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黄昏交差点(第23話)回想

 智子の結婚生活のスタートは順調だったのよ。秘密にするような事じゃないけど、智子の処女は旦那に捧げたし、旦那も感動してくれたもの。子どもが出来なかったのは義父母からイヤミを言われたけど、旦那はしっかり守ってくれたし、不妊症の検査結果だって前向きにとらえてくれて、

『子どもを作るために結婚したのじゃない。智子と一緒に暮らしたくて結婚したのだ』

 ここまで言ってくれたもの。もちろん出来にくいと言うだけで、出来る可能性は残されてたから、ゆっくり待てば良いとも言ってくれてた。智子も旦那を愛してたし、旦那も智子を愛してくれてた。

 夫婦仲がおかしくなり始めたのは、夫婦の問題ではなくて、会社の問題で良いと思ってる。あの頃の金融機関は護送船団方式からメガバンクへの変換期だったんだよね。会社もその流れに乗ってメガバンクを目指してたで良いと思う。

 ただ合併って経営者側にはメリットはあっても、従業員側はデメリットが多いと思う。吸収合併なんてされたら、吸収された側の社員は冷飯確定みたいな感じになる。表向きは対等合併であっても内実は強者と弱者が出来るのが合併だよ。

 それでも一回目の合併は強者側だったから旦那の会社での地位に影響なかったけど、社内の空気はかなり重くなったで良さそう。

 合併によるシコリの解消として交流人事が積極的に行わたのだけど、見知らぬ人と突然一緒に仕事をするようなもので、ギクシャクが絶えなかったで良さそう。同じ銀行員と言っても会社が違えば流儀も違うものね。

 旦那は優しかったけど、ちょっと気の弱いとところがあったんだよね。それぐらいはたいした欠点にならないはずだけど、合併によって合併相手の社員と働くのはかなりのストレスとプレシャーになっていたと今なら思ってる。

 家では頑張って明るく振舞ってくれていたけど、目に見えて疲れているのがわかったもの。それでも時間をかければ解消に向かうはずだったのよね。そんな兆しも旦那にあった気がする。

 でも二回目の合併が起こっちゃったのよ。二回目の合併で地銀から都銀に銀行としては格は上がったけど、地銀出身の旦那への風当たりは相当だったで良さそう。発表では対等合併としてたけど、内部的には実質として吸収合併で良いと思う。

 旦那の会社での地位は見る見る下がったんだよね。この時が思えば夫婦の大きな分かれ道になった気がしてる。智子は転職を勧めたのよ。だって、しがみついても明日がなさそうじゃない。

 ただ転職と言っても銀行員一筋の旦那がするのは容易じゃないのよね。旦那はエリートではあったけど、他の会社が欲しがるような特殊技能的なものは持ってなかったぐらいかな。ぶっちゃけ、どこに転職してもかなり給料が下がるぐらい。その点で旦那は踏ん切りがつけられなかった。この転職するかどうかの問題も旦那にはストレスだったみたい。これも今になってわかることだけど、その頃から神経がおかしくなり始めてた。

 旦那の性格としてちょっと独占欲が強いところがあったのよね。これも最初の頃はたいしたものじゃなくて、そうね、クラス会とか同窓会に出席するのを許さないタイプぐらい。そこで浮気されるのが心配ぐらいってやつだよ。

 智子は結婚と同時に寿退職してるのだけど、旦那は実家への里帰りでさえ警戒してたのよね。だからいつも一緒だった。一緒だっただけでなく、実家にいる間も目を光らせてる感じ。ちょっと息苦しい感じもしたけど、それだけ大切にされてるぐらいに感じてた。

 そんな旦那がおかしいと思い始めたのが、仕事中にしばしば電話がかかるようになったんだ。いくら専業主婦と言っても家事もあるし、買い物もあるからすぐに電話に出られない時もあるけど、それに対してすっごく不機嫌になるようになったんだよ。

 電話に出られなかった日なんて大変で、その時にどこでそうしていたかを根掘り、葉掘り納得するまで聞きまくったよね。いや、あれは納得してなかった気がする。智子にしたらスーパーに行ってたとしか言いようがないのだけど、執拗なぐらい聞くんだよ。

 あの時も大変だった。どうも旦那がかけてきた時に話中だったみたいで、家に帰ってから相手が誰だったか尋問されるみたいに聞かれたんだよ。しかたがないから電話相手のところにかけて証言してもらったけど、旦那は納得してると思えなかった。

 そうこうしているうちに三回目の合併が起こったのよね。この時は子会社に出向になったから、また智子は転職を勧めたんだよ。お給料が下がる問題は、智子も働きに出るからなんとかなるまで言ったけど、その時は思いっきり怒鳴られた、

『外に働きに出るなど絶対に許さん』

 出向先の子会社でも冷遇されたんだけど、旦那の仕事場からの電話攻勢はひどくなっていったんだ。もちろんセットのように電話対応に不備があれば不機嫌になるのもひどくなてった。

 これもあの頃にはわからなかったけど、旦那は被害妄想に完全に陥ってたで良さそう。不遇が続いたので周囲の者がすべて敵に見えてたぐらいかな。そうなのよ旦那が智子へ抱いていた被害妄想は、

『浮気してるはずだ』

 智子は専業主婦だから一日中家にいるし、その間はフリータイムみたいなものだから、間男を作ってるはずだってね。智子がいくら釈明しても、旦那は騙されてる、ウソを吐いてるとしか思えなくなってしまってたの。

 旦那は変わってしまった。智子には不審の目しか向けなくなってたし、顔つきも目つきも明らかに変わってた。ああいうのを狂気を宿すと言うと思う。

 尾籠な話だけど、夫婦の営みはごくごくノーマルだったと思ってる。この辺は他の夫婦が何やってるか比較しにくいけど、単純化したら旦那が乗っかってきて事を済ますだけだったもの。

 時間にしたら始まってから終わるまで長くても三十分なかったかな。だいたいはもっと短くて十五分もかからない方が多かった気がする。子どもが出来にくいというか不妊症があったからナマだけど、なにか智子の体に旦那の溜まったものを排泄されてる感じもしたぐらい。

 だから回数も新婚当初はそれなりにあったけど、一回目の合併の頃から減り始め、子会社に出向してからはなくなってた。旦那は知らないけど智子にとってセックスはその程度だから、求められないなら無しで良かったぐらいだった。

 これだっていくらネンネの智子でもロスト・バージン前は女として期待していた部分もあったよ。そんな話は女なら好きだし、興味はあるし、女同士なら明け透けだもの。でもなかったから、あれは作り話と思い込んでたぐらいかな。

 この辺は智子が自分でやった事がなかったのもあったからだと思ってる。やりかけた事ぐらいはあったけど、なぜかその先はやってはいけないと考えてたと言うか、知るのが怖かったと言うか。だからイク自体を知らなかったのよね。

 要するに夫婦としては淡白な夜の営みだったけど、子会社に出向になり智子への浮気疑惑から離れられなくなってから変わっていったのよね。もう確信みたいな状態で、家に帰ると酒を飲みながら尋問が連日のようにあったし、それが昂じての殴る、蹴るさえ日常化していた。

 そこまで智子を痛めつけておいて求めるんだよね。いくら夫婦でもそんな雰囲気から夫婦の営みをする気分になれないのだけど、旦那の容赦はなかったの。だって智子が拒否しても、押し倒して服を引き裂かれたもの。

 あれは夫婦の営みじゃなかった、まさにレイプ。それも連夜の怒涛のレイプだった。時間だって二時間、三時間が当たり前のようになったのよ。逃げる余地がないようなものだから応じざるを得なくなったけど、それまでとは全然違うものになってた。

 これも不思議だったのは、智子じゃ自信を持って言えないけど、あれだけ毎夜毎夜、あの歳で、あれだけタップリ時間をかけてやれるものかだったの。これについては旦那が死んでから秘密がわかった。

 旦那はクスリを使っていた。そうバイアグラ。あれって一回に付き一錠か二錠ぐらいらしいけど、そんなもの無視して使っていたみたい。バイアグラにも副作用があるけど、脳出血のリスクを高めるのもあるらしくて、どうもテンコモリ使ってた形跡があったのよ。

 それでも謎なのは、クスリを使ってまで智子に連夜の怒涛のレイプを行ったかだった。だって浮気を疑うのなら逆じゃない。他の男とやっているかもしれない妻とやる気なんて起らないはずだよ。

 ここも無理やりみたいな考え方だけど、旦那が被害妄想に陥り、周囲がすべて敵に見えてたのは間違いない。そして智子さえ信用できなくなっていた。一方で智子だけは味方に留めておきたかったぐらいに見てる。

 智子への不信は電話攻勢と帰宅後の尋問と暴力として現れるけど、一方で智子を味方として縛り付けるために連夜の怒涛のレイプになったぐらい。旦那の思考の中では、智子を味方にするのと、怒涛のレイプは欠かせないセットになってしまったぐらいかな。

 これだって本当かどうかはわからいけど、智子には狂乱の生活になってた。昼間は旦那からの電話攻勢への対応に神経をすり減らし、旦那が帰れば殴る蹴るも含めた浮気疑惑の追及、トドメは怒涛のレイプだよ。智子の心も体もおかしくなりかけてたもの。

 夫婦生活末期の怒涛のレイプだけど、結果として旦那は智子に置き土産を残すことになったんだよね。そうなんだよ智子は感じちゃったってこと。そりゃ、あれだけやられたし、時間だってそれまでと大違い。

 最初はそれこそ、もやって感じのものだった。それぐらいは今までもあったけど、そこで旦那が果てて終了だったんだ。でも旦那は果てても終わらないし、一度果てた次になると、延々と続いたんだよ。

 そうなると、もやっとがあれってになり、あれってのがもっとになり、もっとが強くになっていった。その感覚は収まることなく強くなり、智子がコントロールできないものなのはすぐにわかったんだ。

 なにかが智子の体の中に起こり、それが智子になにかを起こすのは体が感じてた。最後としか思えない感覚が智子の中で炸裂したのはわかった。その瞬間に智子の子宮から脳天まで赤い矢が貫いた気がする。

 智子はわかった。これが友だちの言っていたイクなんだって。たしかに聞かされていた通りの反応が智子に起こったとしか思えなかったもの。イクのが気持ち良いのはわかったけど、怒涛のレイプで感じるどころか、イクのは信じられなかった。

 愛情が殆ど醒めていた旦那相手にイクのは嫌だった。イッた姿どころかイッたのを気づかれるのも恥しいどころか恥辱とさえ思ったのよ。でもね、イッても怒涛のレイプは終わらないのよね。終わらないどころか延々と続くし、もちろんこれが毎晩のようにある。

 あれは強烈だった。イッて終わったはずの体を強引に次に持ち込まれてしまう感じと言えば良いと思う。これもそうなれる事もあるって話には聞いていたけど、あの時の智子にまさか起こるとは恨めしすぎた。

 一度体が覚えてしまうと、もっと惨めだった。とにかく終わりのない連夜の怒涛のレイプだったから、智子は自分の体の裏切りを呪いながらも、果てしなくイカされ、ついには狂乱状態にまで追い込まれてた。

 日常生活自体が気の狂いそうなほどの狂乱状態なのに、トドメの怒涛のレイプで智子はセックスでも狂乱状態にさせられてしまったってこと。智子もかなりおかしくなってたと思うけど、あそこで旦那が急死してくれて助かった気がする。

 これは棺桶まで持っていく秘密だけど、最後の夜も智子は、それこそ、あっという間に狂乱状態にされてた。もう体がバラバラになるんじゃいかと思うほど感じさせられ、意識も何回飛んだかわからないほど。

 意識が飛んでも容赦なく呼び返されるのだけど、何度目かの絶頂を旦那が迎えた時に明らかに様子が変わったんだよ。

「イクぞ、喰らえ、うっ」

 その瞬間に旦那が倒れこんで来たんだ。旦那はまさにグッタリ状態で、ピクリとも動かなかった。智子も異変が起こったのだけは感じた。けどね、そんな状態で救急車なんて呼べないじゃない。

 あれやってる真っ最中としか見えない寝室をフラフラにされた体で片付け、旦那の体を可能な限り濡れタオルで拭き取り、下着やパジャマを着せたわよ。智子だってドロドロにされてた体を大急ぎでシャワーで洗ったんだ。

 医者の説明では、おそらく最初から手に負えないような大きな脳出血だったそうだから、あそこで怒涛のレイプを隠す時間を取った事で手遅れになったわけじゃなさそうだけど、もしそうだったら大きなトラウマになることろだった。

 それも、これも、もう済んだことにしよう。あれだけ順調にスタートした結婚生活でも、智子に残されたのはアラフォーの未亡人だけなんだよね。これも人生なのかな。どこかで修正できるチャンスもあったはずだけど、正直なところはどうしようもなかったとしか言いようがないよ。

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