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黄昏交差点(第7話)再びの初恋

「ところでさ、初恋の智子はそれっきりだったの」

 智子も山岸も無事合格して同じ高校に進んでる。それだけじゃなく、一年で智子は再び同じクラスになってくれた。高校は旧制中学以来の伝統校で、男は学生服、女子はセーラー服だった。智子の背はあれから伸びなかったけど、セーラー服も良く似合っていた。

「へぇ、一年でまた一緒になったんだ。ところであんたの話を聞いてると、智子は超絶美少女みたいなイメージになっちゃうけど、本当にそうだったの」

 これはまた痛いところを。智子はボクにとって永遠のマドンナだけど、モテまくりだったかと言えば口を濁してしまうところかな。とにかく、あのキャラだから男友だちすらいたかどうかも疑問。

 あの年代だから、男が集まって出てくる話題に美女ベスト・テンみたいなものは良くあったのはあった。個人の好みが入るにしろ、だいたいのところは一致してるというか、上位五人ぐらいは、ほぼ同じだった気がする。

 あれこれ組み合わせがあるにはあったけど、智子の名前が出てきたことは、ベスト・テンまで数えても一度もなかった思う。その辺はキャラが地味だったし、どこか男を寄せ付けない雰囲気もあったのかもしれないな。

「なんとなく想像できる気がするよ。ブスじゃないけど目立たないってタイプだろ。あの頃はパッと見重視だし、男でもフレンドリーなタイプじゃないと箸も引っかけられないし」

 思春期のど真ん中が高校時代で良いと思うけど、女なら見た目、男ならスポーツマン系に人気が極端に偏っていた時代の気がする。ここは言い切っても良いと思ってるけど男も女も見た目がすべてだった。

 恋愛対象とされるのは、男からも、女からも、ほんの一握りだけで、残りはその他大勢の感じだったものな。美女ベスト・テンがあれだけ偏るのもそうだし、たぶんだけど好きな男ベスト・テンも似たようなものだった気がする。

 大学になれば傾向が変わってくる。たとえば合コンするにしてもブランド大学生が有利になるぐらいの感じかな。その点はやはり女の方が精神年齢が高いのが良くわかる気がする。

 男はいつまでも見た目重視が残るけど、女の方は社会人としてのスペック重視がはっきり表れてくる気がするものな。あの頃は三高なんて言葉があって、高身長はともかく、高収入と高学歴が並べられていたぐらいだもの。

「あんたも高学歴と高収入は手に入れたじゃない。身長だって、並ぐらいはあるし」
「それほどじゃ」

 世間的評価がそうであるのだけは知ってる。親父の頃と比べると遥かに少ないとはいえ、医者の収入は高給取りの代名詞みたいなものだし、医者というだけで高学歴の象徴と言われるのも聞かされ続けてるし。

 それはともかく、四月早々は由佳とのプチ失恋が残っていたけど、由佳がいなくなると心は智子にまた傾いた。現金と言われようが、智子だって初恋のマドンナだから、再びアタックしたくなったぐらいで良いと思う。

 さすがに高校生ともなると、カップルになりそうになれば冷やかして回る連中はいなくなり、そっと見守る雰囲気に変わってたのはなんとなく覚えてる。この年代の一年はそれぐらい成長するんだよな。

 だから中学時代と比べても、男女が普通に話す風景は違和感なく存在してた。だが智子は難物。こっちが意識しているせいもあるにしろ、智子が男連中と話をしていることさえ記憶にないぐらいだった。

 教室の中ではハードルが高すぎたけど、チャンスはすぐに見つかった。智子は高校では部活に入らなかったんだ。この辺は進学校だから、中学時代にそれなりに鳴らしたのも、高校では大学受験に絞るとするのは多かった気がする。

 そうなると帰り道が同じになる。田舎の電車だから、ラッシュ時でも一時間に四本で、その他の時間は二本だから、どうしたって同じ電車で帰る確率が高くなるぐらい。今どきならマクドとかでダベって帰るのもあるかもしれないけど、田舎のことでそんな適当な場所もなかったものな。

 学食さえない学校だったから、放課後に時間を過ごすとしたら教室ぐらいしかなく、結構な遠距離というか、交通不便なところから通う連中も多かったから、授業が終わればトットと帰るのも多かった。智子もそんな一人として良いと思う。

 電車が同じなら降りる駅も同じ、さらに駅から智子の家までのルートも同じ。さらに言えば、あの駅で降りる者で、歩いて家に帰るのは智子とボクの二人だけ、あの塾時代の帰りのシチュエーションが、時刻こそ変わったけど出現したぐらい。

 だが声をかけるのは勇気が必要だった。それこそ清水の舞台から飛び降りるぐらいのつもりで声をかけた。智子の反応は鈍かったけど、なんとか一緒に話をしながら帰れる状態に持ち込んだ。

 智子と話をするのは、由佳が現れて以来久しぶりだったけど、塾時代よりさらに話しにくくなってる気がしたのを覚えてる。それでも一生懸命話しかけたけど、ウンとかスンぐらいしか話してくれなかったんだよね。

「どうでも良いけど、乗り換える気はなかったの」
「そこを言われると辛いんだけど」

 高校生になってようやく女の子と教室で話が出来るようになっていたんだ。たいしたものじゃなけど、席の前後とかね。高校の机の並びはシンプルで、男女の市松模様で、一列ずつだった。

 四月は出席番号順だったけど、五月の席替えで後ろになった美佐江とはとくに仲が良くなっていた。たいした縁じゃないけど、親父の仕事を美佐江の母が手伝っていた時代があったとか、なかったとか。ついで言えば美佐江は親父の患者でもあったぐらい。

 それぐらいのキッカケでも話が弾んだのだけど、はっきり言っておく、美佐江には女友達以上の感覚はまるでなかった。恋愛感情こそなかったものの、美佐江と休み時間にあれこれ話すのは楽しかった。

 そんなある日に美佐江から突然プレゼントをもらったんだよね。そりゃ、ビックリしたけど、

『もうちょっとマシな鉛筆を使った方が良いよ』

 当時は小遣い制だったけど、文房具は基本的に小遣いで賄う事になってたんだよ。少しでも節約したかったから、鉛筆も極力安いものを選び、さらにチビて短くなってもフォルダーを付けて執念深く使ってたんだ。

 それが美佐江には貧乏くさく見えたみたいで、なんとユニの一ダースのケース付きだった。理由はともあれ、女の子からプレゼントをもらうなんて初体験だったかっら素直に喜んだ。

 美佐江はこそこそしないから、それこそ教室で堂々と渡してくれたのだけど、その頃に智子の様子が変わったんだ。一緒に帰ろうとしても、小走りに逃げたんだよ。ボクはパニックになったんだ。理由がわからないじゃないか。

「あんた、本当にわからないの」
「今でもそうだよ」

 そんな日が続いたんだけど、ヘタレが一世一代の勇気を振り絞った。逃げる智子を追いかけて、

『たった五分足らずの帰り道を一緒に歩くのがそんなに嫌なんか』

 なんと智子が答えたかは忘れたけど、その日はそのまま一緒に帰り、翌日からはまた一緒に帰れるようになって嬉しかった。それだけじゃなく、智子のレスポンスが良くなった気さえした。それからしばらくして、青天霹靂のような事件が起こることになる。あの智子が帰り道で、

『良かったら使ってみて』

 なんと突然のプレゼント。帰って開いてみるとキキララの青いペンケース。男が持つには可愛すぎる気もしたけど、何と言っても智子からのプレゼントだから、これを使わないなんてありえないってところだった。

 ただ困ったのが、可愛いのはともかく、かなり小ぶりで、鉛筆を入れるには小さすぎたんだよな。そこで鉛筆からシャーペンにチェンジして勇んで学校に持って行ったぐらいかな。シャーペン代は痛かったけど、智子のペンケースを使う方がはるかに大事だったし。

「智子もやるじゃない」
「えっ、どういうこと。今でもあのペンケースをプレゼントされた理由がわかんないんだけど」

 恵梨香はニヤニヤ笑いながら、

「あきれた。こんなのミエミエもイイところじゃない」
「そうなのか」
「知りたい?」

 そりゃ、知りたいけど、

「じゃあね、次を龍田川にしてくれたら教えてあげる」

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