恵梨香の幸せ(第2話)親戚付き合い
結婚したらセットで付いてくるのが親戚付き合い。だけどこれまた異常なぐらいスッキリしてる。まず両親はもういないし、康太は一人息子。一番ウルサイ存在になる舅姑、小舅・小姑がいないってこと。
一番近い親戚が叔母叔父になるのだけど。これが父方の叔母が一人だけ。さらにその上、つまり康太の爺さんの兄弟姉妹だけど、康太も良く知らないって言ってた。爺さんの兄弟姉妹は多かったそうだけど、
「長男さんは結婚もせずに早く死んだらしい。それと他の兄弟には誰も息子さんが出来なかったって聞いてる」
つまり神保の家は爺さんの代で親父さんが唯一の息子で、康太もまた親父さんの唯一の息子。簡単に言えば分家がないってこと。康太によると四国の宇和島に本家があるそうで、爺さんの喜寿の祝いに来てたとか。ただ本家と言っても、爺さんの爺さんの代の話ぐらいになって康太も無関係だとしてた。
だろうね。宇和島に住んでれば少しは関係あるかもしれないけど、爺さんの時から、こっちに住んでるから遠すぎるものね。康太は住所も電話番号さえ知らないそうだもの。
「お袋さん方の御兄弟は?」
こちらは五人兄妹だそう。そいでもって一番上だけ息子さんだけど、これまた結婚もせずにもう亡くなってる。ついでにいえば母方の祖父母も亡くなってる。残りは四姉妹でお袋さんが長女。四姉妹は嫁に出てるから母方の実家も消滅したことになる。
あれやこれやで神保の苗字を名乗っているのは康太一人で、神保の家の娘の意識があるのも叔母さん一人ってことになるのよね。
「他には娘がいるよ」
これも離婚の時に元嫁に引き取られ苗字も元嫁の旧姓になってるんだよ。康太の葬式ぐらいは顔を出すかもしれないとしてたけど、
「恵梨香、これだけは了解してくれ。もし娘たちが本当に困ってたら、それなりに援助させてもらう」
康太も娘さんたちを可愛がってみたいだものね。もっとも元嫁の実家も資産家だから、たぶん無いだろうとしてた。ただ元嫁だって再婚するかもしれないし、そうなれば継父との関係でもめたりはあるかもしれない。もちろんOKだよ。
だから結婚して挨拶に連れて行かれたのは叔母さんの家だけ。恵梨香は初婚の時のトラウマがあるから緊張して行ったんだけど、大歓迎してくれた。叔母さんも叔父さんも従兄弟も良い人で、心から恵梨香が嫁になったことを祝福してくれたもの。
「いつでも遊びに来てくださいね」
康太も叔母さんだけでなく叔父さんにも子どもの時から可愛がってもらってみたいで、従兄弟も含めて昔話に話が弾んでた。
「たぶん恵梨香なら叔母さんと合うと思うよ」
どういうことかって聞いたら、叔母さん夫婦は地元から出たことがない人だって。つまりは田舎者。康太の故郷は中途半端な田舎だけど、叔母さんはああ見えて結構な田舎者らしい。恵梨香もわかるけど、田舎者は田舎者の礼儀にうるさいのよね。
これも田舎に行くほどウルサイけど、恵梨香の田舎の方がもっとド田舎。ド田舎流の付き合いは恵梨香も良く知ってるから叔母さんも気に入ってくれるはずだって。つまり田舎者の常識を恵梨香の方が良く守るぐらいで、それを恵梨香は自然に出来るぐらい。
それと康太の故郷に住むわけじゃないから、適当に距離が保てるのよね。極端な話をすれば、叔母さんの家だから定期的に挨拶をしなくちゃならない関係でもないってこと。まあ、年に一回ぐらい挨拶でもすれば十分すぎるぐらいかな。
「恵梨香ならわかると思うけど、これでもボクは本家の当主だってこと」
田舎流の礼儀からすれば叔母さんの方が挨拶に来るべきぐらいかな。もちろん康太はそんな気難しいことは言わないから、こちらから頭を下げるぐらいで田舎流としてはかなり厚い礼をしてるぐらいの感覚。そういう機微がわかるのが田舎者かな。
まあ恵梨香の初婚の時は大変だったものね。旧家の本家の跡取りの嫁って、箸の上げ下ろしまで親戚中の非難の的みたいで、どれだけ煩かったことか。それに比べれば気の良さそうな叔母さんの家だけが親戚付き合いのすべてって天国みたいなもの。
「法事も簡単だよ」
だよね。親族と言っても康太と恵梨香と叔母さんがそろえば全員みたいなもの。これに娘さんが加わるかどうかぐらい。たぶん親父さんや、お袋さんの法事ぐらいじゃ顔を出さないだろうし、結婚式も呼ばれるかどうかは微妙で、たぶん呼ばれないだろうね。
さらにがあって、康太と結婚してからお墓も引き上げちゃったのよね。いわゆるロッカー式のお墓で永代供養にしてる。だから草引きとかも不要になってるんだ。お墓も田舎ではウルサイのよ。
「まあね、どうせボクの代で神保の家は終わるから」
康太の家は田舎では名士の家なんだよ。だってだよお爺さんは薬剤師で、親父さんは医者だもの。もっとも康太に家なんて意識は無くて、
「たいした家じゃないよ。出身は宇和島の漁師だから恵梨香の家とドッコイ、ドッコイだよ。神保家なんて言うほどの価値もないよ」
これは笑い話みたいなものだけど、爺さんが晩年に家系図を書いたそうなんだよ。康太も実物は見たことがないそうだけど、
「ボクが五代目だそうだよ」
家の始まりは爺さんの爺さんの代で、爺さんが三代目で親父さんが四代目ってことらしい。康太に言わせると、爺さんが知ってる先祖がそこまでだったんだろうって。
「恵梨香に悪いけど、神保の家の幕引きに付き合ってね」
康太は子どもを作らないことにしてるからそうなるけど、もちろん喜んで付き合うよ。家がなんたらは初婚の時に反吐が出るほどやらされたから、こっちのほうが百倍イイもの。
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