ツーリング日和2(第32話)フェリーの夜
たら腹食べて飲んで部屋に戻ったら、マイはかしこまって、
「コトリはん、ユッキーはん、ほんまにありがとう。二人がおらへんかったら、捕まっとったわ。そやけど、神戸に着いたらお別れや。これ以上は迷惑かけられへん」
だからそれも読まれとるって。友だちの家なんか無理に決まってるやろ。
「ほいでも行くところが・・・」
「乗りかかった船や。最後まで面倒見たるし」
「そうよ、旅の仲間って言ったじゃない」
泣くなって。
「うちは明日さえ回避できたらと思てるんやけど」
「甘いわ」
そんなもん、なんなりと理由付けて仕切り直しするに決まってるやんか、
「そんなん言われても、いつまでも逃げてられへんし」
「逃げとっても解決せん」
「いつかは捕まるよ」
しょげとるわ。可愛いもんや。
「逃げるんも大変やったけど、戦うなんて無理や。あんたらも、あの連中見たやろ。帰ったらまた閉じ込められてまうだけや」
「それやったら、あの連中は帰ってもらおうや」
「婚約も御破算にすれば済む話じゃない」
マイの婚約やけどやっぱり裏があったわ。大した話やあらへん。マイの親父さんがバクチに注ぎ込んでるんよ。それも裏のやつ。表でバクチやっても勝てんけど、裏でやろうものなら。
「カモがネギ背負っているようなものね」
さらにやけど愛人もマンション買うて囲うてる。そんだけのカネを調達するために会社のカネに手も付けとるんよ。
「そんな事でうちを売ったんか」
そうなるねん。マイの親父は白羽根と手を組まんとクビが回らんようになっとるわ。この辺も白羽根が仕組んだ部分があるのか、情報つかんで利用したんかまではわからんかったが、
「さすがは白アリ産業ね」
「弱いと見たら食いつぶしに来よる」
弱味がテンコモリ状態やもんな。
「ところでマイは誰に惚れとるねん」
マイが白羽根亮介との結婚を嫌がった理由はわかったけど、あの嫌がり様は本命がおるはずや。
「そ、それは・・・」
照れながら話してくれたわ。清次さんつうらしいけど、中学を卒業してすぐに関白園の板場に入り、追い回しからから始めた叩き上げや。板場の階級は、
板前 → 脇板 → 煮方 → 焼き方 → 揚げ場 → 洗い方 → 追い回し
これも店ごとによって変わるんやけど、関白園の場合は規模が大きいさかい板前のところがちょっとだけ変わっとって、
板長 → 立板
こうなっとるらしい。板長は経営者でもあるから西洋料理で言う総料理長みたいな感じやそうや。料理場ばっかりに専念出来へんぐらいやろ。さらに立て板も三番までおるって話や。
清次さんは優秀らしゅうて三番立板らしいけど、腕前はすでに板長以上やそうで、それは板場の誰もが認めてるぐらいやねんて。この清次さんとは歳が三つ違いで追い回しの頃から顔見知りやったらしゅうて、
「なんか聞いてて胸がキュンキュンしちゃうね」
最初は料亭のお嬢はんと追い回しの関係やったんが、板場の地位を上げていくに連れて近づいていき、いつしか将来を誓い合う仲って話やろ。こんなん現実にあるんやな。
「そやけど白羽根の話があって・・・」
板場は大反対やったそうやけど、その急先鋒が一番立板の提島さんやったそうで、板場を代表して板長のマイの親父さんに直談判したんやて。話はまとまるはずもなく大喧嘩。提島さんはクビにされて、
「清次や他の職人さんも大勢辞表叩きつけたんや。うちも親父に文句言うてんけど、そしたら家から出れんようになってもてん」
なんか昭和のドラマ見てるみたいや。
「関白園の味は清次やのうたら受け継がれへん。そやのに、あのクソ親父・・・」
全部丸うには納まらんか。
「親父の腕は落ちる。今まで関白園の味を守って来れたんは、一番の提島さんのお蔭やねん。その提島さんが認めたんが清次や」
「二番の立板が残ってるやんか」
「久島さんじゃ無理や」
ちいとわかりにくいが、
「爺さんは名人と呼ばれたぐらいの人や。その爺さんの愛弟子やったんが、親父と提島さんやったんや。お母ちゃんは選んだんは親父やけど、親父は爺さんの味を受け継げんかった。爺さんはいっつもボヤいてたわ」
親父さんの筆頭弟子みたいなんが久島さんか。派閥みたいなもんやな。しっかしやな、提島さんはそんな立場でよう関白園に残ったな。親父さんとの婿レースで敗れた時点で辞めそうなもんやが、
「うちも詳しいとこまで知らんけど、爺さんが関白園の味を守り、伝えるために残ってくれるように頼んだらしいで」
受けた恩に報いるためとは今どき古風なこっちゃ、
「その提島さんって聞いたことあるよ。板場の古武士じゃなかったっけ」
ああ思い出した。鬼瓦みたいな怖い顔しとる人やった。体は大柄やないけど、ガッシリしとって碁盤みたいな背中やったんちゃうかな。板場はどこも厳しいのが当たり前みたいなとこやが、関白園の板場は鳴り響いとって、そこの鬼軍曹って言われてたはずや。
そやからマイのお袋さんは避けたんか。難しいもんやな。関白園みたいなとこの女系相続のメリットは優秀な板前を後継者に出来る点や。そやけどそこがデメリットにもなるってことやな。
そりゃいくら龍泉院の娘でも女や。どうしたって好き嫌いは出る。見た目に左右されるのを責められるかいな。商品を選ぶみたいな感覚で結婚なんかできへんからな。聞く限りマイの親父は若い時は優男やったようや。
鬼瓦と優男の二択やったら、優男を選んでしまう気持ちはわからんでもない。見た目だけやのうて、提島さんは女にも不器用やったんかもしれん。料理人としては関係あらへんと言えばそれまでやけど、女としたら大違いになるからな。
「関白園の味は守らなあかんねん。守るためにはうちと清次が結ばれる事やんか。そやのに、そやのに・・・」
関白園の女系相続からしたら理想の組み合わせやもんな。清次さんの腕は間違いあらへんようやし、二人は深く愛し合っとるもんな。
「提島さんと清次を追い出してもたら関白園は終わりや。なんでそがいに簡単なことを親父はわかってくれへんねん」
白羽根はそれで十分ってことやろな。白羽根が欲しいのは龍泉院と関白園のブランドだけや。誰が料理しようが関係あらへん。親父さんと久島さんが本物の関白園の味を出せんでも、余計な邪魔者を排除する方がメリットは大きいぐらいの計算になりそうや。
「コトリ、あっちの方の効果は出てる」
「それがやねんけど・・・」
白羽根の連中もアカンな。フェリーに乗った時はまだ謎の二人組になっとるねん。
「それは言い過ぎよ。名前じゃたどれないし、メット被ってるし」
そやけど調べようがあるやろが。シノブちゃんやったら、こんだけヒントあったら調べ上げとるわ。この辺はうちと較べたらアカンのはわかるけど、
「これやったら夜が明けたら一件落着にならんかもな」
「それが一番無難だったんだけど」
余計な波風は立てとうないが、
「もう手を打ってるんでしょ」
「まあな」
戦いは先手必勝が鉄則や。受け身になったらまず勝てん。朝になったらまた状況が変わってるかもしれん。
「それにしても海の上のスマホって二十二世紀になってもつながらないね」
「せめて瀬戸内海ぐらいなんとかならへんねんやろか」