映画 『世界は僕らに気づかない』の覚え書き
つい最近、僕が心底尊敬している友人が、自身が携わる作品に対して懸ける思いを楽しげに熱い文面で綴っているのを読みました。何の関係のない自分が、それを読んで触発されワクワクしているのを感じて、ぜったい観に行かねばと思いました。
同時に、言葉を尽くして尽くしてやっと、誰かが観ようと思ってくれるかもしれないということに気づいて、久しぶりに自分の携わった作品についてつらつらと書いてみようと思いました。
映画『世界は僕らに気づかない』
2023年1月13日(金)から、『世界は僕らに気づかない』という映画の全国ロードショーが始まります。飯塚花笑監督の最新作で、撮影・照明・グレーディングを担当しました。
この映画は、僕の撮影監督として初めて劇場公開する映画でもあります。撮影時はあまり意識していなかったのですが、やはり映画の公開が近づくと感慨深く感じます。
監督との出会い
撮影を担当した短編「どうでもいいけど」(田平一真監督)という短編が第8回沖縄国際映画祭 U25 クリエイターズファクトリーに入選し、7年前の2016年春に沖縄へと向かいました。
その時同じく入選していた飯塚花笑監督の『海へ行く話』という短編を観て、25歳以下という区切りの中ですらこんなにすごい作品を作る人がいるのか!と感銘を受けたのをよく覚えています。入選作品の中でダントツ一番好きな作品でした。沖縄で花笑さんといくらか話し、"また会いましょう"と分かれて福岡へと帰りました。
2年後に上京し、撮影部としての活動を始めました。沖縄での出会いを覚えていてくださった花笑さんにいくつかお仕事に呼んでいただいて、それからしばらくして長編の撮影をやってみないかとお声かけいただいて、それがこの「世界は僕らに気づかない」でした。
長編映画の撮影はこの作品が初めてで、そんな経験の浅いカメラマンに大切な作品の一端を任せてくださって、とても感謝しています。今だから言えることではありますが正直なところ、最初は荷が重いな、ちゃんとやれるのだろうか大丈夫だろうか、まだ体調面の不安もあり、と不安だらけでした。しかし、飯塚組のみなさんが本当にいい人しかいなくて、お陰でリラックスして撮影に臨むことができました。
作品について
この映画は、普遍的な"愛の問題"についての物語です。
主人公の純悟は、その問題に否が応でもぶつかっていき、その度に傷ついて、それでも不器用に母に、恋人に、父にぶつかっていきます。
親子であってもどうしても理解できないことがあり、親子だからこそ通じ合えることがあり、ひととひとは絶対的に他人で、けれど手を取り合うことはできるのかもしれないと思えました。
純悟の「助けてほしかった」という痛切な言葉は、彼の境遇のなかでこそ滲み出てきた言葉であろうと思います。だからこそおいそれと言っていいのかは分かりませんがしかし、僕にとっても深く共感できる言葉であり、少なからずの人にとっても思い当たる言葉であるのではないかと思います。
機材について
メインカメラ:Z CAM E2 M4
レンズ:Vazen 28mm T2.2 x1.8 , 40mm T2.0 x1.8 , Vazen 65mm T2.0 x1.8
これらの機材を主に撮影を行いました。特筆すべきは、使用したレンズはアナモフィックレンズという特殊なレンズであることです。
「世界は僕らに気づかない」撮影の少し前、2021年のはじめにご縁あってこれらの機材をお借りする機会をいただき、いくつかの作品で実際に使ってみました。
撮った画を見て、率直に言えばその描写にめちゃくちゃ惚れ込みました。
アナモフィックレンズのフレアや楕円ボケはもちろんのこと、ピント面は非常にシャープでありながら、前後は実に美しくなだらかにボケます。マイクロフォーサーズのセンサーで被写界深度は比較的深いのですが、明らかに被写体が浮き出てみえます。Z CAMのスキントーンの美しさと相まって、人物が実に魅力的に写ります。
花笑さんにもその描写をいたく気に入っていただいて、このカメラとレンズのセットで長編映画の撮影を敢行することにしました。
これはごく個人的な考えですが、映画とは作り手から視聴者への手紙だと僕は思っています。結局は書かれている内容こそが肝要で、それは脚本や監督の演出や俳優の芝居によるのだろうと思います。
カメラやレンズといった撮影機材は紙やペンなのではないかと思います。伝わりさえすれば、もしかしたらそれらは何でもいいのかもしれません。でも、同じことを書いていたとしても、メモ紙にささっと走り書きされた手紙と、手に馴染むような質感の良い紙に丁寧な文字で書かれた手紙とで、受け取る印象は変わります。コピー用紙に書くのか、和紙に書くのか、羊皮紙に書くのか、鉛筆で書くのか、ボールペンで書くのか、万年筆で書くのか。今回の映画に最も適した機材はZ CAMとVazenの組み合わせであろうと思い、この選択に至りました。
撮影について
ほぼ全編全カットを手持ちで撮影しています。多国籍感入り乱れる独特の空気感と、複雑なバックグラウンドを持つ主人公の心情を映し出す上で、Z CAMとVazenのレンズの描写は大いに力になってくれました。たった3本の単焦点レンズで長編を撮るというのはなかなかにチャレンジングな試みではありましたが、限られた予算の中で、割り切って機材の量を減らすことで、現場での迷いも減らすことができたのではないかと思います。
俳優の感情の動きを何より大切にする監督の演出を見て、ともかくまずは実直に彼らの心情を捉えることに専念しようと考えました。特に、堀家一希くん演じる純悟の感情は物語の中で大きく揺れ動きます。手持ちで撮影していると、彼の繊細で強烈な心の揺れ動きに幾度もカメラが引っ張られてしまいました。あるシーンでは、撮り終わった後に「今めっちゃ息合ってたよね」と盛り上がることもあって、とても刺激的で楽しい撮影でした。鬼ごっこのシーンがお気に入りです。
現場での撮影部・照明部は僕を含め2人でしたが、現場のスタッフを少数に絞ったぶん、撮影期間を長く取ることで十分に余裕を持って撮影することができました。また、撮影期間が長く、期間中はずっとロケ地の群馬に滞在していたのもあって、キャスト・スタッフとの意思疎通も非常にスムーズとなっていき、驚くほど快適な撮影現場でした。
劇場公開へ
撮影を終え、ポストプロダクション期間を経て、本作は2022年の大阪アジアン映画祭でワールドプレミアを迎えました。飯塚監督が"来るべき才能賞"を受賞し、その後ニッポンコネクション(ドイツ)、富川ファンタスティック国際映画祭(韓国)、ニューヨークアジアン映画祭(アメリカ)、関西クィア映画祭(日本)、香港レズビアン&ゲイ映画祭(香港)、カメラジャパン・フェスティバル(オランダ)、シカゴ国際児童映画祭(アメリカ)、Q Cinema International Festival(フィリピン)など世界各地を巡って高い評価をいただき、遂に日本で公開されます。
2023年1月13日(金)から順次全国の劇場で興行が始まります。
新宿シネマカリテ、渋谷Bunkamura ル・シネマをはじめ、群馬、神奈川、長野、愛知、大阪、京都、宮城、岡山、大分、山形での公開が決まっています。
"愛の問題"についての、でも皆々さまの愛に溢れた、本当に素敵な作品だと思います。もしご興味お時間ございましたら、ぜひとも劇場にてご覧いただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
そして最後になりましたが、めちゃくちゃ良い人しかいない飯塚組スタッフのみなさん、一ヶ月もの間お世話になった山田徹さん・真理子さん、快く機材提供をしてくださったSALON FILMSさん、ビデオサロンさんに改めて深く感謝申し上げます。