ミサトの不思議な冒険(第25話)団体戦
八時からホールで開会式。三大メソドに加えて麻吹先生のチームまで加わっての対決が、噂を噂を呼んでテンコモリの観客と取材陣。テレビ中継まで入ってるもの。ロイド先生から順番に挨拶したのだけど、どこも気合が入っていてピリピリしてた。
「このアメリカでロイド・メソドの負けなど許されない」
ミュラー先生も、
「二年前の悔しさを晴らして見せると約束する」
辰巳先生は無難だったけど、麻吹先生が挑発的なのにはちょっと驚いた。
「この程度の相手に勝って当然、座興の勝負を受けてやろう。蹴散らして来い」
オイオイって感じだけど、またなにか良からぬことを考えていそうな気がする。メモリー・カードを渡されて、
「テーマは『ザ・ハワイ』。制限時間は三時間。正午までに、ここに戻ってきて提出のこと。遅れればその時点で失格とする。では競技開始」
まずはロビーで作戦会議。リーダーはエミ先輩で、
「ミサトさんの技量も聞いてるから作戦は・・・」
なるほど三人の個性を活かそうって作戦だね。そこからエミ先輩はサラサラとイメージを描いて、
「ミサトさん、どこになる」
あっ、そうか。エミ先輩も野川部長もハワイは初めてなんだ。今回の麻吹先生の撮影はオアフ島、それもホノルル周辺が多かったけど、あれは仕事もそうだったかもしれないけど、ミサトに名所や撮影スポットを教えてたに違いない。
ひやぁ、そこまで計算してたんだ。急場の勝負だから他の島に撮影場所を設定できないだろうからね。本部がヒルトンだから、いくら頑張っても三時間じゃホノルル周辺になるはずか。
「そういう構想なら・・・」
イメージに合わせた撮影場所をミサトが割り振ると、エミ先輩はそれを地図にプロットして、
「ミサトさんはここ、マナブはここ、エミはここを撮る」
「作戦タイムは」
「取らない。きっちりイメージ通りでお願い」
さすがはエミ先輩、組み写真の天才だよ。テーマを聞いた瞬間にここまで全体構想を作り上げちゃったんだ。三人はそれぞれの撮影スポットに移動。後はイメージを頭に置きながらとにかく撮る。
それにしても、あんなもの良く思いつくものだ。ええい、負けるものか、ミサトだって新田先生や麻吹先生のシゴキに耐えたんだ。エミ先輩の構想通り、いやそれ以上の物を撮ってやる。今回はあのシンフォニーの時以上に、激しい個性のぶつかり合いになるはず。
ミサトはひたすら集中した。エミ先輩のイメージを頭に描き直し、現実の光景とすり合わせ、そこからさらに・・・
時間切れ寸前まで粘りに粘り、最後はダッシュで走って帰る。ホテルのエントランスで三人が鉢合わせしたのは笑ったけど、ホールに駆け込みギリギリでセーフ。そこから昼休憩だけどバイキングを食べながら、
「どう」
「撮れたぞ」
「期待しておいて下さい」
他のチームも真剣な顔で打ち合わせに余念がない様子。十三時にコピーされたメモリー・カードを受け取ってセレクト会議。もうここはエミ先輩の独壇場。
「これダメ」
「こっちは合ってない」
「ここを入れ替えると、五枚目と八枚目が浮く」
「四枚目が不協和音になってきた」
「ここのリズムが悪い」
二時間のうちにミサトと野川部長が撮って来た写真をそうざらえでチェックする勢いで、何度も何度も入れ替えた末に、
「これで行く」
またまた時間ギリギリまで使ってホールにダッシュ。今回、ミサトたちが使った作戦はラプソディ。ラプソディは音楽なら自由奔放なスタイルで民族的または叙事的な表現をするぐらいだけど、これを組み写真に応用した戦術。
実はって程じゃないけど、写真甲子園の時にも準備していた作戦の一つ。でも、あの時は使わずじまいだったんだよね。だから聞いた瞬間に動けた。
「ところで誰が審査するのですか」
「そうだな、この面子で、これだけプライドを懸けた勝負になると・・・」
ミサトもそう思う。誰も審査員なんてやりたがらないだろうな。
「だろ、だから麻吹先生はあそこまで準備を重ねられたのだと思うよ」
僅差じゃ決着がつかないものね。この勝負で勝つ方法は一つしか思いつかないもの。審査会場に入り、まずは各々がプレゼンテーション。この担当もエミ先輩、
「ハワイは風光明媚なところですが、一方で民族文化もしっかり根付いています。現代と伝統が融合しているのがハワイです。わたしたちはそんなハワイをラプソディとして表現してみました」
うちが最後だったけど、会場はまさに水を打ったように静まってたよ。息を呑むってあんな感じだと思ったもの。それから嵐のような拍手と歓声が押し寄せてきた。
「ブラボー」
「なんて写真だ」
「これこそ芸術、これこそハワイだ」
「まさにラプソディ・イン・ハワイそのものだ」
司会の人も茫然としてた。思わずかもしれないけど、
「これはなんて・・・」
審査員はやはり麻吹先生たち四人。こんな審査体制も異例だけど、この審査体制で文句なしの勝利を収めるには、他の審査員が相手の勝利を認めるかしかないのよね。ようやく拍手喝采がおさまった時に麻吹先生は立ち上がり、
「ロイド先生、ミュラー先生、辰巳先生。なにかご意見はございますか」
三人とも押し黙ったままだったけど、ようやくロイド先生が絞り出すように、
「麻吹先生、この三人はオフィス加納のプロですか」
「いえ学生であり、アマチュアです」
他のところもあの急場でよく撮れてると思うよ。彼らなりに頑張ったのは認めるけど、まず、それぞれの写真の質がそれこそ超一流のプロとセミプロぐらい差があるものね。さらにエミ先輩の存在の差が大きい。どうしたって組み上がりに格段の差がでる。
「他に御意見が無ければ、わたしのチームの勝利で異論はありませんか」
ロイド先生たちは呻くような声だったけど、
「異議なし」
「優勝を認める」
「これはお手上げだ」
たぶんだけど来年やってても圧勝してた気がする。だいたいだよ、加納アングルを駆使できるだけでも圧倒的な差になるのに、ミサトたちはさらに応用技術まで習得させられてるからね。
それだけ圧倒的な差があったのに、麻吹先生はさらに念入りに勝負に勝つ条件をあれだけ積み上げたんだから。
「そういうことだ。だがな、勝負とは蓋を開けて下駄を履くまでわからないものだ。勝てる要素を一つでも増やすのも勝負のうちだ。お前たちはよくやった。今からハワイを楽しんで来い」
「ホテルはあそこの定宿ですか」
麻吹先生はニヤッと笑って、
「ハレクラニだ」
やったぁ。あの、あの、ハレクラニだよ。これも仕事で撮りに行ったけど、すっごく素敵なホテル。ハレクラニはハワイ語で『天国にふさわしい館』って意味らしいけど、マジでそう思ったもの。
「高いのじゃ」
「ああ、ロイドたちの懐にはな」
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