見出し画像

ミサトの不思議な冒険(第32話)翌朝

 朝早くにシノブさんがやって来て、
 
「にらんだ通りで良さそうです」
「ミサトさんの家にあれだけ大がかりな事を仕掛けるなら怨恨しかあらへんからな」
 
 怨恨? 親父もお母ちゃんもクラシック・カーのレストアを道楽でやってるだけで、人に恨みを買うようなことはないと思うけど。
 
「子どもの喧嘩に親が口出すのも度が過ぎるとこうなるか」
 
 子どもの喧嘩って、ミサトの喧嘩だよね。ミサトが大喧嘩したといえば、まさか、まさか、
 
「宗像!」
「宗像本人と言うより、宗像のお袋さんや」
 
 宗像は末っ子の三男。それも次男とは一回りぐらい離れてるんだって。そのせいか宗像のお袋さんは、それこそ猫可愛がりしてたで良さそう。宗像の家はエクア開発の社長だけど、会社の方は長男と次男が継ぐみたいになってるらしくて、宗像には好きな道を進ませようとしたみたい。

 宗像は子どもの頃は神童って呼ばれるぐらい、あれこれ才能を示したそうだけど、とくに才能があったのが写真。だからお袋さんは宗像を写真のプロにするのに懸命になったぐらいかな。

 そこまではさして問題はないのだけど、お袋さんは宗像の行く手を阻みそうなものをせっせと摘み取る事に励んだで良さそう。その犠牲者の一人が野川部長になるみたい。そんな宗像が大きな挫折を味わう事になったのが、写真甲子園の校内予選。

 あの挫折をバネに写真に精進すれば美談だけど、そうは世の中進むわけもなく、宗像とお袋さんはよりベッタリになり、お袋さんは宗像をより強力に守ろうとし、宗像はその庇護の下でヌクヌクと暮らす方向になったらしい。
 
「マザコンもエエとこやな」
「子離れしていないとも言えます」
 
 写真をやりたいのならメディア創造学科に進学すれば良さそうなものだけど、宗像のお山の大将的な性格はそれを好まず、公認写真サークルの支配者を目指したらしい。これにお袋さんも大賛成だったというから呆れた。

 そこで宗像は二回目の挫折を味わう事になる。言うまでもなくツバサ杯事件。結果として公認写真サークルは吹っ飛んだし、宗像自身も訓告処分を受けてしまったのだけど、
 
「母親は訓告になったことに大逆上になっています」
 
 訓告は正式の懲戒処分だから宗像の経歴にしっかり刻まれるのよね。これを、
 
『可愛い息子をキズモノにした』
 
 こう受け取ったぐらいかな。だけどだよ、その前に審査員の買収と写真のすり替えやってるんだけど、この手の連中は気にもしないのが多いんだって。そこで報復のターゲットにされたのがなぜかミサト。

 ミサトは写真甲子園の校内予選にもツバサ杯にも出場して宗像に勝ったのは事実だけど、あれってフェアな勝負じゃない。逆恨みもイイところと思うけど、お袋さんにはそう見えず、ひたすら可愛い息子の邪魔をする憎たらしい女になったぐらいらしい。
 
「宗像のお袋さんは実家に泣きついたで良さそうです」
 
 実家は山上家っていうのだけど、東組の創業者一族と言う方がイイって。東組は今では港湾を中心とした総合物流業だけど、もともとは沖仲士の元締めみたいな会社だったんだって。

 沖仲士って何かだけど、昔の貨物船は荷物を艀に下し、さらに艀から桟橋に人力で運びんでたそうなのよ。そういう作業に従事する人を沖仲士って言うのだそうだけど、作業内容からわかるとおり、頭脳はあんまり必要としないけど、その代わりにモロ体力勝負のお仕事。

 沖仲士の世界も元請があって、二次・三次・四時の下請けがある構造で、末端は手配師と呼ばれる人が実務を取り仕切る感じだったそう。とにかく荒くれ者が多かったそうで、そういう連中の頭に立つような手配師は・・・
 
「そういうことです。神戸の暴力団のルーツの一つです」
 
 沖仲士の仕事も岸壁の整備やコンテナ船の普及で急速になくなったそうだけど、東組と暴力団は、かつては密接なつながりがあり、今でもそれなりにあると言われてるぐらいかもしれない。
 
「誤解せんときや。どこの会社かって裏とのつながりは、多かれ少なかれあるんよ。東組の場合は始まりがそうやったから濃い目ぐらいや」
「じゃあ、宗像のお袋さんが東組から暴力団を雇って」
「大筋はそれに近いけど、そこまでシンプルやない」
 
 山上家は創業者の一族ではあるけど、今では経営にタッチしてないってさ。どうも東組がカタギの会社になる時に、暴力団とのつながりを整理するために追い出されたぐらいらしいとしてた。ただ有力株主ではあるみたいで、
 
「東組への経営復帰が一族の悲願ぐらいや」
 
 そこに絡んでいるのが暴力団ぐらいの構図で良さそう。というか、暴力団側がそこに目を付けて関係強化に励んでいるぐらいの方が良いとしてた。

 暴力団も取締法がドンドン強化されて、暴力を直接使ってカネを稼ぐと言うより、間接的に暴力をほのめかしてカネを稼ぐの主流だって。直接暴力を使ったのが警察に知れると物凄い取り締まりが行われるからで良いみたい。でも暴力は力の源泉だから、その保持というか、使い方も巧妙化してるんだって。
 
「ヤクザになってまう人種はどうしてもいるんや」
 
 コトリさんの見方はドライだけど、どうしたって変な奴は社会に一定の割合で存在するし、それを根絶するのは不可能としてた。かつての暴力団はそういう連中を配下に組み込んで勢力拡大をしてたけど、今はだいぶ違うんだって。

 変な言い方だけど、ほっといても自然発生するチンピラ・グループを必要に応じて随時契約で使うのだそう。細かいことはわからないけど、そうすることで取締法の連鎖逮捕をかなり防げるらしい。
 
「お袋さんがやったのは二本立てや」
 
 貞友弁護士は、表向きは綺麗にしてるらしいけど、裏で暴力団とつながってるらしい。貞友弁護士のやり口は事件を仕組んで起させて、ガッチリ証拠を握って裁判に勝つのが常套手段なんだって。その事件を起こさせるのに暴力団を使うぐらいかな。SSKの時は暴力団まで噛んでいなそうらしい。

 ところがそれだけじゃ腹の虫がおさまらなかったのがお袋さん。チンピラ・グループを雇って放火までさせたらしい。このチンピラ・グループを使う時に暴力団が介在した可能性が高いとしてた。
 
「証拠はあるのですか」
 
 そうしたらシノブさんは、
 
「ええ、これぐらいですが・・・」
 
 ひぇぇぇ、一晩でこれだけ集めたんだ。
 
「普段から情報収集はある程度してますから・・・」
 
 エレギオンHDの調査部はCIA並と世間の評判だけど、こんなに凄いんだ。貞友弁護士のやってることぐらいは、既に情報収集済だったで良さそう。だったらもっと前に告発してたら、
 
「気悪くせんといてや。うちの調査部がやってるのはあくまでも情報収集で、犯罪捜査やないんや。情報は握っているのに価値があるし、握っていると思わせるのに効果があるねん」
 
 実際にもあれこれ裏情報を握ってるらしいけど、エレギオンHDが握っているかもしれないと相手が思うだけで、悪辣なことをやらなくなる抑止効果になるそう。
 
「たまに実力行使もするけど、一罰百戒ぐらいの意味や。そやから直接絡んで来ない限り放置ってこと」
 
 ミサトは感嘆するというより呆れてた。なるほど世間でエレギオン・グループだけは敵に回したくないとする理由の一つがこれだったんだって。ミサトと尾崎家が絶体絶命で逃げ道無しと思っていた状況なんて、エレギオンの女神から見ると片手間にもならない仕事なんだろうって。
 
「そうでもないで。今回は話がシンプルやっただけや。いっつもこんな簡単に話が済むんやったら苦労せえへんからな」

いいなと思ったら応援しよう!