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恵梨香の幸せ(第11話)不倫問答

 さてだけどイヤミ攻撃が静かになった派遣の女だけど、康太から妙な手紙を見せられた。とりあえず封筒から妙で郵送じゃないんだよ。

「これで百万円寄越せって」

 なんちゅう女だよ。こんな件で康太に迷惑かけるのは許せないと思ったよ。どう落とし前を付けてやろうかと会社に行ったら、派遣の女に是非相談したいことがあるからって昼食に誘われた。そこで妙に勝ち誇った顔で、

「これからは私の言うことに従ってもらいます」

 は~ん、そういうことか。この派遣の女は聞いたこともない新興宗教の勧誘と、それに関連するマルチまがいをやろうとしたんだよ。その手の商法は恵梨香の友だちのお母さんが引っ掛かってエライ目に遭わされたのを知ってるから大嫌いだったんだ。だから、

『ここでは私の目の黒いうちは絶対に許しません』

 信教の自由とか抜かしやがったけど、マルチ系の手法は友だちからよく聞いてたからガンガンに論破した。それでもキーキーうるさいから、

『もし勧誘されたら私にすべて報告して下さい』

 上司と相談して、こう朝礼で大声で宣言して抑え込んでやった。あれの意趣返しか。アホらし、そんなものが通用する訳ないじゃない。

「貴女が何を言いたいのかサッパリわかりません」
「後悔するわよ」

 昼食から会社に戻るとすぐに上司に報告。次の日には派遣の女はいなくなったよ。康太も顛末が気になってたみたいで、

「まずだけど探したんじゃないと思うよ。たまたま居合わせたと見るべきだね」

 派遣の女が持っていたのは恵梨香と康太がラブホから連れ立って出てきたところの写真。あれは二人の週末のハッピー・タイムのバリエーションの一つ。二人暮らしの夫婦でラブホを使うのも変と思われるかもしれないけど気分転換ぐらいかな。康太も妙にはまってくれてるところもある。

 だってお風呂が広いから一緒に入れるし、シーツも洗わなくて済むし、ビデオだって見放題じゃない。それにラブホって、アレ専用みたいなものだから利用するってだけで興奮するのよね。あんまり他人に自慢できるような趣味じゃないけど、夫婦だからラブホに入って何をしようが文句を言われる筋合いはない。

「居合わせたったってことは」
「だからお互いさまって思ったのだろう」

 撮られているのは唐櫃のラブホ街。あんなところに居るのは利用者、それもクルマを使わないと無理。

「やっぱり不倫」
「貢いでたんだろうね」

 他人の事は言えないけど派遣の女は美人じゃない。恵梨香にイヤミ攻撃をした時にも顔は触れなかったぐらい。そういう容姿に自信がない女が不倫したときに男の心をつなぎとめるのに貢ぐのはありがちなケース。派遣の女の稼ぎは時給は千五百円ぐらいのはずだから月給は二十五万円ぐらいで、手取りは二十万円ぐらいになるから、

「食事代やホテル代も持っていたとすると月二~三回として五万円ぐらいだろ。それ以外に貢ぐカネは十万円ぐらいだったんじゃないのかな」

 そこまでして不倫したいかと思わないでもないけど、不倫は禁断の蜜の味なのは恵梨香も良く知っているからやりかねないのよね。さらに言えば貢ぐカネ以外にもプレゼントとかもしていない方が不自然だろう。それもかなり高価なものになるのが世の習い。

 康太が言うにはマルチ商法の稼ぎも重要だったはずだって。恵梨香へのイヤミ攻撃もマルチ商法を職場でスムーズに展開するための手法で、マウンティングして弱らせて引きずり込むつもりじゃなかったかとしてる。

「興信所を使っていないのも確実だ」

 興信所なら恵梨香と康太が夫婦であるぐらいは調べ出すものね。でもどうやって康太を特定したかになるけど。

「子どもが受診してたのじゃないかな」

 康太は病児保育をやってるから、派遣の女が利用していたっておかしくないか。康太が夫であるのは職場には伏せているから、医者である康太とホテルで一緒となると不倫と確信したんだろうって。

「でも恵梨香だよ」
「恵梨香は可愛いし、ボクは満足してるけど・・・」

 イイよ。世間一般で恵梨香がどう思われてるかはよく知ってるもの。イヤミ攻撃の時に恵梨香は貧乏人認定されてるけど、その理由が派遣の女同様に男に貢いでいると勝手に結論したんだろうな。

「危機だったんじゃないか」
「遊ばれてるって事にもなるよね」

 貢ぐカネにしろ、プレゼント代にしろヒート・アップするのは避けられないのよね。相手の男が少しでも冷たい素振りを見せれば必死になってすがりつくのが不倫でもある。言っちゃ悪いけど派遣の女を相手にするぐらいだから計算づくである可能性も高い。そうなった時にカネがないからあきらめる選択枝はないから、家計にも手を出していた可能性もあるし、消費者金融とかに手を出しているのかもしれない。

「じゃあ、一度で済ます気はなかった」
「恵梨香はともかくボクは医者だろ。カネ蔓と思って小躍りしたかもしれないよ」

 派遣の女はあっさりクビになったけど、派遣会社はどうしたのだろう。証拠付きの強請り行為だから派遣会社も解雇されてもおかしくないよね。その話が旦那さんに知れたら、

「バレないかもしれないけど・・・」

 恵梨香も上司に相談されたけど実害は出ていないから告訴まではしない事にしてる。派遣会社も不祥事だけど、警察沙汰にしないとなると旦那さんに解雇理由まで知られない可能性もある。でも収入がなくなると不倫は維持できなくなるから、

「また他の派遣会社に潜り込むとか」
「子どもが可哀想だよ」

 康太も他人の事は言えないと寂しく笑ってたけど、子どもにとって両親は仲良くして欲しいもの。夫婦喧嘩だって見たくないし、ましてや不倫に血道を挙げている親なんて見たくも知りたくもない。さらにそれが原因となる離婚もね。

 派遣の女の子どもの歳は知らないけど、思春期に差し掛かっていたら汚物同然に見られたって当然だと思う。それだけじゃなく、そんな母親の血が自分にも流れていると思うと忌まわしく感じるものね。

 でもね、でもね、男と女だから不倫に走ってしまう事もあるのは恵梨香も経験者だからわかる部分はある。不倫が良いことだと言う気はないけど、許されざるが故に熱中してしまうのも。

「ボクはやられた方だけど、不倫って不思議な関係だよね」

 不倫もバリエーションが多いけど、自らの家庭は壊したくないのがベースにあるのは同意。恵梨香もあの不倫上司の家庭を壊し再婚しようとは思わなかったもの。壊しかけそうになっていたのは認めるけど壊すのが目的じゃなかったものね。

 不倫から略奪愛になるケースもあるけど、それだって最初から略奪愛が目的でなく、こじれまくった末の結果論みたいなものの気がする。最初から略奪愛が目的のとはちょっと違う気がするのよね。

「足りないものをどうしても埋めたくなる心理かな」

 夫婦になって子どもが出来ると、女は母親になってしまう側面が強くなるのじゃないかと康太はしてた。役割としてそうなるのは仕方がないと思うけど、母親だけじゃなく女として見て欲しい欲望かな。ここで夫まで妻を母親と見てしまうと、

「そこをどうしても満たしたい欲望を抑えられるかどうかだろう」

 母親として家庭を守りたい側面と、女として満たされない欲望のせめぎあいが生じるぐらいかもね。もちろん全員じゃない。女だって母親であるのに満足するのもいるだろうし、アレ自体が好きじゃないのもいる。その気が芽生えたって家庭や家族を守るのが優先されて踏みとどまる者だって多いはず。

 それでも一線を越えてしまう時はある。不毛と思っても行ってしまうのが男と女としか言いようがない部分かもしれない。恵梨香もそうだったからエラそうに言えないところがあるもの。

 だけど不倫には大きな代償が伴うのよね。バレたら守りたいはずの家庭を壊しちゃうもの。だったら行きずりの逢瀬に終わらせれば良いようなものだけど、そうさせてくれないのも不倫と思ってる。

 恵梨香も危ないところまで進んでたけど、不倫は重ねれば重ねるほど禁断の蜜の味を啜ってしまうのはわかる。満たすためにはあらゆるブレーキが吹っ飛んでいく感じとして良いよ。プレイが激しくなるのはもちろんだけど、

「優先度が逆転して、手段が目的化してしまうんだろうな」

 不倫でも本来優先されるのは家庭のはずだけど、女を満たす欲望がドンドン強くなり、等価値になるというか、

「みたいだね。欠かせない生活の一部になるみたいだね。だから罪悪感もなくなるんだろうな。そう、アンタが満たしていないのが悪いみたいなロジックだ。もちろん女だけでなく男も同様だけど」

 それって元嫁の。いや恵梨香もそれに近かった気がする。禁断の蜜の味がいつしかすべてを支配してしまう感じなのも経験した。

「これで懲りて終止符を打てるかな」
「そう考えてくれたらね」

 恵梨香が終止符を打てたのはラッキーだったかもしれない。妊娠、不倫上司の異動が重なってくれたからだもの。恵梨香も禁断の蜜の味に酔ってたけど、さすがに妊娠で醒めた部分はあるのよね。

 不倫上司が奥さんと別れてまで恵梨香と再婚するとは思えないし、そうなればシングル・マザーになるしかないじゃない。そっちを考え出したら、そこまで不倫上司を愛してないって思っちゃったぐらいかな。

「最後は男と女の組み合わせ?」
「どうしても、そう思ってしまうんだよね」

 結婚ってホントに難しい気がする。誰だって結婚するときには幸せになれる相手と思って選んでるんだよ。でもそうなれるかどうかはまさに運次第。

「そこまで悲観的に思いたくないけど、お互いバツイチで失敗の経験者だものな」

 済んでしまえばあれほど不倫に熱中していた理由がわからなくなっちゃうんだよね。たぶんだけど元嫁もそう思っている気はしてる。世の夫婦の中で不倫をしている比率なんて調べようもないだろうけど、三組に一組以上が離婚するのが現実。

 離婚理由でトップは性格の不一致ってなってるそう。でも本当の意味の性格の不一致もあるだろうけど、世間体とか離婚後の生活を考えてそうしている部分も多い気がする。不倫だって一度限りとか、数度で終わって秘密にしているケースもあって不思議はないと思うもの。それを考えると世の中の不倫比率は、

「恵梨香に出会えて良かったよ」

 それは恵梨香のセリフ。この巡りあわせに出会うために生まれてきたんだ。

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