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短編映画『寄り鯨の声を聴く』の覚書 | #?? 監督と撮影を両立する

覚書を書き進めるのもすっかり停滞しておりました。本当は制作過程の時系列に沿って書いていこうと思っていたのですが、ちょっと順番を飛ばして今回は撮影の話です。

なぜなら、明日から『とくしま4K+NEXT』という映画祭で3日間限定のオンライン配信が始まるからです。"4K"ってやつは画質がいいんです。本作は撮影面でもこだわりがあって、その分ぜひとも良い画質で観て欲しいので、少しでも興味を持ってもらえたらいいなと思って先に書くことにしました。

自分で撮影する

映画づくりにおいては、大抵の場合、監督とカメラマンは別の人間が担います。カメラマンの仕事は、物語・演出意図に沿った撮影の実行と、撮影の技術的なクオリティの担保が主であると個人的には考えています。監督の仕事と両立するのはなかなか困難なことです。正直に言って、僕も撮影中に演出と撮影の両方に100%の意識を割くことはできていないと思います。

それでも監督作で撮影も自分自身で行うのは、やはり人件費削減のため作品を考え始めるときにまず撮りたい画が浮かぶからです。

物語があって、脚本に落とし込んで、演出して、俳優部の芝居があって、それに合わせた撮影をする、というのが映画を撮影する上では比較的多い流れなのではないかと思います。しかし、僕は自分の作品においては「撮りたい場所」といくつかの「撮りたい画」が先にあって、それに行き着く脚本を考えています。

今回で言うと例えば、海辺に横たわる主人公とクジラの画です。人と鯨だけでなく、多くのゴミも漂着していて欲しいと思いました。おそらく焦点距離はかなり望遠めのはずです。

でもストランディングしたクジラのすぐそばで女の子が横たわってるなんて状況は現実的にはあり得ないので、夢の中ということにしました。また、短編という物語上クジラが登場するのはおそらく最後の見せ場となるはずですが、そこまで引っ張るにはツカミが弱いと思い、まずは持ってきて視聴者の興味を引けないかと考えました。

というように、いくつかのカットはあらかじめ想像したものに近づけたく、そのためには自分で監督と撮影を兼任すると齟齬が少ないのです。

その一方で、実写の撮影だからこそ起こりうる想像し得なかった瞬間が撮影現場では多々起こります。現場の環境の中で芝居を見て初めて"こう撮ったほうが良さそうだ"と思うことはたくさんあります。それを映像で捉える時に監督→カメラマンの伝達のラグがほぼ無いのも利点だと思います。

もちろん、カメラマンとして別の監督と一緒に作品を作る時に感じる複数人ならではの思考の広がりが無いことも十分に自覚しているので、必ずしもベストではないかもしれません。

ただ、特に予算が限られた自主制作においては、この決定権のシンプルさゆえの判断の速さは大きな強みがあると考えています。

とはいえ演出と撮影とで考えることは全然違うわけで、脳みその処理が追いつかず現場でいっぱいいっぱいになってしまうことはこれまで何度も経験してきたので、なるべく現場での負担が少ない撮影ができるように準備を進めました。

クジラを初めて見つけるシーンの絵コンテ
実際のショットは逆方向

自分が何を撮りたいと思っているのか、譲れない部分はどこで何なら柔軟に対応してもいいのかを自分の中で整理・明瞭化にするために絵コンテを描きますが、現場ではほとんど見ません。基本的には事前の「こう撮りたい」というプランよりも、現場の直感を優先します。
合成カットについては普段よりは厳密に決めましたが、それも結局現場判断で足し引きしています。

機材について考える

カメラとレンズの選定にあたっては、現場はかなり少人数な体制であることと、主人公が出発して以降はロードムービー(ややドキュメンタリー?)のような雰囲気の映像にしたい、という意図のもと、ズームレンズ(厳密にはパーフォーカルレンズ)がベストだろうと考えました。

一方で、内に篭っている主人公になるべく寄り添った画を作るために、被写界深度の浅い画を撮りたかったので、フルサイズのセンサーがいいだろうと考えました。ラージフォーマット対応のシネズームは選択肢が少ないのですが、今回はそれらを踏まえて、

カメラ
●Canon EOS C500 markll (PLマウント)
→Cinema Raw Light 5.9K / 23.98fps / Canon Log2 収録

レンズ
●Canon FLEX ZOOM LENS 20-50mm / T2.4 LF (PLマウント)
●Canon FLEX ZOOM LENS 45-135mm / T2.4 LF (PLマウント)

で撮影することにしました。このズームレンズ2本で常用の焦点距離はすべてカバーできる目算です。カメラにNDフィルターが内蔵されているのもマストでした。周辺機器もなるべく減らして、とにかく現場で機材に対しての細々とした意識を割く必要がないよう、かなり割り切っています。一部、車中での撮影でEOS R5 Cを使用しています。

C500markllの画が今回の作品の雰囲気によく合うであろうこと、まだ使ったことのないFLEX ZOOMを使ってみたかったことも理由の一つでした。CN-Eプライムと同質の品の良い柔らかい描写で、本作との相性は抜群に良かったと思います。

今回は特に、刻々と日の光が変わっていく環境での撮影だったため、このカメラとレンズのセットは大いに力を発揮したと思います。↓のショットはこの1テイクしか撮ることができませんでした。

朝焼けのシーン(本当は夕焼け)

ズームレンズの良さは、"単焦点何本分が一つのレンズで賄える"と表現されることが多い気がするのですが、個人的にはそれよりもむしろその範囲内で無限の焦点距離を選べることにあるんじゃないかと思います。単焦点レンズの良さはもちろん理解しつつ、(自分の監督作においては)ズームレンズのほうがしっくりくる画を作れることが多いです。

今回、ほとんど自然光を頼りに撮影しましたが、C500markllのダイナミックレンジの広さには惚れ惚れしました。海辺の朝焼けのシーンは言わずもがなですが、外光と屋内の影とのニュアンスが両立しているこれら縁側のシーンも個人的にはとても気に入っています。

また、ちょっとマニアックな話ですが、FLEX ZOOMはブリージングがほぼ発生しないということに非常に感動しました。今回とあるショットで、台詞の途中で人物から人物にフォーカスを送りました。基本的には俳優の芝居や感情の動きに合わせてフォーカスを送ることが多いのですが、そのショットではカットを割らずに視線を誘導したいと思いました。その時に普段の感覚だと起こりうるブリージングが全くなく、嫌味なく自然と滑らかに視線誘導ができたのは、シネマレンズとしてのクオリティの高さゆえです。広角域であったのにそのフォーカスワークが成立したのは、T値の明るさとフルサイズセンサーの恩恵も多分にあったのだろうと思います。どのショットかは秘密です。

とにかく、1テイクしか撮れないギリギリの状況の中で、俳優部の素晴らしい芝居に感化されてフォーカスを送ろうと本番中に直感で感じた時に、一切のラグや違和感なくそれが出来ただけでもこのカメラとレンズを使用した意義がありました。

クジラのVFXカット

また合成の都合上、クセがない端正な描写のレンズであったことも選んだ理由のひとつです。レンズの焦点距離やT値といったデータがクリップごとに記録されるのは地味に助かりました。FLEX ZOOMはExtended dataにも対応しているので、今回のVFXにも活かせるかもと思ったのですが、今回の撮影規模だと導入が難しかったのと、合成作業の内容が比較的単純であると想定されたため、今回は見送りました。もっと複雑なVFXに挑戦するときはトライしてみようと思います。

ひとつだけ、どうしても超広角で撮りたいショットがあったので、Laowa 12mm T/2.9 Zero-Dを用意しました。フルサイズ対応の12mmともなるとかなり使いどころを選ぶワイドレンズですが、当該のショットも非常に効果的になったのではないかと思います。

「寄り鯨の声を聴く」は映像面においても高く評価していただいており、それは機材の力が寄与している部分も非常に大きいと実感しています。ぜひ作品を見てその美しさを体感してもらえたら嬉しいです。

最後になりましたが、機材の選定やLUTの管理などの相談に快くご対応、ご尽力くださったキヤノンマーケティングジャパン株式会社の矢作大輔さんに深く感謝申し上げます。

まとめ

この映画を通して、なにより主人公ユーキの物語を感じて欲しいし、ストランディングやその研究者の方々のことを知ってもらえたらいいなと思っています。撮影や技術、機材ははあくまでそれを伝える手段です。

けれど、さらにそれ以外の目線でも楽しめるきっかけになるのではないかと思って、撮影部的な目線でも書き起こしてみました。

映画とは、作り手から視聴者への手紙だと僕は思っています。結局は書かれている内容こそが肝要です。ただ、せっかくならメモ紙に走り書きされた手紙でなく、手に馴染む質感の良い紙で、丁寧な文字で、思い悩み抜いた言葉で書かれた手紙が届いた方が嬉しいのではないかと思うのです。

長々と書いてしまいましたが何が言いたいかと言うと、本作はぜひともなるべく高画質で、なるべく大きな画面で観て欲しい作品なのです。どのショットも見応えのある画作りが出来ていると思います。

年内も残すところあと3つの映画祭で、いったん上映の機会は落ち着くと思います。この機会にぜひ、ご覧いただけると嬉しいです。

今後の上映予定

●とくしま4K +NEXT
日時:12月15~17日
場所:神山まるごと高専、とくぎんトモニプラザ
※会期中 公式サイトよりオンデマンド配信あり


横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル
日時:12月16日(土) 15:50~
場所:シネマ ジャック&ベティ
観覧料:¥2,500(全プログラム共通)

渋谷TANPEN映画祭
日時:12月23日(土) 15:10~
場所:渋谷ユーロライブ
入場無料


国立科学博物館のことも、SNHさんのことも、実際の調査に同行したことも、俳優のみなさんのことも、現場のあれやこれやも、音楽のことも、CGやVFXのことも、映画祭のことも、まだまだ色々書き残しておきたいことはたくさんあるので、引き続きこのnoteもえっちらおっちら更新していこうと思います。

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