間でしたが幸せな時間を過ごせたことか思っていましたが、たぶんそれだけではなくて、そういうツンデレ愛というか、純愛を出来たことを指している気がします。今もなんだかんだと言いながら、山本先生の心に棲み続けてるのも、そうだと思っています。
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