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不思議の国のマドカ(第30話)マドカの個展

「アカネ、今度こそマドカに個展をやってもらうが意見はどうだ」
「ありません」
 
 個展の準備は会場とかはスタッフが用意してくれるけど、写真は誰のアドバスも借りずに行うのがルール。準備期間は一ヶ月で、その間は他の業務は免除されて専念することになってる。

 マドカさんは張り切ってる。そりゃ、張り切るよな。これで合格すればプロの仲間入りだもの。逆に認められなければ、カツオ先輩のように終りになっちゃうし。

 一ヶ月が過ぎて開場前にツバサ先生、サトル先生とともに見に行ったんだ。カツオ先輩が不合格だった時のことを思い出して妙にドキドキする。へぇ、さすがマドカさんだ。個展会場も品がある感じがする。花なんかさりげなく活けてあるのがオシャレだもの。

 審査をするのはツバサ先生。アカネはサトル先生とツバサ先生に続いて見てた。うん、イイんじゃない。細かい事を言いだせばキリがないけど、個展で繰り広げられてるのは、紛れもなくマドカさんの世界だもの。レベルだって、オフィス加納の商売物基準を余裕でクリアしてると思う。

 
さすがに厳しい顔で審査を終えたツバサ先生は、マドカさんを呼び寄せ、
 
「よくやった」
「ありがとうござい・・・うぅ」
「泣くなマドカ。これから、お客さんも入ってくる。これもプロとしての対応の始まりだ。さあて、受付だ、受付だ、ここでミスしたら、マドカ先生にドヤされるわ」
 
 受付に向かうツバサ先生に頭を下げているマドカさんの姿が美しい。あんなに綺麗にお辞儀って出来るものだと初めて知った。そうだ、そうだ、マドカさんの師匠はツバサ先生だけど、アカネだって短期間だけど師匠役をやったんだから、
 
「アカネも受付やります」
「不安だ」
「アカネもちょっとだけど師匠やったじゃないですか」
「猛烈に不安だ。そこに座ってもイイが、とにかくしゃべるな。しゃべればマドカの晴れの門出が台無しになる」
 
 アカネだってと思ったけど、カツオ先輩の時と違ってマドカさんは必ず合格すると見ていたみたいで、写真界はもちろんのこと、他からも著名人がたくさんやって来てビビった。ツバサ先生が声かけていたんだ、きっと。

 名前ぐらいは聞いたことがあるけど、生で見るのは初めてだものね。こりゃ、たしかに余計な口出しをしないのが吉みたい。それにしてもマドカさんは堂々としてるな。さすがはお嬢様だ。まああれぐらい完璧な礼儀作法が出来たら、誰も文句は言わないだろ。
 
「アカネ、横目でイイから見とけ」
「なにを」
「マドカの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいよ」
「渋茶ならいくらでも御馳走しますよ」
 
 個展の評価も上々、写真誌にも紹介されてた。これはアカネにもちょっと嬉しかったんだけど、
 
『写真界の巨匠が並んで受付をする異例の評価』
 
 やったぁ、アカネも巨匠って書いてくれた。渋茶は相変わらず余計だけど。ただこっちはムカッときた、
 
『白鳥の貴婦人 新田まどか』
 
 どうして巨匠のアカネが『渋茶』でマドカさんが『貴婦人』なんだよ。しかも『白鳥』まで付いてる。しかも、しかもだよ、フルネームの上に呼び名が付いてるじゃない。だってさツバサ先生も、
 
『光の魔術師 麻吹つばさ』
 
 こうなんだよ。どうしてアカネだけ『渋茶のアカネ』なんだよ。もう渋茶は取れないんやろか。まだ二十二歳だから、最初からやり直してもっと格好の良い呼び名を付けられないかなぁ。ツバサ先生の部屋で話をしてたんだけど、
 
「アカネ、それでも不満なんだろう」
「と言うわけでもないのですが・・・」
 
 そりゃマドカさんが貴婦人でアカネが渋茶なのは猛烈に不満だ。
 
「マドカは間違いなくプロの壁を越えた。一流だ」
「そうなんですけど」
「それも二年でだぞ。たいしたものだ」
「そうですが」
 
 ツバサ先生は笑いながら、
 
「もう世界が違うんだよ。わたしとアカネのいる世界は。プロの壁なんて見えないぐらいのところにいるんだよ」
 
 そこまで登ってもまだ渋茶かよ。
 
「かつて西川大蔵は写真の行き着くところは必然的に収束すると言った」
「それはツバサ先生がボロクソに貶したセリフじゃないですか」
「そうだ、西川の高み如きで言うには片腹痛すぎる。でもな、写真の行き着くところは一つの可能性はある」
 
 えっ、ツバサ先生がそんなことを、
 
「アカネ、麻吹アングルはもう基礎テクニックだし、光の写真もオードブルだろう」
 
 あれこれやってるとコツがわかったのよね。それさえわかれば、光の写真もそんなに難しいテクニックじゃない。
 
「二人で行って見よう、写真の行き着く先を。そこが一つに収束するのか、そうでないかを確認するにはそれしかないじゃないか」
「そうですね」
「マドカもいずれ追ってくる」
「追いつかせるものですか」
「わたしもアカネ如きに追いつかせるものか」
 
 そうだフォトグラファーが目指す先は無限だ。あるかないかわからない、ゴールを目指してひたすら突き進むんだ。アカネも行き着く先があるなら見てみたい。

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