シノブの恋(第34話)これも結末
『カランカラン』
「ハルカお待たせ」
「遅いぞ愛梨」
シノブが待ち合わせしてた相手は神崎愛梨。会長杯で戦ってから、すっかり仲が良くなっちゃって、今はお友だち。そんな愛梨から伊集院さんとの本当の関係を聞きだしたんだ。
「中学の婚約話の時は完全に怒りまくってた」
そりゃそうだよね。中学三年生に、いきなり見ず知らずの男と婚約しろなんて言われたら怒るわよね。
「だってさ、転校までさせられたんだよ」
愛梨は小学校からずっと海星。そのままエレベーターで海星高校、さらに海星大学に進学するはずだったのに、いきなり県立校を受験させられたんだって。理由は婚約予定者と同じ高校が良いからだってさ。学校が同じになったらその婚約予定者の顔を見ることになるんだけど、
「さすがに興味はあったよ」
「で、感想は?」
「最悪」
わかる、わかる。顔もスタイルも並以下。運動が出来るわけでも、楽器が弾けるわけでもないし、クラスの人気者でもない。勉強こそ出来るものの、後はオタクの暗さをプンプン漂わせたんだって。あはは、今と一緒か。
「そういうタイプは、あの年代じゃ人気ないもんね」
「そうなのよ。どうして、あんなのと思ったもの」
こんな男と婚約させられて、結婚までさせられるのは真っ平と思った愛梨は、婚約話をぶち壊すために、まず家で高慢なワガママ姫を演じたんだってさ。中学生までの愛梨はどんなんだって聞いたら、
「そりゃ、お金持ちのお上品な、心優しいお嬢様だったのよ」
愛梨曰く、やってみると妙に嵌っちゃって、家だけでなく学校でもそのキャラで押し通したらしい。
「だいたい、男ってそういうキャラ嫌うじゃない」
愛梨は大学進学の時もゴネまくったそうなのよ。親は港都大を勧めたそうだけど、愛梨が強引に進学したのは、
「ルプレヒト・カール・ユニベルシテエト・ハイデルベルク」
「それってドイツの」
「日本にいたくなかったんだ」
通称ハイデルベルグ大学と呼ばれるけど、ドイツ最古の伝統を誇る名門校。よく入れたものだ。
「そこで馬に熱中しちゃったのよ」
愛梨は子どもの時から甲陵倶楽部で乗馬を習ってたんだけど、本格的になったのがドイツ留学時代で良さそう。もっとも馬術でドイツ留学がしたくて、ドイツ語の勉強はしてたみたいだけど。
「伊集院さんとは」
「馬つながりでね」
卒業して帰国してから、市内の乗馬クラブの親善試合に頼まれて出場した時に再会。
「あははは、六年ぶりでしょ。お互い誰だったかをすっかり忘れちゃっててさ」
「今度の感想は」
「悪くないぐらいかな」
そこから恋愛関係に進んだかだけど、
「ただの異性のお友だち」
「じゃあ、婚約話の再燃は?」
「あれはね・・・」
日本に帰った愛梨には次から次へと結婚話が持ち込まれたそう。これは愛梨が美人であることも理由だけど、それより神崎工業と婚姻関係を結ぶ政略がらみがプンプンするものばかりだってさ、
「お嬢様稼業も大変ね」
「そうなのよ」
変な結婚話を蹴飛ばし続けていたんだけど、だんだん蹴りにくくなったで良さそう。そりゃ愛梨も三十歳になってたからね。そこに断り切れそうもない話がセッティングされちゃったみたいで、
「スグルに頼んだの」
既に新進気鋭の研究者となっていた伊集院さんに仮の彼氏になってくれって。こんな立派な彼氏がいるという理由でなんとか断ったそうだけど。
「そしたらね、今度は神崎と伊集院の家が盛り上がっちゃって、婚約話が蒸し返されちゃったのよ」
「もてる女は辛いね」
「神崎の看板付きだからね」
困った二人なんだけど、
「スグルが言うんだよ、不仲説を流そうって。愛梨は止めたんだよ。でも、気分転換にもなるからって」
「それが伊集院さんが研究を中断した理由?」
「すぐに話は収まるはずだったんだけど」
愛梨はこれに合せるようにドイツに一年間の馬術留学。予定では日本に帰った頃には婚約話は終ってる計算だったんだそう。
「それがね、なかなかしつこくて」
仕方がないから、もう一回半年の馬術留学したんだってさ。
「そんな時にスグルが出会ったのがハルカだよ」
「でも・・・」
「愛梨もまさかだったんだ」
「やっぱり」
愛梨も自分の鈍さを悔やんでた。
「いくら友だちでも、スグルが一時でも研究を中断した意味を考えるべきだった。それにだよ、愛梨から逃げるフリだけだったら、それこそ海外に研究の拠点を移せば良いだけじゃない。スグルが研究者として、どれだけ優秀かは愛梨だって良く知ってたはずなのに」
だから伊集院さんは神戸から動かなかったんだ。
「スグルが堅物なのは知ってるでしょ。だから恋愛も思いっきり不器用でさ、愛梨の手も握った事がないぐらいなの」
それはシノブにもわかる。
「そんな堅物なのに、愛梨とハルカの二人を同時に愛してしまってさ、アイツ極限まで悩んでたみたいのなのよ」
「愛梨は結局どうなの」
愛梨はしばらく考えてた。
「中学の時に婚約話が出てから、ずっとスグルがいたんだよね。白状しとくと誰も恋人は出来なかったんだ。愛梨もスグルのことは言えないかもね。恋愛は不器用なんだよ」
かもしれない。会長杯の時のフェア精神は立派だったけど、裏返せば強すぎる正義感というか、潔癖感がありそうだものね。単にプライドが高いでもイイけど、あれだけ強いと男も近寄りにくいかも。
「やっと気づいたんだ、再会してからずっと好きだったのをね。愛してるんだスグルのことを。そしたらね、生れて初めてジェラシーを感じたんだ」
「だからハルカを会長杯に招待したの」
「デュエロで叩き潰してやろうと思ってね」
こりゃ、ユッキー社長並のツンデレだ。
「でもね、ハルカと会ったら気が変わった。なるほどスグルが魅かれるはずだってね」
ありゃまあ。
「スグルの奥さんに相応しいのはどっちだろうって考えたんだけど、愛梨よりハルカの方が良いとしか思えなかった」
ここまで愛梨のフェア精神は強いんだ。
「そんなことないよ」
「だからせめて馬だけは勝ちたかったんだ。勝った後に、
『あの程度の男が欲しいならくれてやる』
こんな捨てセリフを残して去って行ってやろうってね」
愛梨の目に涙が。好きなんだ、愛してるんだ。なんだかんだと言いながら、愛梨は伊集院さんを待ってるんだ。
「告白したの」
「まさか。愛梨じゃスグルを幸せにできない」
このツンデレ女め、素直にならんかい。
「好きな男がいたら、奪いに行くものよ。愛梨は好きなんでしょ、伊集院さんと結ばれたいんでしょ。相手を幸せにしたいと思うのなら、そうするように努力するのよ。やりもしないで逃げてどうするの。それでも女なの。伊集院さんは今でも待ってるよ」
愛梨の涙が次々と、
「ハルカはどうするの」
「愛梨が行かないなら奪うわよ」
「渡したくない」
「じゃあ、行きなさい」
この後の愛梨は凄かった。その日のうちに伊集院さんを呼び出していきなりプロポーズ。戸惑う伊集院さんを押し倒すように口説き落として、そのまま自分の家に連れて帰ったって言うから驚き。両親の前で、
『愛梨はスグルと結婚する』
こう宣言しちゃったそうなのよ。婚約話自体は前からあったから、後はトントン拍子。正式に婚約となり、伊集院さんは神崎工業の寄附講座の特任教授に。伊集院さんが研究に復帰したのはニュースにもなってたものね。
それにしても不器用な恋。中学・高校時代は置いといても。再会してから十二年じゃない。伊集院さんは愛梨がずっと好きだったんだよ。好きだったからこそ、仮の恋人を引き受けただけでなく、研究の中断までしてるんだ。でも待ってるだけ。
愛梨も愛梨だよ。自分が伊集院さんを愛していることさえ気づいてないんだよ。その証拠に結婚は愚か、恋人さえ作ってないじゃない。何かを待ってたんだろうけど、その何かさえわからず待ってたんだよね。そんな愛梨からのお願いが、
「一度だけ勝負させて欲しいの」
「またやるの」
「ハルカじゃない、月夜野副社長と」
団体戦の時のビデオを見て驚嘆したそうなの。
「愛梨もヨーロッパの大会を転戦したけど、あれほどの名手は見たことがないのよ。それも貸与馬じゃない。馬の質だって、あれぐらいなのに、あそこまで乗りこなすのは神業としか思えない」
まあ神の業なのはそうなんだけど、
「副社長は馬での勝負は好きじゃないのよ。だから勝負じゃなく模範演技ならやってくれるかもしれないよ」
「それでもイイからお願い」
「がんばって見るけど、あんまり期待しないでね」
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