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黄昏交差点(第14話)泥棒猫の出現

 あいつが妙にうれしそうな顔をしてやがる。話を聞くとFBで高校時代の友だちと連絡が取れたらしい。それ自体は問題ないんだけど、相手が女なのが気に入らない。それもだよ、どうも久しぶりに会うって言うんだよ。

 あいつの高校時代は智子に明け、智子に暮れたのだけど、二人の関係は延々と友だちよりマシ、恋人には遠いまま。あいつも男だから、智子以外にも関心のある女はいるんだよね。それを浮気というには酷すぎるし、単に心の中で、

『エエ女や』

 こう思うのは誰だってあるだろうけど、ここであいつのひん曲がった恋愛観が出てくる。そう、ある水準以上の女は頭から恋愛対象外として外しているってやつ。そうなんだよ、どうも会おうとしているのは、あいつが別世界の住人としていた女で良さそう。

 智子だって聖女だろうけど、会おうとしてるのは天上界の貴婦人ぐらいと今でも思っているのは丸わかり。いつもながら単純な野郎だ。二十年前だぞ、二十年前。当時は貴婦人だろうが、今は立派なオバハンだろうが。

 FBだから写真もあって見せてもらったけど、期待に反してオバハンになってなかった。恵梨香と違って細いとか痩せてるというより、引き締まってるで良さそう。どうしてそんな体を維持できるんだよ。

 顔は好みじゃない。もちろん恵梨香の好みじゃないだけだけど、こういう顔の女は好かん。恵梨香だったら絶対に紹介しないタイプだよ。こんなのに会うのなら、どうして恵梨香の後輩と会ってくれないんだよ。恵梨香の絶対のお勧めなのに。

 一番気に入らないのはバツイチであること。恵梨香だってバツイチだけど、どうも離婚したのは三~四年前らしい。あいつも離婚したばかりだから、それで話が盛り上がったらしいけど、会わなくてもイイじゃないか。

 この泥棒猫はさらう気と見た。さっきから、のぼせ上がったあいつが泥棒猫の思い出をあれこれ話してるけど、バツイチの上にコブまでいるんだよ。そりゃ本人同士の問題になるだろうけど、あいつならコブ付きをわざわざ選ばなくてもイイじゃないの。

 だってだよ、他にいなければともかく、あいつならコブ付き以外、いや初婚だって余裕で選べるんだよ。それだけのスペックは余裕である。無いのは自覚だけ。ああ、なんとかできないかな。

 次にメシ食いに行ったら、ついに会ってたよ。あかん、完全に泥棒猫に舞い上がってる。どうも泥棒猫は媚びるのが得意そうだ。あいつにとっては天上界の貴婦人に媚びられて夢見心地だろうけど、泥棒猫の本当の狙いがATMって見えないのかな。

 コブ付き結婚を全部否定するわけじゃないけど、泥棒猫の子どもはもう中学生のはず。そんなややこしい年代のコブと付き合うのは苦労しか恵梨香には見えないよ。せめてと思ってあれこれ水を差してるのだけど、こりゃ蛙の面にションベンだねぇ。

「恵梨香でもヤキモチ妬くんだ」
「そんなんじゃないよ」

 あいつは会っただけとしてるし、

「まあ一回限りだろうな」

 そんなわけないだろ。泥棒猫は必ずしがみつくし、からめ捕りにかかるはず。恵梨香はそれから泥棒猫の素性を調べだした。とはいうものの会社も違うから、そう簡単にはいかなかったのだけど、ひょんな事からわかったんだ。

 恵梨香が先輩後輩連れて女子会やったんだ。味半って居酒屋だけど恵梨香のお気に入りの店。テーブル席が二つとカウンターだけの小さな店だけど、安くて美味しいし、日本酒が充実しているのがうれしい。

 そりゃ、龍田川に比べたらって話になるけど、どんだけの飲んで食べても五千円ぐらいで済んじゃう感じ。龍田川になると五倍ぐらい下手すりゃいるから、あいつとしか行けないってこと。

 後輩たちもお気に入りになってるし、恵梨香も一人で良く来る。おかげで大将とも女将さんとも親しくさせてもらってる。歳が近いから親子というより友だち感覚かな。いつも繁盛してるのだけど、その日は恵梨香のグループだけだったから女将さんとも話が弾んだんだよね。

 女将さんはあれでもと言ったら失礼だけど、四大卒業なのを初めて知ったんだ。さらに聞いていると泥棒猫の大学と同じで良さそう。さらにサークルも軽音だっていうから遠回しに聞いていくと、

「その人、知ってますよ」

 なんと女将は泥棒猫の大学の一年後輩で女子寮というか女子専用下宿も同じだったらしい。で、どんな様子だったかと聞いたんだけど、結構なものだった。男については上昇志向が強いらしくて、学生時代もかなり取っ換え引っ換えしてたで良さそう。

 それでもって学生時代の恋人と結婚したかと言えば、そうではなく、就職してから探し出したで良さそう。まあ、そこまでは羨ましいだけでヨシとしよう。

「私もサークルの後輩として結婚式に呼ばれたのですが・・・」

 どうにも微妙な式だったらしく、とりあえず新郎は四十歳ぐらいで泥棒猫は二十五歳らしい。恵梨香と不倫上司ぐらいの歳の差関係だけど、味半の女将は素直に歳の差に驚いたらしい。

 それでも新郎の家は結構な資産家らしくて披露宴は豪華だったで良さそう。味半の女将も泥棒猫の上昇志向を知ってたから、そういうことぐらいで、とりあえず納得したぐらいかな。

「受付で一悶着ありまして・・・・・・」

 女将は頼まれて受付をしてたらしいのだけど、目の覚めるような和服美人が来たんだって。これが受付リストに名前があるけど座席表に名前がなかったらしい。「?」てな感じでお祝儀を受け取ったらしいけど、そこに新郎が顔を出してきて、

『パパ、久しぶり』

 なんて会話が聞こえてきて、これが新婦側にも聞こえて、すわ愛人が出席するとかなんとかの大騒動に発展しそうになったらしい。でも、結局のところは、前妻の娘らしくて、歳のわりに大人びていたのと、着物姿に誤魔化されたぐらいの話で済んだのは済んだってさ。

 これも見てないからわからないけど、独身女性が結婚式で着物なら振袖になるのだけど、そうじゃなくてかなりシックなものだったらしい。女将が小耳に挟んだ話では前妻の実家が呉服屋らしくて、かなり良い物をビシッと着こなしてたで良さそう。

 どうもサプライズの親族紹介みたいなものを新郎は考えてたらしいけど、こんな日にわざわざ呼ぶかと思ったのと、せめて自分の親ぐらいには根回ししておけよな。

 女将は愛人騒動が起こったのにも驚いたそうだけど、泥棒猫がバツイチを選んだのにもっと驚いたって。そりゃ、驚くよね。さすがに略奪婚みたいなドロドロしたものじゃないにしろ、新郎の離婚の理由も浮気らしいから、いくら資産家でもあんなの選びたくないって言ってた。

「これも後から知ったのですが・・・・・・」

 結婚式の時には気が付かなったそうだけど、新郎はかなりどころじゃないぐらい薄くなってるんだって。つまりはカツラってこと。容姿で人を判断するのは良くないけど本音で言うとハゲは嫌だし、ハゲをカツラで隠そうとする男はもっと軽蔑されるのが現実としてある。

 そりゃ、男の禿げる率は一定であるから、結婚してから禿げるのはあきらめるとしても、結婚相手というか、恋愛相手には無意識に避けるんだよ。ハゲの評価ってシビアでね、たとえばデブも嫌われるけど、デブ好みってのはまだいる。でもね、ハゲ好みの女は恵梨香は聞いたことがないぐらい。

 つまりは浮気によるバツイチ、十五の歳の差、ハゲのトリプル・コンボが泥棒猫の初婚の相手だってこと。そんなトリプル・コンボより泥棒猫はカネを取ったとしか思えないね。

 そういうスタートであっても上手く行くことがあるのが結婚だし、幸せ満載そうでも離婚することがあるのが夫婦だけど、やはりスタート悪いと宜しくなかったみたい。予想通り旦那が浮気したってさ。

 女将はサークルの同窓会の幹事もやったことがあるみたいで、離婚理由もある程度知ってたんだ。

「噂ではダブル不倫だったとか、なんとか・・・・・・」

 そこら辺になると女将も詳しくは知らないそうだけど、もめにもめた末に離婚だって。それでも結構な慰謝料と養育費をせしめたとか、なんとか。そうそう、泥棒猫は女将の店にたまに顔を出すことがあるらしくて、

「なんか新たな相手を見つけたとか、なんとか言ってましたよ」

 どうも女将も泥棒猫をあんまり好きじゃないらしく、あれこれ話してくれた。でも、その時だった。女将が急に声を潜めて、

「噂をすると何とやらですよ」

 えっと思ったら男女の二人連れ、でも男はあいつじゃない。泥棒猫カップルは恵梨香たちの隣のテーブルに座ってくれから、話が聞こえてきた。いや聞き耳を立てて必死で聞いてたよ。

 話の内容から間違いなく恋人同士。それならあいつはターゲットじゃなくなるのだけど、途中から雲行きが怪しくなってきた。恵梨香には男が離婚の原因になった泥棒猫のダブル不倫の相手にしか思えない気がしてきた。さらに、

『で、どうなんだ。その同級生って奴』
『ちょっとコナかけたら尻尾振りやがって笑っちゃったよ』

 これはあいつの事に違いない。やっぱり遊び、いや遊ぶだけならその男で十分のはず。

『再婚するのか』
『あんたは甲斐性なしだからね』
『じゃあ、オレと別れるとか』
『バカ、カネだけよ。ちょっとはやらさないといけないけど、この体はあんたのものよ』

 ビール瓶でぶん殴りたい殺意を抑えるのに大変だった。泥棒猫があいつを本当に愛して再婚するのなら最低限だが許す余地があるけど、愛してもいないのにカネヅルだけで再婚を目論んでるなんて許せるものか。

 トイレに立った時に泥棒猫と愛人の姿を確認したけど、泥棒猫は写真の通りにスリムだったけど、恵梨香に言わせると色気過剰だね。他人の事は言えないけど禁断の蜜の味を啜りすぎたら、ああなるんじゃないかって感じ。

 男の方は良く言ってもホスト風。なんとなく、崩れた感じがして、言い切ってしまえばヒモだよありゃ。泥棒猫はのぼせ上ってるとしか見えないけど、男の方が一枚上手かもしれないな。泥棒猫さえヒモの一本ぐらいにしてると見えた。どう見たって、そういうタイプの男。

 どっちにしても、あんまり関わりたいと思えない連中だけど、あいつに関わるのなら恵梨香が許すものか。恵梨香にとってあいつは、それぐらい大切な人なんだよ。あれっ? なんでここまであいつのために動き回っているのかな。

 好きだけどラブじゃなくライクだぞ。言うまでもないけど大切と言っても御馳走目当てだからな。美味しいタダ飯がなくなるのは耐えがたいんだよ。そこは誤解するな。

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