目指せ! 写真甲子園(第36話)エピローグ
閉会式の夜にえらいもの見せられちゃった。ちょっと外の空気を吸いたいと思って歩いていたら部長がいたんだ。例の約束を果たしてやろうと思ったのだけど、そこにエミ先輩が現れたから思わず植え込みに隠れちゃった。どうも部長が呼び出したみたいで、
「これで部長の仕事は終ったも同然だよ。成果として写真甲子園優勝が残せて嬉しい」
「野川君も頑張ったものね」
こんな感じで会話は始まったんだけど、そんな話がしばらく続いた後に、
「もう部長としての責任はなくなった。小林さん、君が好きだ。君が写真部に入部してから、いや一緒に小豆田先生の課題をやった日から、いや、君が摩耶学園に転校して初めて姿を見た時から、君が好きだ」
わぉ、ストレートだ。
「どうかボクと付き合って欲しい」
「野川君を見てる子はいっぱいいるよ。エミでイイの」
「もちろんだよ」
そしたらエミ先輩いきなり抱き付いちゃった。あははは、勝負の土俵さえ上がらせてくれなかった。仕方がないから、次の日には、ばらして思いっきり冷かしてやった。せめて、それぐらいさせてもらわないとね。
でも次の日の国際写真フェスティバルはお手てつないで、ラブラブ・カップル状態だったんだよ。余ったミサトは麻吹先生と一緒だったけど、
「あいつらやっとか。野川も小林も大会まで我慢してたんだろうが、ようやく解禁とはご苦労さんだな」
ここで麻吹先生に教えてもらったんだけど、後で審査委員長の池本先生が訪ねて来たんだって。
「池本が事後だけど了解を取りに来た。高校生の大会だし、花を持たせて今後の励みしたとな」
「どういうことですか」
特別賞だけど摩耶学園の独占だったらしい。それじゃあ、あんまりだになって、あえて摩耶学園を外したんだって。ついでに言えばファースト審査会からトップで、セカンド審査会以降もブッチギリ状態。あまりのレベルの差に驚かれたって、
「そこまでだったのですか」
「だから言ったろ、優勝旗を握らせてやるって」
翌日には解散になって伊丹に帰って来たのだけど、空港ビルに入るとオフィス加納のスタッフが待ち構えていて、
「ツバサ先生、こっちの仕事も頑張ってもらいますよ。どれだけ溜め込んでると思ってるのですか」
麻吹先生は苦笑いしながら、
「ここで非常勤顧問の仕事は終りにさせてもらう。もし写真が好きでプロを目指そうと思うなら、オフィスの門を叩いてみろ。入れるだけの実力があったら、今度は弟子として鍛えてやる」
そういって振り返りもせずに颯爽と去っていっちゃった。これが麻吹先生の姿を見た最後になっちゃった。
翌日には野川部長、藤堂副部長、エミ先輩の引退式となり、ミサトが部長、アキコが副部長の新体制になったんだ。でも写真部にポッカリと大きな穴が空いた気分。田淵先生が張り切っているけど、やっぱりね。
だってだよ、麻吹先生だけではなく、新田先生や、泉先生まで何かあれば顔を出してくれていたのが、今でも信じられないもの。あんなウルトラ豪華な指導体制が高校の写真部にあったんだよ。
もちろん翌年も写真甲子園を目指したんだ、優勝旗をみんなで返しに行こうが合言葉だった。ミサトの腕は上がってた。いや、上がってたなんてものじゃなかった。麻吹先生や新田先生、泉先生がどれぐらい三人のレベルを上げていたかと思うと怖いぐらい。
去年は写真甲子園一本だったけど、あちこちのコンクールにも入賞してる。全日本写真展でも高校生の部の金賞まで取れたんだ。そんなミサトが中心になれば決勝大会までなら夢じゃないと思ってた。自信もあったんだ。
でもチームを組むとエミ先輩がどれだけの存在だったか思い知らされることになったんだ。一緒にやっている時は気づかなかったけど、エミ先輩の写真の組み合わせ技術は人間業じゃない。
テーマを聞いただけですぐさまストーリーが浮かび上がるのも凄いけど、誰に何を撮らせるか、いや違う、誰が何を撮れるかを完全に把握していたとしか思えないもの。あれだけエミ先輩が出来るから、麻吹先生は、ほとんど口出ししなかったんだとやっとわかった。同時に麻吹先生がどれほどエミ先輩を信頼していたのかも。
エミ先輩が凄いのはそれだけじゃない。組み写真を見ただけで、どこが不協和音になってるか一瞬でわかってしまうんだ。去年だって、エミ先輩が写真を置き換えるたびに見る見る良くなっていくのがわかったもの。
それがどれだけ難しいかは、担当がミサトになって愕然としたもの。出来ないのよ。ロンドにしても、ボレロにしても、メヌエットにしてもミサトがやったらリズムもメロディーも流れて来ないんだ。形式は同じはずなのにまったく違うものにしかならなかった。
去年のファイナル審査会で作り上げたシンフォニーなんて、今から見ても奇跡の組み合わせにしか思えない。そう言えば新田先生が、
『小林さんの存在が天からの贈り物です』
こうポロッと漏らされたことがあったけど、こういう事だとわかったもの。どうして、あんな事が出来たんだと感心するしかなかったもの。
麻吹先生も偉大だった。もちろん麻吹先生がどれほど偉大な写真家なのかは良く知ってるけど、その指導も偉大過ぎたと思ってる。これもチームを組んでみてわかったのだけど、アキコとも差はあるし、三人目となるともっと差があるのよね。
もちろん差を埋めようと、ミサトも田淵先生も頑張ったけど、あんなもの埋めようがなかった。そんなに簡単に腕が上がるなら誰も苦労しないよ。だけどだよ、麻吹先生は魔法のようにミサトたちの腕を上げて行ったんだよね。
今ならわかるけど、正月の時点で頭抜けていたのはエミ先輩。それを見抜いた麻吹先生は野川部長とミサトに地獄の特訓を施して横並びにさせてるんだ。そうなのよ、三人のレベルがチームとして機能するように常に考えてトレーニングさせてたんだよ。田淵先生が、
『尾崎のレベルにする方法すら思いつかん。それを三人そろえてだぞ。だいたいこんな簡単に実力をあげてしまうなんて信じられん・・・』
あれはまさに神業。でも今年は麻吹先生も、エミ先輩もいない。もちろん野川部長も。写真甲子園は初戦審査会こそ突破したもののブロック審査会で敗退。悔しかった、悔しかった。だから決勝大会はミサトだけが優勝旗を返還しにいく羽目になっちゃった。
会場は去年と同じだったけど、今年は海外からの招待はなく十八校で争われてた。どうしても去年のことを思い出しちゃうんだけど、サプライズのロイド先生やミュラー先生のチームの参戦があり、麻吹先生だけではなく辰巳先生まで登場する豪華絢爛な大会だったものね。
あんな大会、二度とないかもしれない、今年が出られないのは残念だけど、あんな時間を過ごせたのはミサトの一生の思い出だよ。おっと着信だ、
「Hello Misato !」
えへへへ。部長はエミ先輩に取られちゃったけど、ミサトも去年の大会でゲットしてたんだ。だから大学に合格したら、来年の夏休みにアメリカに留学するのが今の目標。遠距離過ぎるのがネックだけど、愛は太平洋を越えてみせるよ。
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